星空の向こう(1)
スグルク唯一の星間管理局ビルは普段閑散としている。国民がほぼ利用しないからである。ゆえに、基本的に静かであった。
しかし、その日のアテンダントたちは、にわかの事態に騒然とした。黒い縞のある小麦色の毛皮を被った人物が侵入してきたからだ。一人が動転してアラームを発し、応じた星間保安機構警備官が出動してくる。彼らは毛皮の人物を包囲した。
「そのまま。可能なら毛皮を脱いで身分を明らかにしなさい」
レーザーガンのグリップに手を掛けて警告する。
歩いてきた毛皮がもぞもぞと動いたかと思うと、中から顔を覗かせたのはスグルク人の少年であった。
◇ ◇ ◇
「どんな用事?」
慌てていた、つるっとした顔の異人種でなく、スグリの女が問い掛けてくる。ロゾーは隣に降ろした毛皮を叩いてみせた。
「だから、こいつを買ってくれ。その金でオレはスグルクを出る」
「確かに見事ね。きれいなガズランの毛皮。買い取ることはできるけれどそれでどうするの? 君はどこの家の子?」
「ロゾー。ハンタのロゾーだ」
「ハンタ家? ずいぶんと地方の家だけど登録はあるのね。それなりに力のある家。そこから来たの?」
「ああ、当たり前だろう?」
同族が家を離れることは稀である。定期的に群落同士が集合し、血を替えるために若い男女をやり取りすることはある。しかし、それを除いて群落から勝手に出たりはしない。
「出奔してきたの?」
「難しいことはわからない。けど、あいつらには愛想が尽きた。戻る気がない。オレはあの星空の向こうに行くんだ。そう約束した」
「約束? 意味がわからないわ。どうしたいの?」
そのスグリの女は他のつるっとした顔の女たちと同じ服を着ているが中身はそのままスグリである。世間の常識から外れる行動には疑問を持っている。
ロゾーが話にならないだろうと顔をしかめていると、別の人間がやってくる。今度の異種族人は男で、スグリの女となにかを話していた。
「すると、ロゾー。お前はこの惑星を出たいんだな?」
「そうだ」
「出てどうする?」
「偉くなる」
男が頭に着けてる機械からスグリの言葉が聞こえてくる。
家族を見返すにはまずそこからだ。星を渡って異種属人たちの中で偉くなるのが目標である。
「具体的にはなんになるつもりだね?」
「なんでもいい。偉くならなきゃならないんだ」
「うむ、お前は外の世界がどんなふうになっていて、そこでなんになれるか知らないといけない。まずは勉強することから始めないとな」
「偉くなれるならなんでもする。教えろ。オレにはもう帰るとこなんてないんだ」
異種族人の男の口角が上がる。表情はよく読めないが、彼が笑ったのだけはすぐにわかった。
「ガルフレン副司令閣下、どうなさるおつもりなんですか?」
スグリ女が問い掛けている。
「外を目指そうとするスグルクは珍しい。自分が引き取ろう。彼を教育して、なにができるのか教えてみるのも一興」
「閣下ともあろう方が」
「子は皆独り立ちして、妻は暇を持て余しているようだ。もう一人くらい育ててみるのも無聊を慰めるのにいいだろう」
ロゾーの理解できないところで話が進んでいく。呆けたまま、男を見つめていた。
「自分はGPFのルパード・ガルフレン軍団長補だ。このウグルア宙区方面軍副司令をやっている。家に来て勉強してみる度胸はあるか?」
「なんでもやるって言った。どんと来い。このとおり、一人でガズランを狩ることだってできる一人前なんだからな」
「確かにスグルクらしい狩りの腕はあるようだ。しかし、外の世界では狩りだけでは生きていけない。そこから理解しないといけないぞ?」
「そうなの? わかった。頑張る」
頭に手を置かれた。三角耳の間に収まったその手はゴツゴツしていながらも温かい。これまでほとんど味わってこなかった感触である。
「毛皮の買い取り手続きをしてやってもらえるかね?」
「承りました。どう処理いたしましょう?」
「ロゾー君の資産として一時的に預かっておく。それで頼もう」
ガズランの毛皮が持ち去られ、同時に彼も連れ去られる。つるっとした顔の女に連れていかれた場所は、水が筋となって飛びだしてくる機械があった。
「なんだ、これ?」
「あらら、シャワーも知らないのね。仕方ないから今日は洗ってあげる。特別よ」
「お、おおう」
管理局ビルに来てから面食らうばかりである。なにより、皆が彼に優しくしてくれる。薄着になった女は液体の石鹸のようなもので毛皮を洗いはじめた。
「シャンプー使ってもすっごい泡立たない。どのくらい洗ってなかったの?」
「水浴びはしてない。ずっと歩いてきたから。この前の雨のときに流したくらいだ」
「やれやれね。ここを出たらいつも清潔にすることを心掛けておきなさい」
何度も洗われたあとに暖かい空気が出る部屋に押し込められて乾燥させられた。そこから出るとブラシを掛けられる。
「ほら、結構可愛いんだから」
「可愛い?」
そんなこと言われたこともない。
全てが終わると、妙にきついブニョブニョした服を着せられる。女はそれがフィットスキンという服で、外に出るには不可欠なものだと教えてくれた。
「うむ、男前になったじゃないか」
「今日は言われたことのない例えばっかり聞かされる」
ルパードにまで褒められたロゾーは戸惑うばかりだった。
次回『星空の向こう(2)』 「オレはここで働くかもしれない」




