残してきたもの(4)
「さすがに森の中でガズランを倒すのは厳しいよなぁ」
「ロゾーお兄ちゃんじゃまだ無理だよ」
ロゾーは十二歳になっている。キニーも十歳になって多少は身体も大きくなっていた。しかし、一向に病気がちな生活から抜けだせない。やはり、本格的な治療が必須なのだ。
「あいつら、木に登るのも上手だし。障害物だらけの場所じゃ不利だ」
「すごく大きいんでしょ? 怖い。もしお兄ちゃんになにかあったら」
「いーや、開けた場所でならなんとか勝負になるはずなんだ」
猫科の大型肉食獣であるガズランは主に森にひそんで狩りをする。森の中は彼らのフィールドなのだ。いくらスグリも木登りが得意とはいえ、条件が同じでは勝負にならない。
「せめてズズルアの実があればな。森の外におびきだせるし、感覚も狂わせられる」
「だからって危険に変わりないんじゃ?」
「視界が良くて相手の動きを観察できれば仕留められるんだ。でも、ズズルアの実があるところは女衆しか知らないからな」
猫科の獣を引き寄せ感覚も狂わせることができるズズルアの実はガズラン狩りには有効である。ただし、扱いが難しい。不用意に持ち歩けば危険な獣をおびき寄せてしまう。なので、採れる場所は狩りをする男衆ではなく、女衆に口伝されている。
「あと二年か三年すればロゾーお兄ちゃんももっと強くなってガズランを狩れるようになるから我慢できない?」
「オレ一人のことならな。でも、同じだけキニーも我慢しなきゃならない。もう限界じゃないのか?」
「頑張るよ。母さまだって前みたいに強くなくなってるもの」
母親に衰えが来ているのは事実である。しかし、妹に比べるべくもないほどの力はまだある。もし、母が自らの衰えまで自覚してそれをキニーにぶつけるようになったらと思うと怖ろしい。
「母さんに頼んでみるよ。この前も一年待てって断られたけど、何度でも頼み込んでみる」
「母さまをあまり怒らせないでね」
「もちろん、お前に当たるようなことにはさせないって」
妹が言っているのはそんなことではないのも承知している。彼女は自分のことで家族の和が乱れるのを気に病んでいるのだ。
「辛抱な?」
「キニーはロゾーお兄ちゃんにこんなに優しくしてもらえるだけですごく幸せだよ」
色艶の失われた妹の毛並みをロゾーはなぞった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、ロゾーが狩りから帰ってくるとキニーのゾダの近くに人だかりができている。後ろ姿ですぐに兄たちだとわかった。彼は慌てて駆け寄る。
「なにしてるんだよ!」
「なんだ、ロゾーか。騒々しいな。なんでもない。とうとう生まれ損ないがくたばるときが来ただけだ」
「な……!」
四人の兄が眺めているゾダの外にキニーが倒れていた。見るからに弱っている様子に動揺する。
「キニーが死んじまう! 誰か呼んできてくれ」
「なに言ってんだ。やっと厄介払いできるってのに。そうだ、お前、これをどっかに捨ててこい。夜の間にそのへんの獣が掃除してくれる」
「馬鹿言うな! お前ら、家族のことをなんだと思ってる!」
兄を押しのけて妹に駆け寄った。呼吸は浅く速く、まさに虫の息という雰囲気だ。速やかになんらかの手立てをしないと死んでしまう。
「お前こそなにを言ってる。これの所為で母さんがどれだけ苦しんだと思ってる?」
「苦しんだ? あのクズ女はキニーをずっと折檻していたんだぞ? 死ぬならあっちのほうだ」
「なんて失礼なことを言う、自分の母親に向かって」
「あれから産まれてきたのも汚らわしい。もういい。どっか行け」
妹を助け起こそうとすると蹴りつけられた。兄たちの形相が変わっている。
「いつからそんな偉そうな口を利くようになった、半人前が!」
「強い相手に逆らう意味を教えてやらないと駄目だな」
「父さんが甘やかすからチビがでかい顔をする。お前なんぞ、この出来損ないと大して変わらん」
それどころではないが兄たちは引き下がってくれそうにない。ロゾーはやむなく殴り掛かっていく。しかし、簡単に受け止められてしまった。そこまで読んで、足を出すも後ろから突き飛ばされてしまう。多勢に無勢だった。
「やれやれ、自分をわきまえられないほど付けあがってるか。これも教育だな」
「ああ、父さんだって納得するだろう」
このときになって気づく。兄弟も母親と同類だった。自分より弱い者にはいくらでも無情になれる。それがスグリなのだと思い知らされた。
「くそ!」
どれだけ必死になろうとも兄になぶられる。次第に動けなくなってしまった。それでもキニーだけは守らねばならないと覆いかぶさる。兄たちはそんな彼を思う存分殴る蹴るをしてきた。全身の痛みがだんだんと麻痺してくるのがわかる。加減というものを知らないのだ。
「どけ! お前、そんなゴミと心中する気か?」
「ただの馬鹿か。まったく、ハンタの名を冠する資格もない」
「ああ、もう面倒だ。放っとけ」
すでに全身が熱いだけになっている。暴力が過ぎ去ってもしばらくは覆いかぶさったままだった。
「ロゾー……お兄ちゃん?」
「キニー、すぐに立つから待ってろ」
ロゾーは奥歯が鳴くほど食いしばって立ちあがった。
次回『残してきたもの(5)』 「なんでそんな無茶を」




