エピローグ「どうして」
その後、僕はナミの墓参りへ行った。隣にはナミを連れて。
僕がお参りする様子を、彼女は何も言わずじっと眺めていた。僕は生前彼女が大好きだった小さな熊の人形を供える。
僕はナミの手を握る。酷く冷たいが、今となってはむしろそれが心地良く感じてきた。
「礼二・・・」
彼女の呟きを聞きながら、僕は空を見上げる。夕焼け・・・。もう一日が終わりを迎え始めているのか。
僕ははっとする。手にナミの感触がない。僕は急いでナミのいた方を見やる。そこにはもう、ナミはいなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
最後に、僕はナミの実家を訪れた。出迎えてくれたナミの母は少し元気になっていた。それに僕は安心する。
畳の間に入り、また線香を上げさせてもらった。遺影の中の彼女は笑顔の花を咲かせたまま、写真の中で生きている。ああ、その通り、ナミは生きているのだ。
手に伝わる氷のような冷たい感触。しかし、彼女の手は柔らかい。
僕はまだ手に彼女の感覚が残っている気がして、握り拳を作ったり、崩したりと繰り返す。
「礼二くん、実はこれ・・・」
唐突に、ナミの母がとある箱を持って来た。手中に収まるほど小さなその箱を見つめ、僕はふと考える。
「ゆび、わ」というナミの言葉を思い出した。もしやこれが・・・。
「本当はすぐ渡そうと思ったんだけど、ナミが亡くなったばかりの貴方はどこか様子がおかしくて、渡そうにも渡せずにいたの」
「これは・・・」
「指輪みたい。ナミが事故に遭う直前に買った物らしいの。綺麗に残っているのが奇跡だわ」
僕は彼女の手から恐る恐る箱を受け取る。箱を開ける。それはそれは、確かに指輪だった。
ナミが探していたのはこの指輪のことだったのだろう。彼女の性格から考えるに、僕に結婚のサプライズでもする予定だったのだろう。
「普通、僕がサプライズする側だろうが・・・」
箱を持つ手が震える。声が上ずって、自分でもどう聞こえているのか分からなくなる。
目が熱い。涙なんて乾き切ったはずなのに。
「ナミ・・・!」
僕の背中を、ナミの母が優しく摩ってくれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
指輪をもらって以来、ナミは現れていない。かれこれ一年以上の月日が経過した。僕は就職に成功した。元々AIだったりプログラミングだったりの知識が深かったため、IT系の企業に就くことに。
初めての給料日、僕は小さな棚を買った。背が低い木の棚で、二段。一番上の段に指輪の入る箱を飾っている。
またいつかふらっとナミが戻ってきてくれるのではないか。そんな淡い期待を抱いているせいか、恋人なんて作る気になれなかった。
僕はナミの、あの咲き誇る笑顔の花を思い出す。
ナミが亡くなった後に現れた彼女がもしも幽霊だったのなら、僕はいつまでも魅憑かれていたい。
いつまでも側にいて、いつまでも彼女の体温を感じて、いつまでも笑い合って。
気付けば、僕は『待凪公園』にいた。
誰もいない。それは分かり切っている。真昼間から一人、屋根付きベンチの下に座りながら、海を眺める。
こうして過ごしていると、ふと、隣にナミがいる気がした。
「礼二」
そうやってまた名前を呼んでくれないか。
「部活、サボっちゃおっか」
またあの子供のような笑みを浮かべてほしい。
僕はそれから海へ向かった。バスには乗らず、歩いて向かった。海に到着した。こちらもまた人気はない。僕はただ一人、その青さを目に焼き付ける。
「何でもない!」
快活なその声を、また聞かせてくれないか。
彼女の手を握って、時間の流れなんて気にせず過ごしていたい。
どうして、サプライズなんてしようと考えたんだ。どうして、僕にそのことを黙っていたんだ。
どうして一人で先に逝ってしまったんだ。
ナミが亡くなってから何回も、自殺を考えた。でも、行動する勇気なんて中々出なかった。
波のさざめきが、鼓膜を優しく震わせる。僕はただぼうっと、ナミ以外の全てを忘れて、海の景色を眺めていた。
「礼二、どうして」
ふと、声が聞こえた気がした。
僕が隣へ振り向く前に、手に温かな感触が走った。人の手の感触。これはまさか・・・。
僕の目がまた熱くなる。
ああ、そっか。僕はもう――。




