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7.

測定室は、ギルドの奥にあった。


 広さは教室半分くらい。

 壁には古い道具や、何に使うのか分からない板がかけられている。


 中央には、台座に乗った水晶。


 その水晶が、淡く青く光っていた。


「これで測るんですか?」


「ええ。簡易測定器よ。手をかざすだけで、おおまかな魔力や適性、危険な反応がないかを見られるわ」


「便利ですね」


「ギルドには必需品ね。新人登録の時は、まずこれを使うの」


 エルナさんは慣れた手つきで、台座の横にある板を確認した。


 板には細かい記号が刻まれている。

 読める。


 読めるけど、理解できるかというと微妙だ。


 たぶん、神様からもらった言語理解のおかげで文字そのものは分かる。

 でも、専門的な意味まではまだ知らない。


「えっと、僕は何をすれば?」


「水晶に手をかざして。力を入れなくていいわ。自然体で」


「自然体ですね」


 自然体。


 よし。

 何もしない。


 僕は水晶の前に立ち、そっと手をかざした。


 最初は何も起きなかった。


 よかった。


 普通だ。


 そう思った次の瞬間、水晶がぴかっと光った。


「うわっ」


 青い光。

 白い光。

 金色っぽい光。

 さらに赤、緑、紫。


 次々に色が増えていく。


「え、え?」


 水晶の中で光がぐるぐる回り始めた。

 まるで、水晶の中に小さな嵐ができたみたいだ。


 エルナさんの笑顔が固まる。


「……」


「エルナさん?」


「……ちょっと待ってね」


「はい」


 待つ。


 水晶は待ってくれなかった。


 さらに光る。


 部屋全体が明るくなった。


「え、これ、大丈夫ですか?」


「大丈夫……だと思いたいわね」


「思いたい?」


 嫌な言い方だ。


 台座の横にある板が、かたかた震え始めた。


 エルナさんが慌ててそれを押さえる。


「魔力反応……高。属性反応……複数。補助適性……複数。神聖反応……え?」


「え?」


 エルナさんが板を見て、僕を見る。


 それからまた板を見る。


「カナタくん」


「はい」


「あなた、神殿関係者?」


「違います」


「どこかの神官の家系?」


「違います」


「神様に会ったことは?」


「……」


 僕は黙った。


 ある。


 めちゃくちゃある。


 しかも四人に会った。


 でも、ここで「はい、さっきまで神様たちと会ってました」と言ったら、確実に怪しい人になる。


 いや、すでに怪しいかもしれないけど。


「……夢でなら、あるかもしれません」


「今の間は何?」


「気のせいです」


「そう」


 エルナさんは追及しなかった。

 でも、目は完全に覚えている。


 この人、絶対あとで聞いてくるタイプだ。


 水晶はようやく光を弱めた。


 僕はほっと息を吐く。


「終わりました?」


「たぶん」


「また、たぶん」


「あなたの測定結果に関しては、断言しにくいのよ」


 エルナさんが少し疲れたように言った。


 そして、水晶の横に置いてあった小さな紙を手に取る。

 そこに文字が浮かんでいた。


 エルナさんはそれを読む。


 読む。


 眉を寄せる。


 もう一度読む。


「……」


「どうでした?」


「測定器が壊れたかもしれないわ」


「やっぱり!」


 僕は思わず声を上げた。


「ですよね。僕もそう思いました。だって光り方おかしかったですもん」


「そこに納得するのね」


「いや、普通に考えたらそうかなと」


「普通に考えたら、まずあなたの方を疑うと思うけど」


「僕ですか?」


「ええ」


「でも、僕は何もしてませんよ?」


「それが問題なのよ」


 エルナさんは額に手を当てた。


 どうやら、僕が何もしない状態で水晶があれだけ反応したのが変らしい。


 でも僕としては、本当に何もしていない。


 自然体と言われたから、自然体で手をかざしただけだ。


