表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

6.

冒険者ギルドの中は、思った以上に騒がしかった。


 大きな丸テーブル。

 壁に貼られた依頼書。

 酒場みたいなカウンター。

 奥には受付がいくつか並んでいる。


 剣を腰に下げた人。

 鎧を着た人。

 ローブ姿の人。

 どう見ても強そうなおじさん。

 どう見ても酔っているおじさん。


 いろんな人がいた。


 そして、だいたい声が大きい。


「すごいな……」


 僕がきょろきょろしていると、隣を歩いていた護衛の人が小声で言った。


「初めてなら、財布に気をつけろよ」


「え、そんな感じなんですか?」


「ラズベルのギルドはまだマシだ。けど冒険者ってのは、荒っぽいのも多い」


「なるほど……」


 普通に暮らす道、初日からなかなか大変そうだ。


 僕たちは受付へ向かった。


 そこにいたのは、さっき僕を見て首をかしげた栗色の髪の女性だった。


 年は二十代前半くらいだろうか。

 受付嬢らしい制服をきれいに着こなしていて、落ち着いた笑顔を浮かべている。


「あら、ダリオさん。ずいぶん早い戻りね」


「エルナさん、少し報告がある」


「また何かあったの?」


 エルナさんと呼ばれた女性は、すぐに仕事用の顔になった。


 やわらかい雰囲気なのに、目はしっかりしている。

 たぶん、この人はただ優しいだけの人じゃない。


「黒霧の森の外れで岩牙猪に襲われた」


「岩牙猪? 外れに出たの?」


「ああ。護衛も負傷した。荷馬車も危なかった」


「被害は?」


「この少年に助けられた」


 ダリオさんが僕を指した。


 やめてほしい。


 急に紹介されると困る。


 エルナさんの目が僕に向く。


「この子に?」


 この子。


 まあ、確かに僕はまだ十六歳だし、異世界基準でも若く見えるのかもしれない。


「はじめまして。カナタです」


 僕は軽く頭を下げた。


「あら、礼儀正しいのね。私はエルナ・フェル。このギルドの受付よ」


「よろしくお願いします」


「よろしくね、カナタくん」


 くん付けされた。


 なんだか急に学校っぽくなった。


 エルナさんは僕を上から下まで軽く見たあと、微笑んだ。


「それで、ダリオさん。カナタくんが助けてくれたっていうのは?」


「ああ。岩牙猪の突進を枝でそらしてくれた」


 エルナさんの笑顔が止まった。


「……枝?」


「枝だ」


「武器ではなく?」


「枝だ」


 エルナさんが僕を見る。


 僕は慌てて両手を振った。


「あ、あの、たまたまです。本当に。岩牙猪が勝手に木にぶつかったというか」


「その前に、突進の進路をそらしたのよね?」


「えっと、少し横から当たっただけで」


「枝で?」


「はい」


 エルナさんは少し黙った。


 それから、にっこり笑った。


「カナタくん」


「はい」


「あなた、冒険者?」


「いえ。違います」


「傭兵?」


「違います」


「どこかの騎士見習い?」


「違います」


「じゃあ……迷子?」


「だいたい合ってます」


「合ってるのね」


 エルナさんが小さく笑った。


 その笑い方は優しいけど、目だけは少し鋭い。


 受付嬢って、もっとふわっとした仕事かと思っていた。

 でも、たぶんこの人はかなり人を見る目がある。


「カナタくんは、ラズベルに来たばかり?」


「はい」


「行くあては?」


「ないです」


「泊まる場所は?」


「まだです」


「お金は?」


「少しだけあります」


「……なるほど」


 エルナさんは何かを理解したようにうなずいた。


「じゃあ、冒険者登録を考えているのかしら?」


「できれば。仕事を探したくて」


「冒険者は危ない仕事も多いわよ?」


「はい。だから、できれば簡単なものから始めたいです」


「簡単なもの、ね」


 エルナさんがちらっとダリオさんを見る。


 ダリオさんは苦笑した。


「少なくとも、岩牙猪を止められるくらいには動ける」


「それを簡単に言わないでほしいわね」


「僕もそう思います」


 僕がそう言うと、エルナさんが笑った。


「あなたは自分のことなのに、他人事みたいね」


「いや、本当にたまたまなので」


「ふふ。そういうことにしておきましょうか」


 まただ。


 みんな、僕の「たまたま」を信じてくれない。


 なぜだ。


 異世界ではこういうことが普通なのではないのか。


