6.
冒険者ギルドの中は、思った以上に騒がしかった。
大きな丸テーブル。
壁に貼られた依頼書。
酒場みたいなカウンター。
奥には受付がいくつか並んでいる。
剣を腰に下げた人。
鎧を着た人。
ローブ姿の人。
どう見ても強そうなおじさん。
どう見ても酔っているおじさん。
いろんな人がいた。
そして、だいたい声が大きい。
「すごいな……」
僕がきょろきょろしていると、隣を歩いていた護衛の人が小声で言った。
「初めてなら、財布に気をつけろよ」
「え、そんな感じなんですか?」
「ラズベルのギルドはまだマシだ。けど冒険者ってのは、荒っぽいのも多い」
「なるほど……」
普通に暮らす道、初日からなかなか大変そうだ。
僕たちは受付へ向かった。
そこにいたのは、さっき僕を見て首をかしげた栗色の髪の女性だった。
年は二十代前半くらいだろうか。
受付嬢らしい制服をきれいに着こなしていて、落ち着いた笑顔を浮かべている。
「あら、ダリオさん。ずいぶん早い戻りね」
「エルナさん、少し報告がある」
「また何かあったの?」
エルナさんと呼ばれた女性は、すぐに仕事用の顔になった。
やわらかい雰囲気なのに、目はしっかりしている。
たぶん、この人はただ優しいだけの人じゃない。
「黒霧の森の外れで岩牙猪に襲われた」
「岩牙猪? 外れに出たの?」
「ああ。護衛も負傷した。荷馬車も危なかった」
「被害は?」
「この少年に助けられた」
ダリオさんが僕を指した。
やめてほしい。
急に紹介されると困る。
エルナさんの目が僕に向く。
「この子に?」
この子。
まあ、確かに僕はまだ十六歳だし、異世界基準でも若く見えるのかもしれない。
「はじめまして。カナタです」
僕は軽く頭を下げた。
「あら、礼儀正しいのね。私はエルナ・フェル。このギルドの受付よ」
「よろしくお願いします」
「よろしくね、カナタくん」
くん付けされた。
なんだか急に学校っぽくなった。
エルナさんは僕を上から下まで軽く見たあと、微笑んだ。
「それで、ダリオさん。カナタくんが助けてくれたっていうのは?」
「ああ。岩牙猪の突進を枝でそらしてくれた」
エルナさんの笑顔が止まった。
「……枝?」
「枝だ」
「武器ではなく?」
「枝だ」
エルナさんが僕を見る。
僕は慌てて両手を振った。
「あ、あの、たまたまです。本当に。岩牙猪が勝手に木にぶつかったというか」
「その前に、突進の進路をそらしたのよね?」
「えっと、少し横から当たっただけで」
「枝で?」
「はい」
エルナさんは少し黙った。
それから、にっこり笑った。
「カナタくん」
「はい」
「あなた、冒険者?」
「いえ。違います」
「傭兵?」
「違います」
「どこかの騎士見習い?」
「違います」
「じゃあ……迷子?」
「だいたい合ってます」
「合ってるのね」
エルナさんが小さく笑った。
その笑い方は優しいけど、目だけは少し鋭い。
受付嬢って、もっとふわっとした仕事かと思っていた。
でも、たぶんこの人はかなり人を見る目がある。
「カナタくんは、ラズベルに来たばかり?」
「はい」
「行くあては?」
「ないです」
「泊まる場所は?」
「まだです」
「お金は?」
「少しだけあります」
「……なるほど」
エルナさんは何かを理解したようにうなずいた。
「じゃあ、冒険者登録を考えているのかしら?」
「できれば。仕事を探したくて」
「冒険者は危ない仕事も多いわよ?」
「はい。だから、できれば簡単なものから始めたいです」
「簡単なもの、ね」
エルナさんがちらっとダリオさんを見る。
ダリオさんは苦笑した。
「少なくとも、岩牙猪を止められるくらいには動ける」
「それを簡単に言わないでほしいわね」
「僕もそう思います」
僕がそう言うと、エルナさんが笑った。
「あなたは自分のことなのに、他人事みたいね」
「いや、本当にたまたまなので」
「ふふ。そういうことにしておきましょうか」
まただ。
みんな、僕の「たまたま」を信じてくれない。
なぜだ。
異世界ではこういうことが普通なのではないのか。
