8.
ギルドの裏には、広めの訓練場があった。
地面は踏み固められた土。
木製の剣や盾が並べられている。
端の方では、何人かの冒険者が素振りをしたり、軽く打ち合ったりしていた。
「ここで実技試験ですか?」
「ああ」
ガイアスさんがうなずいた。
「心配するな。軽く動きを見るだけだ」
「さっきも聞きましたけど、その“軽く”が不安です」
「ははは! 慎重なのは悪くねえ」
笑いごとじゃない。
僕は本気で不安なのだ。
水晶は変な光り方をするし、支部長は面白そうに見てくるし、エルナさんは何かを察している顔をしている。
普通に登録するだけのはずが、どんどん話が大きくなっている。
ガイアスさんが訓練場の端へ声をかけた。
「おい、バルド!」
「あ?」
素振りをしていた大柄な男が振り返る。
髭を生やした、いかにもベテラン冒険者という感じの人だった。
腕も太いし、背中の剣も大きい。
「新人の動きを見てやれ」
「新人?」
バルドさんと呼ばれた男が僕を見る。
目が合う。
うわ、強そう。
「こいつか?」
「ああ。軽くだ」
「支部長の“軽く”は信用ならねえんだよな」
バルドさんはそう言いながらも、木剣を一本手に取った。
僕は慌てて聞く。
「あの、僕、剣はほとんど使ったことないんですけど」
「なら木剣でいい。構えも見てやる」
「お願いします」
僕も木剣を受け取った。
持った感じは、思ったより軽い。
というか、軽すぎる気がする。
でも、これはたぶん訓練用だからだ。
うん。そうに違いない。
「ルールは簡単だ」
ガイアスさんが言う。
「バルドが三回打ち込む。カナタ、お前は避けるか受けるかしろ。反撃できるならしてもいい」
「三回だけですか?」
「ああ」
「それなら……」
なんとかなるかもしれない。
角狼や岩牙猪に比べれば、人相手の訓練だ。
しかも三回だけ。
危なくなったら降参すればいい。
僕は木剣を両手で持った。
バルドさんが目を細める。
「構えは素人だな」
「あ、はい。すみません」
「謝ることじゃねえ。新人ならそんなもんだ」
少し安心した。
そうだ。僕は素人。
だから、変に無理しない。
安全に、最低限の動きで。
「始め」
ガイアスさんの声が落ちた。
その瞬間、バルドさんが踏み込んできた。
速い。
でも、見える。
正面からの振り下ろし。
危ない、と体が勝手に判断する。
僕は一歩横へずれた。
木剣が目の前を通り過ぎる。
「お」
バルドさんの声。
一回目を避けた。
よかった。
でも、次が来る。
二回目は横なぎだった。
僕は木剣で受けようとした。
けど、受けたらたぶん押される。
そう感じて、少しだけ角度を変えた。
かんっ、と木剣同士が当たる。
バルドさんの剣が、横へ流れた。
「……ん?」
バルドさんの眉が動く。
僕は必死だった。
別に格好よく受け流したつもりはない。
正面から受けたら危なそうだったから、ずらしただけだ。
三回目。
バルドさんの動きが変わった。
さっきより速い。
いや、これ本当に新人試験?
