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ゼムナ戦記 ストレイドッグホープ  作者: 八波草三郎
彼の生い立ちに涙する彼女

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伏せがちな少女(1)

 ミレニティが機体格納庫(ハンガー)のシャッターを開けて空気の入れ替えをしていると、朝っぱらから隣家の少年ルーソンがやってくる。ただし、一人の少女を伴っていた。


「あ、チネ、退院したの? 今回はちょっと長引いちゃったね」

「はい、レニーさん。なかなか熱が引かなくって」

「でも、元気になったみたい。よかった」


 少女はルーソンの一つ下で十一歳の少女。事情があって、病院から出たり入ったりの生活をしている。このたびは少々長めで、二ヶ月ぶりに退院できたようだ。


「なあ、レニー姉ちゃん。今日はあんちゃん来る日だろ?」

「もうじき着くんじゃない」

 ロゾーの非番の日である。

「チネが会いたがってたから連れてきたんだ」

「ルッソにいっぱいお話聞いてたけど、やっぱり直接お話ししてみたかったの」

「そうなの。でも、大丈夫? 病み上がりなんでしょ?」

「しっかり治してもらったんできっと。中途半端じゃ、またすぐ体調崩して入院になっちゃったりするから」


 チネは儚げに微笑む。入退院をくり返しているので学校にもあまり通えていない。カリキュラムはオンラインで問題なく進んでいたとしても、普通の生活ができないでは体力のほうに問題が生じる。それが気掛かりだった。


「テーブルで休んでらっしゃい。温かいお茶がいい?」

「ありがとうございます」

「俺が持ってくるから大丈夫だぜ、レニー姉ちゃん」


 少年がドリンクサーバーに走っていく。勝手知ったる隣家といった風情である。


「ごめんなさい」

「いいのよ。ルッソはずっとああだし」

「優しいんですけど、突っ走っちゃうとこあるから」


 少年少女は彼女とパトリシアのように幼馴染である。ルーストから三軒先の雑貨屋がチネの家だった。ただ、一年の三分の一くらいは病院にいる生活になっているのが不憫である。


「大事にね。辛抱してたら、いつかきっと良くなるから」

「わたしは十分幸せです。ルッソもずっと面倒見てくれてるし両親も頑張って働いてくれてるから。レニーさんのほうがずっと大変だと思って」

「私は一人になっちゃったけど、こうして遺してもらったものもあるし。お祖父ちゃんやお祖母ちゃんに感謝。両親にも健康な身体に産んでもらって感謝してる。みんなの愛で幸せよ」


 それぞれに事情はあるが決して不幸ではない。特に旧区画の人々は助け合って、おおむね幸福に暮らせていると信じていた。


「よ。今日はルッソも来てたか」

 オフロードカーが流体ノズルの噴射音を立てて入庫してくる。

「あんちゃん、遅いよ」

「無茶言うな。朝一の定期便に乗ってもこの時間だ」

「アームドスキンで降りてくればいいのに」

 無理難題を浴びせる。

「軍用機を私用で使えるかよ」

「乗って上がったらそのまま乗って降りれるじゃん。リヴェレはあんちゃんしか使えないんだし」

「アル・リヴェレはとてもじゃないが軌道(うえ)の連中には見せられん。ギャップでのたうちまわる羽目になる」


 ロゾーはルーソンの茶色いカールした髪の頭を掴んでひねくりまわす。好き勝手を言った少年はとてもではないが引き剥がせない。


「なんだよ、名案だと思ったのに」

「お前の名案は各所の事情を無視しすぎてる」

 流暢なゴート語で交わされる会話に少女は面食らっていた。

「ロゾー、この子はマクドイヤンさんのとこの子なの」

「チネ・マクドイヤンっていいます」

「わかった。チネだな」


 少女は見あげるような犬頭に目を丸くしている。135cmしかない彼女にしてみれば、192cmある彼の頭ははるか高みになる。突きでた口吻(マズル)しか見えていないだろうと思われた。ロゾーがしゃがんでやっと顔が同じ高さになる。


「すごい……」

 それ以上の言葉が出ないようだ。

「ゾアントピテクスを見るのは初めてか。遠慮しないでいいぞ」

「さらさらでふかふか」


 彼の赤茶色の毛皮は全体的には短毛だが、顎から首にかけての毛は少し長めでボリュームがある。首周りは急所でもあるのでクッションとして機能するのだと思われる。


「牙も長い」

「サピエンテクスなんてイチコロだろ」

「人を噛むほど飢えてない」

 ルーソンが余計なことを言う。


 牙だけは人類種(サピエンテクス)とは大幅に違う。すり潰す機能がほとんどなく、噛み切ることに特化した印象だ。獣人種(ゾアントピテクス)すべてがそうではなかろうが、彼のスグルクという種は雑食進化をあまりしていない。


「だいぶ慣れた。難しい言葉じゃなきゃ話せるからそのつもりで頼むな」

「そうだ。ごめんなさい。ほんとはロゾーさんに合わせて星間公用語(パブリック)を使いたいんだけど、勉強しても会話の練習ができてないから」

「チネは入院してることが多いの。だから星間公用語(パブリック)での会話は苦手かな」


 フォローを入れる。犬頭は目頭を上げて彼女とチネを交互に見た。事情を聞いてもいいかというサインに頷いて返す。


「どこが悪いんだ?」

「生まれつきの腎機能障害があって。そのままだと長くは生きられないって言われたんだけど、今は人工臓器を移植してどうにか」

「人工臓器でしょう? どうしても恒常的に免疫抑制剤を使わなきゃいけなくて、病気に罹りやすくて伏せがちなの」


 ミレニティはロゾーの表情が疑問に染まったのが理解できなかった。

次回『伏せがちな少女(2)』 「再生医療のこと、知ってるんですね?」

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更新有り難うございます。 おや?新しいヒロイン候補が?
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