いや、普通ではないのかもしれない。
でも、神様たちがくれた最低限の補助が効いているだけで、僕自身がすごいわけではない。
そこは間違えたくない。
「冒険者登録には、簡単な確認と測定が必要よ」
「測定?」
「魔力、身体能力、適性、危険な反応がないか。あとは、場合によっては実技試験」
「危険な反応……」
少し怖い言葉が混ざった。
「心配しなくていいわ。犯罪歴や呪い、危険な魔物化の兆候がないかを見るだけだから」
「それ、普通に心配になる内容ですね」
「冒険者ギルドだから、いろいろあるのよ」
「なるほど……」
冒険者、やっぱり思ったより大変そうだ。
エルナさんは受付の下から一枚の書類を出した。
「名前はカナタでいいの?」
「はい。カナタでお願いします」
本名は星谷奏多だけど、異世界ではカナタで通す。
名字まで名乗ると、たぶん浮く。
「年齢は?」
「十六です」
「出身は?」
「えっと……遠いところです」
言ってから、自分でも雑すぎると思った。
エルナさんが目を細める。
「遠いところ」
「はい」
「国名は?」
「……すみません。ちょっと事情があって」
嘘を重ねるのはよくない。
でも、異世界から来ましたとは言えない。
エルナさんはじっと僕を見た。
少し間がある。
怒られるかと思った。
けれど、エルナさんは小さく息を吐いた。
「まあ、冒険者にはいろいろある人も多いわ。犯罪者でないなら、深くは聞かない」
「ありがとうございます」
「ただし、ギルドで問題を起こしたら容赦しないわよ?」
「起こしません。普通に働きたいだけなので」
「普通に、ね」
エルナさんがなぜか少し面白そうに笑った。
「あなたが言うと、ちょっと不安ね」
「今日それ、何回か言われてます」
「でしょうね」
なぜ納得するのか。
エルナさんは書類に何かを書き込み、奥の方を指さした。
「じゃあ、まずは簡易測定から。あそこの部屋へ行きましょう」
「はい」
僕はうなずく。
その時、近くのテーブルから、酒臭い声が飛んできた。
「おいおい、枝で岩牙猪を倒した坊主ってこいつか?」
見ると、大柄な冒険者の男がこちらを見ていた。
周りの何人かも、にやにやしている。
「枝でって、冗談だろ?」
「迷子の新人が岩牙猪を止めるとか、酒場の作り話じゃねえのか」
「おい坊主、枝はどこだ? 伝説の枝か?」
笑い声が起きる。
僕は困って笑った。
からかわれている。
でも、まあ、信じられないのも分かる。
自分でもいまだによく分からない。
エルナさんが笑顔のまま、少しだけ声を低くした。
「あなたたち、受付前で新人をからかわない」
「へーい」
「エルナちゃんはこわいねぇ」
「次やったら、今週の素材査定を後回しにするわよ」
「すみませんでした」
冒険者たちが一瞬で静かになった。
エルナさん、強い。
「行きましょう、カナタくん」
「あ、はい」
僕はエルナさんについて奥へ向かう。
その背中に、さっきの冒険者たちの視線を感じた。
笑ってはいるけれど、興味もある。
そんな視線。
僕は少し肩を縮める。
「……僕、そんなに怪しく見えます?」
小声で聞くと、エルナさんは振り返ってにっこり笑った。
「見えるわよ」
「即答」
「でも、悪い子には見えないわ」
「それは、よかったです」
「ただし、普通の子にも見えないけど」
「そこも即答なんですね」
エルナさんは楽しそうに笑った。
そして、測定室の扉を開ける。
中には、丸い水晶のようなものが置かれていた。
淡く光っている。
僕はそれを見て、少しだけ嫌な予感がした。
神様たちの“最低限”が、本当に最低限として見られるのか。
それとも、この世界の基準でも少し変なのか。
いや、大丈夫。
きっと大丈夫。
だって、神様たちは生活に困らない程度って言っていた。
僕は自分に言い聞かせる。
エルナさんは水晶の前で足を止め、軽く微笑んだ。
「変な結果が出ても、驚かないでね」
「そんなに変なの出ます?」
僕がそう聞くと、エルナさんは笑顔のまま答えた。
「出ないといいわね」
その言い方、全然安心できなかった。




