迷い犬(3)
喧嘩の場を収めたミレニティはまだ犬頭の男に抱えられている。問題は解消したと伝えたのだが、自分の身の安全のために家まで送らせてくれと頼まれては仕方ない。
(この人なりの優しさなのかな)
怖がらせてしまったと思ったのだろう。
(きっと他の宙区じゃそんなことないんだろうけど、このゴート宙区は特別だもの。あんまり外の人は入ってこない。ましてやこんな辺境なんて)
「駐留艦隊の人?」
「まあな」
身元は聞くまでもない。なにせ、彼はσ・ルーンを着けている。大きな三角耳が立っているのに、頭の形にピッタリ合うような特殊な形状のσ・ルーンだった。
それはアームドスキン乗りの証である。他の分野にも普及している感応装具ではあるが、パイロット用のものはひと目でわかるほど精巧な作りになっている。ただし、ベッフェルベリでは住人の七割方が同じ物を着けているが。
「非番だったから物見遊山に降りたけど失敗した」
「ごめんね。血の気が多い人、多くて」
「君が言うか、ミレニティ・ユング?」
いきなり攻撃したのを皮肉られる。目が細められているのですぐに冗談だとわかった。仕返しに頬を膨らませてみせる。
「意地悪。ロゾーさん?」
「ロゾーでいい。見慣れてないから年もわからないよな」
「幾つ?」
「二十八」
案外若かった。言われたとおり、獣人種の人たちは見た目だけでは全く年齢が読めない。もしかしたら、同種族の別の人と会っても見分けがつかない自信がある。
「だったら私のこともレニーって呼んで。間違えてもお嬢ちゃんとか嫌。そんな子どもじゃない」
「幾つだ?」
「十九」
「十分子どもじゃないか」
揺すりあげる動作をされる。まるで子供扱いなのだが不快感はない。ロゾーの落ち着きのある振る舞いがそう思わせる。しかも、彼に抱えられているととんでもなく視界が高い。とてもいい気分なのだ。
「大人の喧嘩に首突っ込むもんじゃないぞ。ここの男は見るからに腕っぷし自慢ばっかりじゃないか」
「頼られるの。みんなが私を仲裁役だって思ってる」
「あのバトルっぷりならわからないこともない。大概の男じゃ敵わないだろう」
(あしらっといてよく言う。こんな負け方したのなんてお祖父ちゃん以外初めてかも)
ミレニティの戦闘技術は喧嘩のそれとは一線を画す格闘術だ。しかも、一撃必殺なんて単純なものではない。一つひとつの挙動に意味がある。
ときに攻撃を誘い、ときに反撃を制限し、ときにフェイクで幻惑して乱す。気がつけば絡め取られていて逃れられないところに追い詰める。その流れが見えていなければ抗す余地もないほどの。
(この人、同じタイプかも)
負けたことがないわけではない。とある人物には全く敵う気にならなかった。それは技術というより、心のすべてを見透かされているかのような負け方だったのだ。
ロゾーのそれは違う。彼女が次にどこを狙うか予期し、完全にいなしてしまったかのような戦い方なのだ。言うなれば、読み負けしたのである。
「みんな馬鹿にしてるけど、艦隊の人って思ったより強かったんだ」
「ああ?」
艦隊とは星間管理局に属する駐留艦隊のこと。航宙安全保障および様々なシチュエーションに対応するために派遣されている星間平和維持軍の戦闘艦隊である。
所属するGPF隊員のことをベッフェルベリの住人は揶揄を含めて「艦隊の人」と呼ぶ。いてもいなくても同じという意識で。なにせ、アームドスキン技術に関しては一日どころではない長があると思い込んでいるからだった。
「オレははぐれ者。見た目も性格も全然違う。艦にはここの男と変わらない馬鹿で血の気の多い奴ばっかり」
「同郷の人いる?」
見間違えがないよう訊いておく。
「いない。艦どころか星間銀河中を探したって故郷以外で同族を見つけるのは難しいだろう」
「そんなに珍しいの?」
「聞いて驚け。オレの故郷にはここの連中に輪を掛けての筋肉馬鹿しかいない。とても外で野放しにできないほどとかすごいだろう?」
口調がおどけているので釣られて吹きだしてしまう。彼は十分に成人女性の体格のミレニティを抱えて歩いていても全く疲れる様子を見せないほどの肉体派。そのロゾーをして筋肉馬鹿と言わせしめるのはどうかと思う。
「冗談でしょ?」
「これが冗談じゃないから怖ろしい。宇宙ってとんでもないところだろう?」
「そうかも」
ロゾーも気づいているはずだ、彼女もパイロットであることを。当たり前のようにσ・ルーンを着けている。ほとんど同化しているかのようだ。だから宇宙を知っている者として扱ってくる。
「うち、あそこ」
数軒向こうを指差す。
「でっかいな!」
「構えだけね。レンタルアームドスキンショップをしてるの」
「レンタル? アームドスキン? その発想がオレの常識の中にないのがおかしいのか?」
「他じゃなかなかないかも」
アームドスキンは紛うことなき兵器である。民間に兵器をレンタルするショップが有るのは変だと思うだろう。しかし、ベッフェルベリでは当たり前に商売が成立してしまう。
「レニー」
声を掛けられた。
「ただいま、パティ」
「だから、犬を拾ってきちゃ駄目って言ってるでしょ? お世話しきれないんだから」
「えへへ、おっきな犬でしょ?」
「君ら、ちょっとひどくないか」
ミレニティを呼び止めたのは隣家の幼馴染だった。
次回『迷い犬(4)』 「あはは、レニーは免疫ないから」