 いや、普通ではないのかもしれない。

 でも、神様たちがくれた最低限の補助が効いているだけで、僕自身がすごいわけではない。


 そこは間違えたくない。


「冒険者登録には、簡単な確認と測定が必要よ」


「測定?」


「魔力、身体能力、適性、危険な反応がないか。あとは、場合によっては実技試験」


「危険な反応……」


 少し怖い言葉が混ざった。


「心配しなくていいわ。犯罪歴や呪い、危険な魔物化の兆候がないかを見るだけだから」


「それ、普通に心配になる内容ですね」


「冒険者ギルドだから、いろいろあるのよ」


「なるほど……」


 冒険者、やっぱり思ったより大変そうだ。


 エルナさんは受付の下から一枚の書類を出した。


「名前はカナタでいいの?」


「はい。カナタでお願いします」


 本名は星谷奏多だけど、異世界ではカナタで通す。

 名字まで名乗ると、たぶん浮く。


「年齢は?」


「十六です」


「出身は?」


「えっと……遠いところです」


 言ってから、自分でも雑すぎると思った。


 エルナさんが目を細める。


「遠いところ」


「はい」


「国名は?」


「……すみません。ちょっと事情があって」


 嘘を重ねるのはよくない。

 でも、異世界から来ましたとは言えない。


 エルナさんはじっと僕を見た。


 少し間がある。


 怒られるかと思った。


 けれど、エルナさんは小さく息を吐いた。


「まあ、冒険者にはいろいろある人も多いわ。犯罪者でないなら、深くは聞かない」


「ありがとうございます」


「ただし、ギルドで問題を起こしたら容赦しないわよ?」


「起こしません。普通に働きたいだけなので」


「普通に、ね」


 エルナさんがなぜか少し面白そうに笑った。


「あなたが言うと、ちょっと不安ね」


「今日それ、何回か言われてます」


「でしょうね」


 なぜ納得するのか。


 エルナさんは書類に何かを書き込み、奥の方を指さした。


「じゃあ、まずは簡易測定から。あそこの部屋へ行きましょう」


「はい」


 僕はうなずく。


 その時、近くのテーブルから、酒臭い声が飛んできた。


「おいおい、枝で岩牙猪を倒した坊主ってこいつか?」


 見ると、大柄な冒険者の男がこちらを見ていた。


 周りの何人かも、にやにやしている。


「枝でって、冗談だろ?」


「迷子の新人が岩牙猪を止めるとか、酒場の作り話じゃねえのか」


「おい坊主、枝はどこだ? 伝説の枝か?」


 笑い声が起きる。


 僕は困って笑った。


 からかわれている。


 でも、まあ、信じられないのも分かる。

 自分でもいまだによく分からない。


 エルナさんが笑顔のまま、少しだけ声を低くした。


「あなたたち、受付前で新人をからかわない」


「へーい」


「エルナちゃんはこわいねぇ」


「次やったら、今週の素材査定を後回しにするわよ」


「すみませんでした」


 冒険者たちが一瞬で静かになった。


 エルナさん、強い。


「行きましょう、カナタくん」


「あ、はい」


 僕はエルナさんについて奥へ向かう。


 その背中に、さっきの冒険者たちの視線を感じた。


 笑ってはいるけれど、興味もある。

 そんな視線。


 僕は少し肩を縮める。


「……僕、そんなに怪しく見えます?」


 小声で聞くと、エルナさんは振り返ってにっこり笑った。


「見えるわよ」


「即答」


「でも、悪い子には見えないわ」


「それは、よかったです」


「ただし、普通の子にも見えないけど」


「そこも即答なんですね」


 エルナさんは楽しそうに笑った。


 そして、測定室の扉を開ける。


 中には、丸い水晶のようなものが置かれていた。


 淡く光っている。


 僕はそれを見て、少しだけ嫌な予感がした。


 神様たちの“最低限”が、本当に最低限として見られるのか。


 それとも、この世界の基準でも少し変なのか。


 いや、大丈夫。


 きっと大丈夫。


 だって、神様たちは生活に困らない程度って言っていた。


 僕は自分に言い聞かせる。


 エルナさんは水晶の前で足を止め、軽く微笑んだ。


「変な結果が出ても、驚かないでね」


「そんなに変なの出ます?」


 僕がそう聞くと、エルナさんは笑顔のまま答えた。


「出ないといいわね」


 その言い方、全然安心できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