星空の向こう(2)
ルパード・ガルフレンというつるっとした顔の男は、実はかなり偉い人間のようだった。世間一般では人類種と呼ばれる種。星間管理局機関の星間平和維持軍で、スグルクを含むウグルア宙区の方面軍副司令をしているらしい。
スグルクの駐留艦隊に視察にやってきていて、帰り際の報告に管理局ビルに出向いてきたところでロゾーの起こしたトラブルに遭遇したという。乗ってきた戦闘艦に戻る途中にそう教えてもらった。
「あまりに耳に入らんか」
「だって、これって……」
十三歳の少年のロゾーには例えようのない光景だった。キニーと見あげていた憧れの星空が窓外一面に広がっている。瞬きもしない、それでいて厳然として存在感を放つ星々が虚空の向こうにある。
「初めて生の宇宙を見た感動か。自分はもう忘れた感覚だな」
「こんなのが当たり前なのか」
「職業柄な。もし、お前が地に足をつけて堅実に暮らすのならばあまり縁のないものになる」
彼には理解が及ばない。一般社会というものをあまりに知らなさすぎた。ゾダとサバンナと小さな森が世界の全てだったのだ。
「宇宙でする仕事もあるのか?」
「無数にな。それほどでもないのから、とても危険なものまで千差万別だ」
「だったら、オレはここで働くかもしれない」
「なぜだ?」
「危険な成果ほど誰かに評価されるからだ」
ロゾーはガズラン狩りのことを言っているが、ルパードは別のことを想像したようだ。ある意味、そうかもしれないと返してくる。
そこからの旅路は彼にとって印象的なものだった。なにもかもが珍しく、五感すべてを刺激してくる。怖ろしく長かったように感じた。詳細は忘れてしまったが、ルパードが誰にでも敬われる立場の人間であり、目標とすべき人間だと知る。
「まあまあ、なんて可愛らしい」
「連絡した子、ロゾー・ハレハンタという名だ。どうかね?」
「ええ、嬉しいですよ、あなた」
ルパードの家に着くと妻に歓迎される。名前はサマンサ。ロゾーの感性では年齢まではわからなかったが、この時点でそれなりに高齢であった。
「まずは星間公用語を憶えることからね」
「わかってる。不可欠だって実感した」
「いい子」
そもそも誰がなにを言っているのかわからないでは話にならない。彼に話し掛けてくるときは小さな耳掛けの器具を使わなければ理解できる言語にならないからだ。それからのロゾーは勉強の日々だ。
「今日から彼がロゾーに全部を教えてくれるわ」
「わかった。この人はどこにいる?」
「どこにもいません。彼はレッスンAIよ。なんでも知ってる万能の教師」
子どもが学ぶ学校という場所があるらしいが、ロゾーのレベルでのカリキュラムだとほんの小さな子に混じらなくてはならないそうだ。諸問題が発生するのでレッスンAIを教師とするよう求められる。
「よろしく?」
『よろしくお願いします、ロゾー。では、まず星間公用語の基礎から始めましょう』
レッスンAIは優秀で、しかもそれなりに厳しかった。『コミュニケータ』という耳掛けの器具が外れるまで半年、一年でそれなりに専門的な会話も可能なレベルに達する。
ルパードは長い期間家に帰ってこない時期もあった。ロゾーはサマンサと毎日勉強漬けで過ごし成長していく。十五歳のときにはサマンサの背を追い越してしまった。
「はい、よくできました」
「オレはもう子どもじゃない」
彼女はなにかにつけ抱きしめて褒めてくれる。厳しい環境で育った彼にとっては、ぬるま湯に浸かっているような感覚だったが、礼儀に関しては厳しい人だった。しっかりと躾けてくれたことにはのちのちまで感謝している。
「ルパードは明日戻ってくるそうよ」
「そうか。話したいことがある」
十六歳になったロゾーには決意があった。人間社会で暮らし、ましてや出世するにはあまりに足りないものが多い。しかし、戦士である彼ならば別の道もある。
「ルパード、サマンサ、オレは軍のパイロットになろうと思ってる」
「やはりか。厳しいぞ?」
「自分を活かすにはそれしかないんじゃないだろうか」
「うむ、お前の場合は単なる子どもの憧れではないのは承知している。現実的な選択なのだろう」
それからの二年も変わらず勉強を続ける。なにせ、彼の有する管理局籍で普通に軍人を目指すとなれば、ルパードの属する警務部星間平和維持軍かあるいは軍務部星間軍である。そのためには公務官試験にパスしなくてはならない。
「見事、と言いたいところだが若干の不安もある」
ルパードに言われる。
「公務官資格を得たが、お前は急ぎ過ぎなくらい一直線にここまで来た。このまま突き進んでいくと自分の手からも離れていきそうだ。少しスピードを緩めてはどうかね?」
「親父殿にもサマンサにも感謝している。縁もゆかりも無いオレにこんなに良くしてくれた。恩返しの意味も含め、行けるところまで行ってみたいと思うけど駄目だろうか?」
「悪いとは言わん。でも、妻は寂しがるだろう」
当面は星間平和維持軍への入隊が決まっている。なんらかの忖度もあったか、ルパードの指揮下での部隊に配属される。家を離れることになるのだ。
「いいのよ。わたしはロゾーがどこまで行けるのかを楽しみに余生を暮らすわ」
「ありがとう。サマンサの誇れる息子の一人になれれば光栄だ」
「とても立派な息子よ」
ロゾーは念願である星空の向こうに羽ばたいた。
次回『星空の向こう(3)』 「キニーが、妹の魂があそこで待ってる」




