残してきたもの(6)
ガズランの顎がロゾーの頭を噛み砕くことはない。なぜなら、彼の突きだした左の前腕が顎の奥でつっかえ棒になっているからである。拳と肘がしっかりと上下の顎が閉じないよう支えていた。
「勝負ありだ」
彼は右手のナイフを持ち替え、脇腹に力いっぱい突きいれる。鋼の牙は肋骨の間をすり抜け心臓に達している。ドクンドクンと脈打つ感触が手に伝わってきていた。
「だから獲物だって言ったろ?」
つっかえ棒にした左腕が軋む。ガズランは最後の力を振り絞って一矢報いようとしたのかもしれない。しかし、急所を直接刺されて血の供給を失った脳はそれ以上の身体の制御を許さなかった。力なく落ちる体重がロゾーに全て掛かってくる。
「重たいな。まあ、お前はオレにとって今までで最強の敵だったよ。誇りながら逝け」
もう動けなくなって、しばらくガズランの死体の横で荒い息をついていた。少しの間、気を失っていたかもしれない。わずかながら体力を回復させて強敵の身体にナイフを入れる。
皮を剥いで肉をそぎ取り貪った。その力を血肉として取り込むかのように無心に食べる。それから、皮だけを被って再び歩みだす。
「どうだ、兄ちゃんはお前が望んだとおり強かったろ?」
キニーのところにたどり着いてから問い掛けた。
穴を掘り、そこに妹の身体をそっと横たえる。ガズランの牙の一本を胸に抱かせて静かな、まるで眠っているかのようなキニーに語りかける。
「お守りだ。それを持って先に星空を飛んでいろ。そしたら、オレにはお前がどこにいるかわかるから」
頬を撫で、鼻先を合わせてから土を被せる。妹の大好きだった大樹の丘で彼女の身体は眠りにつく。魂だけを宇宙に飛ばせるように。
「兄ちゃんは行くぞ、キニー。お前をこんな目に遭わせた奴らを見返すために。絶対に手の届かない高みにまで登りつめてやるからな」
なにも立てない。大樹だけが彼女の墓標にふさわしい。安らかに眠る妹をおおらかに包みこんでくれる大樹だけが。そう信じて立ちあがった。
ロゾーははるか彼方に向けて歩きだした。
◇ ◇ ◇
単なる昔話のつもりだったが、ミレニティとパトリシアがむせび泣いている。スグリとして異端な感性は、彼女たちにとって共感を得られるものだったらしい。
「ごめんね、つらい話、無理やり思いださせちゃって」
「そんなつもりじゃなくて……、その……」
パトリシアは寝言で口走った妹の名前に意味があるなんて思わず、茶化したことを謝罪してくる。彼は謝ってほしかったわけではなく、二人に勘違いをさせておきたくなかっただけだった。
(だがよ、オレはなんで勘違いさせときたくなかったんだ?)
そこはちょっとピンとこない。別に昔の女だと思っていても構わない気がする。ただ、それが大切な妹の名前だというのが嫌だったのだと思い込むことにした。
「妹さんは、キニーはずっとそこで眠ってるの? 帰ったりしなかった?」
「あー、もう二度とスグルクの土を踏みたいとは思わないからな。年を取ったらわからないけど今んところはまったく帰りたいとも思わない」
「家族ともそれっきり?」
「顔も合わせてない。奴ら、オレがどっかで獣にやられて野垂れ死んでると思ってるだろう」
一切の連絡を絶っている。無事を伝える手段がないでもないが必要だとも思えない。なにも話すことがない。ハンタの家はなにがあろうとも変わったりしないと断言できる。
「そっか。それで前に、スグルクは故郷以外にはこの星間銀河圏に一人しかいないって言ってたんだね?」
「連中は丸っきり未開人だからな。ベッフェルベリの比じゃないぞ。オレは今だに星間管理局がコンタクトした理由がわからん」
「そういえば勉強したね、星間管理局が新たな文明にコンタクトする条件」
星間管理局は一定レベル以上の文明、基本的には生活の場を宇宙に広げているくらいでなければ保全惑星として扱う。コンタクトを禁じて、文明が成長するのを待つものなのだ。
ところがスグリにはそんな技術は微塵もない。原始的な暮らしをし、それを改めるつもりもない惑星だ。しかも、当然のように暴力が横行する危険さを孕んでいる。
「管理局のことだから、なにか理由があると思うんだけど」
「さっぱり、これっぽっちも思い当たらないんだが」
「そのままにしとくと滅びそうだから早めに介入したとかね」
「あり得そうで笑えないぞ」
わざと冗談めかして言う。ようやく二人の娘も悲しみから脱してきたのだ。湿っぽいまま続けるのは気が引ける。
「それから? そんな環境からロゾーが一人だけ宇宙に出て、それも星間銀河圏最強の誉れも高い星間軍に入隊するとか、めちゃくちゃ繋がりがない気がするの」
「もっともだ。そっからは、えらく幸運だった気がする」
「きっとキニーが背中を押してくれたんじゃない? お兄ちゃん頑張ってって」
「かもしれんな。それからのオレはとにかくでかい男になろうと夢中だった。妹への手向けになるって信じてな」
ロゾーは家を離れてからのことを話しはじめた。
次回『星空の向こう(1)』 「オレはあの星空の向こうに行くんだ」




