残してきたもの(2)
「気にしないでいいから」
「そんなわけないだろう。病気で苦しんでるんじゃないじゃないか」
「えっと」
迷っているようだった。理由を言いたくなくとも、言い訳を思いつけないで言葉を飲み込んでいる。
「頼むから教えてくれ。近所の誰かにいじめられてたりするんならオレがやり返してやる」
「違う。違うの。やめてね」
「だったら誰なんだよ」
「あのね、母さまだから」
ロゾーは愕然とした。
キニー曰く、母はキニーを生み損なったと言って父親に責められているらしい。その八つ当たりを妹にぶつけているのだという。ストレスのはけ口にされていた。
「馬鹿……な。母さんはそんな人じゃ……」
「お兄ちゃんたちには優しいと思うよ。だって、とっても強いって自慢みたいだもん。ロゾーお兄ちゃんにだって」
だから余計にキニーを恨んでいるようだ。病弱な娘を産まなければ母は父に責められることもなかったはずだと口汚く罵るという。ロゾーは母親の裏の顔に背筋を寒くする羽目になった。
「絶対に言っちゃ駄目だよ。お兄ちゃんまで母さまに恨まれちゃうかもしれないもん」
「でもな、お前一人苦しんでるんじゃ」
「キニーはここじゃどうせ長く生きられない。母さまのストレス解消になるんだったら少しは生まれてきた意味あるかもって。ご飯も食べさせてもらってるし」
ちゃんと食べさせてもらってるという状態には見えなかった。ゾダの中には湯呑みと見紛うような器が二つだけ。そんなので栄養が足りるわけがない。実際にキニーは痩せ細っている。体調が良くなるわけもない。
「どうすれば」
「無理だよ。キニーは本当に生まれ損なっただけ。誰に言ったってお兄ちゃんが損をするからね」
「く……」
そのとおりだった。七つのロゾーでは父親に抗議できるほどの発言力はない。もちろん甘えなど許されない。甘えれば父親だけでなく兄たちにも疎まれ、教育という名の暴力が降り掛かる。母親に言っても逆上させるだけだとわかった。
「せめて食べないとどうにもならん。待ってろ」
「なにをする気、ロゾーお兄ちゃん」
妹は不安げだが、彼は見捨てる気になどなれなかった。血を分けた兄妹なのである。情を捨てるほどスグリの社会常識に染まっていない。それが彼女を隔離している理由なのである。憐れむ気持ちを起こさせないためだ。
「オレに任せろ。身体を治して家族を見返す手伝いをしてやる」
「無茶しないでね」
頑張りたくともできることは少ない。しかし、七歳のロゾーでも周囲で小動物を狩ってくることはできた。火を通して食べられる状態にし、こっそりと持ち込むのは難しくない。
「こんなに美味しいもの食べたの初めてかも」
「これくらいで満足するなよ。あんまり肉付いてないのに」
キニーの喜ぶ顔が彼を有頂天にさせてしまう。それは強い兄たちへの劣等感の裏返しだとしても関係ない。まずは妹を喜ばせるのが生き甲斐になった。
引きつづき獲物を狩り、芋を掘り、木の実を集めてキニーに食べさせる。スグルクの環境がそれを可能にさせる。ゾダの集落周辺はほとんどがサバンナであり、走って届く距離に小さな森が幾つもある。
「母さんに見つからないようにするんだ。体力が戻ってもしんどいフリしてな」
「うん、そうする。ありがとう」
しかし、妹にフリをさせる必要はなかった。キニーはどうしても病気がちでまともな治療も受けられない。一度病むと、せっかく付けた体力を根こそぎ持っていかれてしまう。少しは肉が付いてきたかと思えば痩せるのくり返しだった。それでもロゾーにとっては挑戦になっている。
「お前を捨てた家族から救ってやる。オレが一番立派だって示してやるんだ」
「父さまたちは強いし立派だよ?」
「どこがだよ。恵んでもらってるだけでなにも返してないじゃんか」
星間管理局とのファーストコンタクトから十年ほど。スグリの暮らし方は変わっていない。しかし、文明は確かに入ってきている。ゾダの素材など、以前は二年もすればボロボロになっていた布が、今は何年経っても劣化せず雨も弾き温かく暮らせるものに変わっている。
「大人たちは交渉をまとめたのを誇ってるみたいだけど、向こうから見たら未開人もいいとこ。支援無しじゃ発展もしないだろうって見透かされてる。施しで生かされてるくせに偉そうなんだよ」
「そんなふうに言っちゃ駄目。あの星空の向こうに行けるかもしれないなんて素敵なことなんだから」
「行ってみたいか? そのうち兄ちゃんが連れて行ってやろう」
ロゾーも少年なりに宇宙に憧れを抱いていた。この惑星を出て活躍してみるのはまるで物語の一節のように感じる。その隣に妹がいるとしたら、さらに素敵なことだろう。
「これからは強いだけじゃ駄目なんだ。外の人間と対等になるくらいじゃないと」
「対等ってどんなふうに?」
「どんなふうにって……、そりゃ頭を良くしてすごくなんでもできるようになってだな」
「ロゾーお兄ちゃん、それはとっても大変かも」
難しいことはわからなくとも、キニーを笑わせることができるのはロゾーにとって誇らしかった。
次回『残してきたもの(3)』 「スグリそのものが駄目なんだ。こんなの変えなきゃ」




