残してきたもの(3)
キニーの状態に気づいて四年、ロゾーは黙々と妹の食を支えてきた。逆にいえば、それ以外にできることがなかったのである。本当は薬をどこからか段取りしたり、都会にある病院というところで治療を受けさせてやれば症状が飛躍的に改善する可能性はあってもその手段を知らない。
「ごめんな、兄ちゃん頭悪くて」
「そんなことないよ。キニーがまだ生きていられるのはお兄ちゃんのお陰だよ」
妹は無力な兄を慰める優しさを持っていた。それが彼の癒しにもなっている。救っているつもりで救われてもいた。上の兄たちは本当に強く、いつになったら追いつけるかわからない。発言権が持てないのを歯がゆく感じていた。
「ずいぶんと熱心に狩りの練習をしているようだな。殊勝なことだ」
「そんなん、スグリにとって当たり前のことだよ」
「いい心がけだが、たまには家族に獲物を誇ってみせろ。いつも頭だけではないか」
「しょうがないよ。腹減ってるんだもん。どんどん食わないと兄貴みたいにでかい身体になれないし」
言い訳をひねりだしていれば父親には褒められる。母親も喜ばしいことと笑顔を見せてくれた。しかし、彼はその裏側を知っているだけに薄ら寒い思いだけをする。母のキニーに対する折檻が和らいでいるではない。
「少しは体力付いてきたみたい。頑張れるよ」
頬や目蓋を腫らしながらキニーは言う。
「いつか仕返ししてやるからな。待ってろよ、あのクズめ」
「そんな言い方しないで。普通のスグリだと思うもん」
「違う。いや、違わないか。スグリそのものが駄目なんだ。こんなの変えなきゃ」
その思いは強くなっている。ただし、打開策は思いつけない。知識を含め、圧倒的に実力が足りないのを実感する。不用意に共感者を探すのも厳しい。どこからか妹を養っているのがバレるとなにもかもが崩れる。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
傷だらけで戻ったこともある。
「あの猿どもが。獲物のくせして群れで襲ってきやがったから返り討ちにしてやったぞ」
「やっぱり一人で森の奥まで行くのは危険だよ」
「まだだ。もっと強くなんなきゃならない」
十一歳になったロゾーは狩りの範囲が広がっている。
「心配ない。やつらの攻撃パターンは頭に入った。次は何匹で来たって怪我一つしないで狩ってやる」
「ロゾーお兄ちゃんはすごいね。まだ十一歳なのに」
「見てろ。もっとすごくなってやる」
ただし、心配事がないわけではなかった。父には、兄たちは彼の時分にはもっと身体が大きかったと言われてしまっている。ロゾーは少々成長が遅いようであった。
「食ってるわりには今ひとつだな」
父親はやや不満げに言う。
「まあ、三年後までには大きくなるだろう。お前もガズランを狩れれば一人前だ。独り立ちして自分のゾダも持てる。嫁のなり手も来よう」
「三年も待てないかもね」
「でかいことを言うやつだな」
ガズランというのは強大な牙を持つ猫科の大型肉食獣である。これを一人で狩るようになれば一人前のスグリと認められる。大人として振る舞い、血族内での発言も可能になるはずだ。そうすれば、どうにかキニーを自分のゾダで養えるよう話を持っていってみるつもりである。
「まずはあのクズ女からお前を守れるようにならないとな」
キニーには計画を打ち明けてある。
「無理しないでね。とっても大変だと思うし」
「それくらいできなきゃ駄目だろう」
「キニーなんかいたらロゾーお兄ちゃんのとこ、お嫁さんが来なくなっちゃうよ」
要らない心配までする。
「それもな。なんか、スグリの女なんかどうでもいい気分なんだよ。まずは一人前だって認めさせる。お前を引き取ってから金になるもんを集めて都会に行ってみようと思う。もしかしたら、治療が受けられるかもしれない」
「そんなの……夢みたい」
「夢じゃない。本当にするんだ。で、身体が良くなったらほんとの夢のほう。あの星空の向こうに連れていくんだからな」
夜、そっと抜けだしてキニーを連れて近くの丘に登ることがある。その天辺にある大樹の根本からは見事な星空が広がっていた。瞬く星々の向こうにはなにがあるのか二人で夢想する。彼が夢を語っている傍らで儚げに微笑んでいる妹の顔は純粋できれいだと思った。
「そのとき、ロゾーお兄ちゃんはなんになってるのかな?」
「そんなのわかるか」
そもそも彼にはどんな仕事があるのか、自分になにができるのかも知らない。
「でもな、そんときこそ胸を張ってお前の兄貴だって名乗れるようになってやる。それだけは決めてんだ」
「そんなに期待しないで。キニーはお兄ちゃんに恩返しなんてできないよ」
「つまんないこと考えるな。元気になったらすごくモテちゃうな。キニーはほんとに可愛いから。オレ、嫉妬するかもしれないぞ」
「もー、お兄ちゃんったら」
星明かりの下の妹を膝に抱く。驚くほど軽いその身体が彼の意欲を掻き立てる。絶対に夢を叶えてやるつもりだった。しかし、一年足らずのうちにその夢を打ち砕く事態が起きてしまう。
その事態はロゾーの心をへし折ってしまうほどのものだった。
次回『残してきたもの(4)』 「なにしてるんだよ!」