僕は思わず後ろに下がりかけた。
でも、足元に小石がある。
危ない。
踏むと転ぶ。
だから前へ出た。
「え」
自分でも驚く。
後ろではなく、前。
バルドさんの木剣が振り抜かれる直前、その内側に入ってしまった。
近い。
近すぎる。
このままだとぶつかる。
僕は反射的に、木剣の柄でバルドさんの腕を軽く押した。
すると、バルドさんの体勢が崩れた。
「おっと」
大柄な体が一歩よろめく。
僕は慌てて下がった。
「あっ、すみません!」
訓練場が静かになった。
バルドさんが自分の腕を見る。
ガイアスさんが腕を組んでいる。
エルナさんは、口元に手を当てている。
「あの……今の、反則ですか?」
僕が聞くと、バルドさんがゆっくりこちらを見た。
「いや。反則じゃねえ」
「よかったです」
「だが、今のは新人の動きじゃねえ」
「え?」
そんなはずはない。
僕は剣なんて使ったことがない。
木剣だって初めて持った。
「僕、剣は本当に素人です」
「構えはな」
「構えは?」
「動きが変だ」
「変……」
地味に傷つく。
ガイアスさんが笑った。
「バルド、どう見る?」
「危険を避ける勘がやたらいい。反応も速い。力任せじゃない。だが、本人は分かってねえ顔をしてる」
「だろうな」
「だろうなって何ですか」
僕だけ話についていけない。
エルナさんが近づいてきて、やさしく言った。
「カナタくん、今の三回、かなりきれいに対応していたわ」
「そうなんですか?」
「ええ。少なくとも、初めて木剣を持った子の動きではないわね」
「でも本当に初めてです」
「そこが問題なのよね」
また問題になった。
どうやら僕は、問題の多い新人らしい。
でも、これは神様たちの補助だ。
危険を感じて、体が動きやすくなる。
その結果、なんとか対応できただけ。
僕自身が強いわけではない。
「たぶん、危ない時に少し体が動きやすいだけです」
僕がそう言うと、三人が黙った。
「……少し?」
バルドさんが低い声で聞く。
「はい」
「今のが少し?」
「はい」
「支部長」
「なんだ」
「こいつ、面白いな」
「だろ?」
なぜか面白がられた。
ガイアスさんは満足そうにうなずく。
「登録は問題なしだ。最初はFランクからになるが、依頼は受けられる」
「Fランク」
「新人ランクだ。簡単な採集や低級モンスター退治から始めろ」
「はい。そうします」
よかった。
普通に始められそうだ。
僕がほっとしたところで、ガイアスさんが続けた。
「ただし」
「ただし?」
「お前はしばらくエルナに見てもらえ」
「見てもらう?」
「仕事の選び方、素材の売り方、街の常識。変なことをしないように教えてもらえ」
「変なことをする前提なんですか?」
「するだろ」
「しませんよ!」
ガイアスさんとバルドさんが同時に笑った。
エルナさんも、少し楽しそうに微笑む。
「任されたわ。カナタくん、まずはギルドカードを作りましょう」
「あ、お願いします」
ギルドカード。
ようやく冒険者っぽい。
訓練場から受付へ戻る途中、バルドさんが僕の肩を軽く叩いた。
「坊主」
「はい」
「普通の新人は、俺の三回目の打ち込みでだいたい尻もちをつく」
「そうなんですか?」
「ああ」
「じゃあ、僕は運がよかったんですね」
「……そういうことにしておく」
またその反応。
僕は首をかしげながら、エルナさんの後ろを歩いた。
受付に戻ると、さっきより周囲の視線が増えていた。
訓練場でのことが、もう少し広まっているらしい。
冒険者たちがひそひそ話している。
「バルドの打ち込みを避けたって?」
「新人だろ?」
「枝の坊主だろ?」
「枝の坊主って何ですか」
変なあだ名が生まれそうだった。
やめてほしい。
エルナさんは受付で小さな金属板を用意した。
「これがギルドカードになるわ。名前はカナタ。ランクはF。なくさないでね」
「はい」
僕はカードを受け取る。
手のひらに収まるくらいの金属板。
そこには確かに、カナタという文字が刻まれていた。
異世界での、最初の身分証。
少しだけ、胸が熱くなる。
「これで僕も冒険者……なんですね」
「ええ。今日からあなたは冒険者よ」
「普通にやっていけるといいんですけど」
僕がそう言うと、エルナさんはにっこり笑った。
「まずは普通の基準を覚えましょうね」
「そこからなんですね」
「そこからよ」
どうやら、普通に暮らすための道は、思ったより長そうだった。




