迷い犬(5)
主人ルーニトが張りきった料理を駐留艦隊の軍人ロゾー・ハレハンタは次々と平らげた。それがシェフを喜ばせたし、皆がこの犬頭人身の人物が意外と表情豊かだと知る。四足の犬に比べると表情筋は発達しているようだ。
「飲んでも良かったのに。今日はお休みなんでしょ?」
パトリシアが言及する。
「今日はやめとく」
「お金のことなら気にしなくても」
「女の子の客だ。飲ませるって意味をもう少し考えたほうがいい」
諭すように言う。
「あっと、そうだった。レニーの友達ってことだったもんね。なるほど」
「え、どういう意味?」
「深く考えなくていいから」
ミレニティはピンとこなかったが幼馴染は納得している。飲むと態度が変わったりするのだろうか。メーダ食堂の客を見ていると気が大きくはなるようだが。
「それにしても不思議」
食堂をあとにした今もパトリシアはついてきている。
「レニーと喧嘩して無傷? この毛皮の下は痣だらけだったりしない?」
「喧嘩はしてない。誤解で手合わせすることになっただけ」
「一撃も入ってないもの。さっき話したみたいに、久しぶりの敗戦を味わっちゃった」
事の経緯は食事中にメーダ一家にも話してあった。全員を驚かせることになってしまったが。
「立派な番犬になりそう」
「失礼よ、パティ」
「別にいいって。臆面もなく笑い話にしてくれたぐらいのほうが気が楽だ」
ロックを外して庫内に入る。ユング邸の構えは店舗というより格納庫といった体だ。出入りする扉の横には巨大なシャッターも付いている。
「番犬? 親はアームドスキン乗りじゃないのか?」
それなりに心得があるのではないかと聞かれる。
「だったみたい。でも、両親とも私が物心つく前に同じ事故で一緒に、ね」
「……すまん」
「全くっていうほど記憶ないの。悼まれてもね」
むしろ可哀想だと思われるほうがつらい。
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに育てられたようなものなの」
「そのジェイルさんとニーチェさんも亡くなってもう十年?」
「一人なのか、レニー?」
ロゾーは愕然としている。話を聞いて「それで番犬か……」と呟いた。瞳が思索を表すように揺れ動いている。
「ずっとじゃないのよ」
慌てて訂正する。
「九歳の時から七年間、後見を申しでてくれた人のところにお世話になって。十六のとき、やっとお許しもらって戻ってきたの。この家はお祖父ちゃんが遺してくれたし、思い出もいっぱいだから継ぎたくって」
「管理はメーダ家でしてたんだけど、レニーが帰ってきたから返したわ」
「そんなだったか」
憐れむ気持ちは声音に込もっている。しかし、ミレニティがそう感じてほしがっていないのも察してくれたようだ。わざわざ問い詰めたりしてこない。
「実はな」
犬頭が切りだす。
「非番の日があんまり暇だったんで気まぐれに降りてきて失敗した。特に行く宛てもなくぶらついてたから」
「それで平常運転の喧嘩に行き当たったのね」
「宛てがあるならトラブルは避けられるわけだ。気が向いたら遊びに来ていいか?」
ロゾーはしゃがんで彼女の両手を取る。あくまで自分の都合でそうしたいのだと主張するように。その気遣いが嬉しかった。
「いつでも。と言いたいところだけど連絡はしてね。忙しいときもあるから」
「なに言ってる。忙しいのを手伝いに来るんだ。そういうときこそ呼べって。十分な男手なのはわかったろう?」
「そういうこと? 迷っちゃうな」
「やっぱり番犬じゃない。ちょうどいいわ。父さんだって暇じゃないし」
パトリシアが早々に同意する。ミレニティも申し訳なく思うが善意を断るのも気が引けた。それに、彼の様子も気になっている。
「頼んでいい?」
思わず手を強く握る。
「任しとけ」
「迷い犬に宿り木が見つかったところで早速手伝ってもらいましょ。片づかないったらありゃしない。あたし、気になって仕方ないんだから」
「ごめんなさい」
庫内は見せるのも恥ずかしいほど雑然としている。忙しくてなかなか手がまわらないのだ。腰を据えて整理したいときに限って今日のようにお呼びが掛かる。
「ほら、大きい犬ほど優しくて懐きやすい」
「大きい分だけ危険だぞ?」
「レニーが襲われないよう監視しなくちゃ」
「やめて、パティ。ほんとに遠慮がないんだから」
σ・ルーンスイッチで格納庫のライトを全て点灯させる。壁沿いに整備柱が立っており、六機のアームドスキンが駐機されていた。
「これをレンタルしてる?」
ロゾーは真剣に観察している。
「あっちのハイト・リュンデは私のアームドスキン。他の五機がレンタル用なの」
「結構な財産のはずだが」
「お祖父ちゃんが組んだのを改装した機体もあるし、後見してくれてる人に出資してもらって組んだのもあるから」
ゆっくりと振り向いてくる。
「組んだ?」
「オリジナル。特性出さなきゃ誰も借りてくれないもの」
「常識が音を立てて崩れてくようだ。オレの中じゃアームドスキンは工場で工作機械が組むもんで、こんな所で女の子が一人組むもんじゃない」
額を押さえて理解に苦しんでいる。しかし、このベッフェルベリを含むゴート宙区ではそれほど珍しい話ではない。まあ、十九の小娘がそれをするのは珍しい部類かもしれないが。
「お祖父ちゃんの遺したここのシステムは高性能だからわりと大丈夫だったり」
「おかしいのはオレのほうだみたいな言い方はやめてくれ」
声を立てて幼馴染が笑うのでミレニティも釣られてしまった。
次回『GPFの犬(1)』 (事実の一端を見た気がしたけどな)




