地上でアルバイト(2)
ロゾーがセレクション前日に地上に降りてメーダ食堂で夕食を御馳走になっていると酒盛りに巻き込まれる。当たり前のようにテーブルにジョッキを叩きつけた鉱夫に俺の酒が飲めないのかと絡まれたのだ。
(なんだ、この上との落差は)
サコロアでは他のパイロットと酒など飲んだこともない。それなのに、降りるようになって一ヶ月にもならない彼と鉱夫たちとは肩を組んで飲み交わしている。
艦隊が駐留している周回軌道と地上とは、その距離600km以上の落差がありそうである。まるで空気感が違うのだ。
(ずっとここで暮らしてたみたいな気分にさせてくれる。旧区画の人間は受け入れた者にはどこまでも親身に接してくれるんだな)
時間を忘れて飲んでいたら、ミレニティがやってきて首っ玉を捕まえて連れ戻される。鉱夫に尻に敷かれていると冷やかされながら、だ。
「もう! 明日は仕事なんだから」
「大丈夫だって。そんなに弱くない」
住居スペースのリビングに放り込まれるとソファーに押し込まれ毛布を投げつけられた。ご立腹の娘を宥めながら礼を言う。
ロゾーはずいぶんと久しぶりに気持ちよく寝入った。
◇ ◇ ◇
「二日酔いじゃないんでしょうね?」
「任せろ。自分の酒量くらいわかってる」
(問題なのはどっちなんだ)
ロゾーは失笑する。
どうせ仕事に向けてフィットスキンに着替えなければいけないとはいえ、男を泊めておいてアンダーウェアの上にキャミソールとショートパンツだけで起こしに来るなと思う。若い男なら変な気を起こしてもおかしくない状況だ。
「朝食べて仕事までにお腹の具合を整えておいてね」
「ゼリーだけでもいい」
「私の朝食が食べられないっていうの?」
「夕べの鉱夫と同じ絡み方をするんじゃない」
環境が似れば語彙まで似るものだろうか。
ミレニティの用意した朝食は普通のメニューである。パンにサラダの小さめボウルと皿にソーセージと目玉焼きというもの。自動調理器が出力したのだろうが、ちゃんと栄養は考えられている。
「アル・リヴェレの整備は完璧にしてあるから」
「ろくに動かしてもないのに、いきなり実戦だと?」
「他に機体ないもん」
レンタル機は他に出払っていた。重なるときは重なるもので、アームドスキンもそうだがジャッジも慢性的に不足気味なのだそうだ。セレクションのボリュームが大きいほどに彼女に担当がまわってくる傾向が強い。
(だからコンサルはレニーのウェイトを心配してたのか)
全体を制御できるほどのパイロットスキルを持つジャッジが足りない。
(出番があったら、ちょっと気合い入れてみるか)
問題の根本はセレクションジャッジだけで生活が成り立つほどの報酬がないこと。これほど慣例化しているなら制度化されて環境が整えられていてもいい気がするが、政府は本腰ではなく民間に任せるままだという。
「もしかしてベッフェルベリ自治政府はセレクションのこと、面白く思ってなかったりするか?」
「きっとそう。だって、議会で議題として取り扱われるたびに、採掘業者に口出しするなって文句言われてたらね」
「どっちもどっちだな。業者も締め付けが厳しくなるの嫌なんだろう」
いうなれば、公式に認められている喧嘩に近い。自由に楽しんでいるものに、法制化で厳密なルールが設けられると楽しみが奪われると感じてしまう。だからといってジャッジのシステムが置き去りにされているのは問題ではなかろうか。
「程よくなあなあで決着したいのはわからなくもない。たぶん、ジャッジの裁量だけで決められるくらいのほうが納得できるんだな」
「基本、指名制なだけね」
「あとは、レニーにボコボコにされて喜んでいる輩が多くないことを祈るだけだが」
「え、なにそれ?」
意識はないようだ。なぜか腕っぷし自慢ほど、強い女に厳しく当たられて良しとする傾向がある。自分たちとそう変わらない脳筋にぐちぐちと責められるよりは痛快に感じるのかもしれない。技量が飛び抜けた相手か、あるいは女性に従うほうが腑に落ちるのだろう。
(レニーは両方兼ね備えてるのがマズい。だから依頼が集中するって寸法だ)
コンサルに不安を覚えさせるほどに忙しくなる。
「ジャッジの仕事をセーブする気はないんだな?」
「頼られるのなら応えたいもん。天涯孤独になったときに、みんなで支えてくれた恩返しになるなら」
「だからってオーバーワークは禁物だぞ。パイロットの基本だ」
「フレッドさんが調整してくれるから大丈夫だもん」
果たしてコンサルタントが理解しているかどうかは疑問だ。フレッドはアームドスキンの整備維持管理がどれほど大変かわかっていないはず。
戦闘艦なら整備士は数人のチームで当たるのだ。軍用機との違いがあれど、常に動かせる状態をキープするには労力を要する。よく手伝っている彼にはわかるのだ。
(どう考えても男手が必要だよな。でも、レニーは遺してもらったルーストを自分で運営するのがスジだと意地張ってるとこあるし)
頼れる男に出会えなかった。いたとしても、ロシュのように忙しくしていて頼れる相手ではなかった。積み重ねが娘にそういう運命なのだとあきらめさせたきらいがある。
(だからって俺にも自由はないもんな)
世の中ままならないものだとロゾーはため息をついた。
次回『地上でアルバイト(3)』 「レニーに背負わせようとは思ってなかったと思うぞ」




