迷い犬(4)
迷い込んできた犬は戸惑っているようだ。降りてから言葉もろくに通じなかったというのに、ここにきて通じる者ばかりに遭遇したのだから。
「びっくりした? 彼女はパトリシア・メーデ。私の幼馴染。星間公用語も達者でしょ?」
ロゾーは嬉しそうに目を細める。
「ああ、助かる」
「うちは商売してるからしゃべれないと不便ってことで真面目に勉強したの。今のところ大して役に立ってないけど」
「殊勝な考えで結構」
ミレニティを降ろした犬はパトリシアと握手をしている。
「レニーが珍しくパブリックを使ってるから合わせただけ。考えるまでもない見た目だし」
「平気みたいだな。ここにはマスクを被るフェスティバルでもあったりするのか?」
「ないわよ、そんなの。これでも結構驚いてる」
「肝が据わったことだ」
見た目は可愛さが微塵もない犬頭だが声音は柔らかい。独特の響きがあるのも声帯や口の形から来るものだろう。
「私はこのとおり相手によって言葉の意識切り替わるタイプだし普通に話して大丈夫」
ミレニティは彼を安心させてあげたい気持ちで言う。
「あたしも。ただ、うちの親は加盟前世代だから単語が拾える程度。未開人だって思っても言わないであげてくれると嬉しい」
「思うもんか。しゃべれないのは星間管理局の施策の問題でもある」
「施策の問題?」
ロゾーの意外な意見に疑問が浮く。
「加盟国の文化を尊重するってやつ。通貨だけは支障あるから切り替えを要求するんだから、言語も問答無用で転換政策を促せばいい。苦労する世代を圧縮できる。学校じゃまだゴート語も教えてるだろう?」
「そうなの。子どももゴート語をしゃべれちゃうものだから、親の世代も不便を感じなくてそのまま」
「確かに悪循環だわ」
実に理路整然とした意見だった。犬頭の中には優秀な頭脳が収まっているらしい。見た目に引っ張られてしまっていると反省した。
「ピロートークが言語習得に一番効果があるなんて冗談が……、いや、すまん」
睦言という単語に反応して紅潮してしまう。
「いいの。あー、もう恥ずかしい」
「あはは、レニーは免疫ないから」
「同僚との馬鹿話じゃなかった。ごめんな」
いつもの調子だと弁明している。
「変な癖ついちまってる」
「ここの連中も大概そんなもんよ。お陰であたしは耐性あるから。入って。結局はうちでご飯あげることになっちゃう」
「だから拾ったんじゃないんだってば!」
隣家の幼馴染、メーデ家は食堂なのである。しかも、昼間から酒精も提供するタイプの大衆食堂だ。出入りする客層も決して上品ではない。
「レニーちゃん、いらっしゃい。と、あらあら珍客ね」
パトリシアの母エリーゼが応対に出てくる。
「なんだ? ……って、おい!」
「いいかな?」
「すまない。商売の邪魔になるなら退店する」
ロゾーの言葉が堅苦しくなったのは、それがσ・ルーンから流れでたものだったからだ。ゴート語コミュニケータを作動させている。彼自身はマイクに向かってボソボソとしゃべっていた。
基本的にコミュニケーションには不都合はない。ただし、彼が遭遇したような喧嘩のシチュエーションではコミュニケータは役に立たない。興奮していれば相手の口から発された言葉でないと通じないものだ。
「馬鹿言うな。レニーの客なら立派なうちの客だ。黙って座れ」
「感謝する。贅沢は言わない」
「覚悟しろ。とびきり美味いもんを食わしてやる」
隣家の主人はルーニト・メーダ。開拓の初期世代ではないが、ミレニティが産まれたときにはすでに隣りで食堂を営んでいたらしい。
ルーニトはかなり腕のいいシェフである。ただし、生来のがさつで短気な性格が災いして大都市では成功しなかった。本人が気楽な商売を望んでこのベッフェルベリに移住してきたと聞く。
「田舎だって油断しないでね。本当に良いもの出すんだから」
パトリシアが自慢げに言う。
「昔は培養肉しか仕入れられなかったから苦心したみたいだけど、今じゃ合成肉がふんだんに入荷できるんだもん。レベル変わらないわよ」
「そうよね。農業プラントとか合成肉プラントなんて真っ先に導入したもの。ゴート宙区の政府もしたたかでしょ?」
「便利なもんではある。艦にも搭載できるほどだからな。肉エビ流出事故さえ起こさなければ」
不安になるような口調だ。
「流出事故?」
「肉エビは自然界に流出すると簡単に生態系を壊す。それくらい増殖するよう改変されてるからな」
「怖っ!」
「まあ、肉エビだけ死滅させる薬剤もある。水質に影響あるから管理局もできるだけ使いたがらない」
ロゾーは星間銀河文化に本当に造詣が深いようだ。彼自身も都会の出身者ではないはずなので不思議に思う。のちに彼女はその原因を知ることになるが。
「さあ、どうだ」
ルーニトが料理を差しだして腕組みをしている。
「父さんったら」
「たぶん口に合わないってことはないはずよ、ロゾー。食べてみて」
「もちろん、いただく」
長い口吻が料理を咀嚼している。ブラウンの瞳が小さく揺れたように見えた。しかし、すぐに破顔して褒め称えはじめる。
「戦闘艦なんかではとてもじゃないが口にできない料理だ。最高に美味い。感謝する」
「そうだろうそうだろう。その体格ならまだ食えるな。バンバン出してやる」
「もう、父さんは調子に乗って」
(さっきのなんだろう? でも、今は普通な感じ。まだ、立ち入ったこと聞けるほどの関係じゃないし)
ミレニティは忘れることにした。
次回『迷い犬(5)』 「深く考えなくていいから」




