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ゼムナ戦記 ストレイドッグホープ  作者: 八波草三郎
彼の生い立ちに涙する彼女

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伏せがちな少女(2)

 怪訝な面持ちになったロゾーが少女に視線を向けたのをミレニティは黙って見守ることにした。


「生まれつきだって? じゃあ、記憶もない頃からか」

「はい、人工臓器は大きなものに変えるのに何度か手術を受けてますけど」

「わからない。どうして……、自己組織再生医療を受けない?」


 単語がわからなかったらしく、ゴート語を調べてから質問している。σ(シグマ)・ルーンで呼びだしたパネルの内容を読んでいた。


「最初の手術も借金して受けてて」

「自己組織培養臓器の移植ってすごくお金が掛かるのよ、ロゾー。お家の方も一生懸命働いてるんだけど、チネの日々の医療費でいっぱいいっぱいな感じでなかなか」

「そうだったか。悪い」


 臓器移植手術そのものは難しくなく、費用も高額なわけではない。ただし恒久的な治療として、少女の細胞から培養した免疫反応の起きない腎臓を作るとなるとワンオフのものになる。どうしてもその部分が高額になるのだった。


「再生医療のこと、知ってるんですね?」

 チネがロゾーに不思議そうに尋ねる。

「商売柄な。なんでアームドスキン乗りが一般人の半分から三分の二くらいしか生きられないか知ってるか?」

「詳しくは知らないです。すごく身体にウェイトが掛かるからとかって」

「そうだ。コクピットにいると衝撃や慣性力(G)がすごく強い。そのダメージは身体全体を蝕むんだけど、筋肉とかは問題なく回復する。ただし内臓が負ったダメージは回復しつつも徐々に溜まってく。で、降りても元に戻らなくなった内臓の機能不全で死ぬ」


 彼に言っていることは本当である。アームドスキンパイロットの死因の一番に来るのがこの臓器不全で、次が任務中の殉職である。ミレニティの祖父や祖母が早くに亡くなっているのもそれが原因だった。


「内臓がダメージを負ってるってことは再生治療を受ければ回復が見込めるだろう?」

 少女は「本当だ」と応じている。

「だから、アームドスキン乗りも少なからず気にして調べるし、話題にしたりする」

「治療を受けたら長生きできるんでしょう?」

「調べるから金が掛かるのも知ってる。アームドスキンを降りてヤバそうなとこを取っ替えようとしたらほとんどだったりするんだよ。すると、せっかく現役のときに貯めた資産をほとんど放出しなきゃいけなくなったりする。意味ないよな」

 なんのための苦労かわからない。

「でも、死にたくないんじゃ」

「しかもだ、トップクラスにダメージを受けるのがここなもんでな」

「脳ですか」


 ロゾーは頭を指さしている。衝撃や慣性力(G)で頭蓋内をシェイクされる脳は回復しない臓器だ。体機能を司る部分が機能低下を起こせば、いくら内蔵が回復していても長生きはできない。


「ここだけは取っ替えが利かないだろう? だから早々にあきらめることになる。再生治療を受けるにしても、喫緊に命を縮めそうなとこだけ」

 パイロットの現実である。

「それじゃ、どうしてパイロットになったりするんです?」

「端的に言えば金だな。適性だけあれば手っ取り早く稼げる。引退して優雅な暮らしがしたいとか願うもんだ」

「でも、命を縮めてまで」

 自らが苦しんでいるだけ少女は理解ができない。

「ある程度稼いでからはだいたいが矜持になるんだろう。自分は大勢の人々を苦難から守る崇高な仕事ができる。そういう自己満足の慣性で続けたりするみたいだぞ」

「立派なんですね」

「まあ、全てのアームドスキン乗りがそうだとは言わない。鉱夫たちみたいに刹那的な生き方を良しとする場合もあるしな」


 彼らの生き様はまさに一発勝負の賭けである。大きな仕事をこなして大儲けして目の前の贅沢に溺れるのも悪いとは思っていない。無難に長く細く生きるのではなく、太く短くとも豪快な生き方を望む者もいる。


「ロゾーさんはどっちなんですか?」

 チネもパイロットの生き方に興味を抱いたらしい。

「オレは前者だ。誰もが称賛してくれるような男になりたかった。ところが踏み外してお払い箱になっちまったけどな」

「え、そうなの? あんちゃん、めっちゃ強いって聞いたよ」

「悲しいかな、大人の世界にはいろいろある。思わぬところで足元を掬われたりするもんだ。馬鹿を見たくなきゃ、器量に合わない高望みをしないことだな」


 彼が見せる諦念は奥が深そうである。どんな生き様をして今に至ったのか想像もできない。


「というわけで、未来ある少女はふさわしい権利を受け取らなきゃならない。今日のところはオレに付き合ってみないか?」

「え、なにをするんですか」

「とりあえずドライブだな」


 犬頭は目の前の少女を片腕一本で抱えあげる。彼女やルーソンにも合図してオフロードカーの乗るよう促した。


「どこ行くの?」

「トンボ返りだな。まあ、そういうこともあるもんだ」

「え、あんちゃん、こっちは」

「街のほう?」


 インプットされた目的地に向けてGリフトタイプの車はするすると走っていった。しばらくすると新区画の高層ビル街が近づいてくる。


 ミレニティも数度しか訪れたことのない星間管理局ビルの駐車場に入っていった。

次回『伏せがちな少女(3)』 「付き添いって言ったつもりなんだが」

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