 つまり、やっぱり測定器が変だった可能性が高い。


「別の測定器でやり直しますか?」


「やり直したいところだけど……」


 エルナさんは水晶を見た。


 水晶はまだ少しだけ光っている。


 疲れているように見える。


 水晶が疲れるのかは知らないけど。


「この部屋にあるのはこれだけなの。別室のものを使うには、支部長の許可がいるわ」


「支部長」


「そう。ガイアス支部長」


 名前が強そうだ。


 絶対に大柄なおじさんだ。

 たぶん声も大きい。


 そんな勝手な想像をしていると、測定室の扉がどんどんと叩かれた。


「エルナ、何があった!」


 声が大きい。


 想像通りだった。


 エルナさんが扉を開けると、そこに立っていたのは、僕の想像よりさらに大きいおじさんだった。


 短い灰色の髪。

 太い腕。

 鋭い目。

 でも、怖いというより豪快な感じがある。


「支部長」


「今の光はなんだ? 外まで漏れてたぞ」


「新人登録の測定です」


「新人?」


 支部長らしき人が僕を見る。


 僕は反射的に頭を下げた。


「カナタです。よろしくお願いします」


「おう。礼儀はいいな」


「ありがとうございます」


「で、こいつが光ったのか?」


 支部長が水晶を指さす。


 エルナさんがうなずいた。


「はい。測定結果が少し……いえ、かなり変です」


「見せろ」


 エルナさんが紙を渡す。


 支部長がそれを見た。


「……」


 少し沈黙。


 それから、口元がにやっと上がる。


「面白え」


 やっぱり言った。


 そういう顔をしていた。


「面白くないです。測定器、壊れてませんか?」


 僕が言うと、支部長が僕を見て笑った。


「坊主、自分じゃなくて測定器を疑うのか?」


「はい。僕、何もしてないので」


「何もしてねえのにこうなったから面白えんだよ」


「面白いんですか?」


「面白え」


 支部長は紙を返し、腕を組んだ。


「俺はガイアス・ロンド。このラズベル支部の支部長だ」


「あ、カナタです」


「聞いた」


「すみません」


 ガイアスさんは水晶を見て、それから僕を見た。


「ダリオを助けたのもお前か」


「たまたま通りかかっただけです」


「岩牙猪を枝で止めたって聞いたぞ」


「止めたというか、そらしたというか、相手が木にぶつかったというか」


「つまり止めたんだな」


「話が短くなりすぎてます」


 ガイアスさんは豪快に笑った。


 エルナさんも横で少し笑っている。


 僕は全然笑えない。


「測定だけじゃ判断できねえな」


 ガイアスさんが言った。


「簡単な実技を見る」


「実技?」


「ああ。心配するな。軽く動きを見るだけだ」


「軽く、ですよね?」


「軽くだ」


 最近、軽くとか最低限とか普通とか、そういう言葉が信用できなくなってきた。


 僕はエルナさんを見る。


 エルナさんはにっこり笑った。


「大丈夫よ。たぶん」


「またたぶん!」


「ふふ」


 ガイアスさんが扉の外へ向かう。


「訓練場に来い。ちょうど暇そうなやつがいる」


「暇そうな人で大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ。あいつは暇でも腕は立つ」


「不安しかないです」


 僕は測定室を出る。


 外のギルドホールでは、何人かの冒険者がこちらを見ていた。


 たぶん、さっきの光を見たのだろう。


 視線が痛い。


「……やっぱり測定器、おかしかったんじゃ」


 小さくつぶやくと、エルナさんが横で言った。


「カナタくん」


「はい」


「測定器は、たぶん壊れてないわ」


「じゃあ何が壊れてるんですか?」


「常識かしら」


「怖いこと言わないでください」


 僕はため息をついた。


 普通に暮らしたい。


 その願いは、街に入ってからもなかなか遠そうだった。

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