地上でアルバイト(1)
ルーストに顔を見せると珍しく朝からパトリシアもいる。自分のコンソールスティックから展開した投影パネルを睨んで唸っていた。
「どうした?」
「ちょっとね。……って、ゴート語!」
ロゾーが現地語で問い掛けたから驚いている。
「いいかげん憶えるぞ。これだけ耳にしてたら日常会話くらいはな」
「そっか。そんなものかも。あたしはカリキュラムできっちり詰め込まれるのに」
「星間公用語をか? ま、宙区外に出掛ける気がなきゃ不便はない」
使う機会がない。星間管理局ビルに出向いても、ゴート語をマスターしたアテンダントが対応してくれる。コミュニケータを使うまでもない。
「話せたほうがいいんだから。宙区内だって外から来る人いるんだもん」
「こんな辺境に?」
「ロシュおじさまが絶対に話せるようにしとかなきゃいけないって、これだけは厳しくされたし」
「大企業とかは接点多いからじゃない?」
カリキュラム途中でガルドワに引き取られたミレニティは家庭教師にマンツーマンで仕込まれたそうである。一年足らずで全く困らないレベルになっていたそうで、特に家庭内では星間公用語を習慣づけられていたという。
「とりあえず読み書きもカレッジだけはどうにか卒業できるレベルじゃないと」
頭を抱えている。
「最終レポート、もう少しで期限なんだから」
「頑張れー」
「どれどれ?」
パネルを回してざっと目を通す。星間公用語で書かれた内容は専門的なものだったが、そこは気にしなくていい。
「こことここ、文章に矛盾点がある。直したら及第点くらいはもらえるはずだ」
「え、今の一瞬で?」
「あのな、オレは公務官試験をパスしてるんだぞ」
「このワンコ、意外と優秀だった」
彼の顔を瞠目して見る。星間管理局の機関でパイロットをやっているのだから当たり前にアームドスキンライセンスと公務官パスは持っているのだ。法規関係は浅くではあるが広く齧っている。
「ありがとー。今日のランチは一品サービスしてあげる」
「とりあえずツケで頼む。まだなにもしてない」
「アルバイトする? 今日はこのあとジャッジの打ち合わせにコンサルの人が来る予定だけど」
「打ち合わせなんかあるのか」
ミレニティが言うには、規模が大きくなるとセレクションコンサルタント会社の担当者が噛むのだそうだ。両者の代表と繋げてオンラインで事前打ち合わせをするという。
「なるほど、どっちが先かとか揉めてる当事者同士で調整しようとしても決まるわけないもんな」
「そういうこと。自分たちだっていつまでも決まらなきゃ困るのに、沽券が絡んで譲歩できなくなっちゃうし」
「鉱夫なんて押し出しの強さが売りとか古風なメンツが揃ってるのよね」
パトリシアの言は含蓄がある。そういった輩を毎日捌いているのだから。油断すると普通にお尻を触ってくるのだそうだ。
「困ったら言ってこい。ここにいるときはメーデ食堂の番犬もしてやろう」
「よろしくね」
ケラケラと笑いながら答える。
実際のところ、若い衆が彼女を口説こうとして玉砕したら古株たちに笑い者にされたりするらしい。なにくれとなく自分たちでバランスを取る、さっぱりとした気のいい輩が集まってるとフォローを入れてくる。
「こんにちは。お世話になります」
「あ、フレッドさん、いらっしゃい」
ロゾーがミレニティにゴート語の言い回しの間違いを指摘されたりしているうちに来客がある。三十絡みの実直そうな風貌の男であった。
「ミレニティ様、今回もお願いしますね?」
「はい、こちらこそ」
握手している。
「紹介しておきますね。彼がロゾー・ハレハンタ。噂はお耳にされているかと思いますけど」
「ええ、伺っておりますとも。珍しく艦隊の方が旧区画で馴染んでいらっしゃるともっぱら」
「奇特な犬だ。よかったら仲良くしてやってくれ」
彼も握手を交わす。
「今後、手が空いてるときは手伝ってもらう予定です」
「ほほう、それはよろしいですね。わたくしも常々ミレニティ様のご負担が重すぎると懸念しておりましたので」
「できるときだけな。なにせ、管理局に飼われてるから」
それほど自由は利かないと教えておく。彼、コンサルタントのフレッド・ピービーはミレニティの担当で調整能力が高く、実績も十二分にあるらしい。年若い彼女のサポートをしてくれている。
「では、ロゾー様のご報酬のほうは如何いたしましょう?」
「これまでどおりルーストに一括で結構です。私が調整しますので」
「悪い。直接ギャラが発生すると問題が出ちまうんでな」
「いえいえ、処理的には簡単ですので。お気遣いありがとうございます」
言葉遣いも態度も崩れない。こんな真面目一辺倒みたいな男が荒くれを向こうにまわして丁々発止といけるのかと思うが、皆の信頼は厚いのだという。
「では、三日後のハンク組とダラカッツのセレクションでございますが、双方三十八機で妥結しております。多少多めですので、どうしてもお手間をお掛けするかと思われます」
「ですね。まあ、三日後でしたらロゾーもいるのでサブに入ってもらえます。いいのよね?」
確認してくる。
「なんもなければいける。時間は?」
「朝の十時からになっております」
「定期便使うと余裕ないな。待機明けの前の晩に降りて宙港近くのホテル取るか」
「そのまま来て。ここで休めばいいから」
(年頃の娘が無警戒すぎないか?)
ロゾーは苦笑しつつも厄介になることにした。
次回『地上でアルバイト(2)』 「私の朝食が食べられないっていうの?」




