地上との落差(2)
通信士の顔が絶望に染まる前にロゾーはポケットに隠し持っていたお菓子一つを押し付ける。手にしたピルチー・マスランタルは目をパチクリしている。
「もー、この悪戯犬!」
「叩くな。せっかくのビスケットが割れる」
思いだしたように袋を破って齧りついている。
最近は彼女たちとじゃれ合う時間も少なくない。星間平和維持軍のベッフェルベリ駐留艦隊に所属しているナビオペは大体が厳しい前線に戻れない者たちだ。
所属した戦闘艦で激しい戦闘に直面し、担当編隊が壊滅に近い状態になったり全滅したりすることもある。パイロットと心を通わせているほどに彼女たちは心的後遺障害を負う場合が少なくない。
当然にリカバリ用のケアプログラムも準備されているのだが、中には受けても完全には回復しない女性もいる。そういうナビオペは後方に転属されるか、あるいはこういった閑職部署に配置転換される。
(優秀で心優しい娘ほどこういうところに落ちてくる。可哀想なことだ)
そう感じるロゾーは必ずと言っていいいほど降りるたびにお土産を買って振る舞っていた。少しでも心休まるときがあればと願って。
(頑張ったところで、ろくに言うことも聞かないパイロットばかりが集まってるってのにな)
ナビオペがいてもいなくても同じような現場で耐えてる彼女たちを労りたい。シンプルな演習でさえ、指示を無視するパイロットが多い。ストレスを癒せる時間が不可欠だ。
(どうせ傷の舐め合いみたいなものだ)
ナビオペも彼の境遇を憐れんでいるのは間違いない。左遷の理由にまで触れる権限のない女性たちだが、それとなくは察しているはずだ。
普通、技量不足として星間軍から転属させられるにしても、いきなりこんな閑職にまわされることはない。GPFでならそれなりに厳しい現場でも通用すると考えているからだ。
(相当の裏事情があるとわかってる)
地上に降りるようになって初めて気づいた。なんの気なしに、キュロラントへのお土産のついでのつもりで持ってきたお菓子を彼女たちは心から喜んでくれている。こうして集まってくれるのには気遣いも含まれていると感じる。
「次はなにがいい?」
「話かな?」
「は?」
「下にいい娘ができたんでしょ? 足繁く通ってるとか意外と一途。どんな娘なのか教えてよ」
冷やかされるとは思わなかった。興味津々の目に包まれている。逃げ場はなさそうだ。
「普通、じゃないな。なかなかにしんどい目に遭って、それでも守りたいものがあるみたいだから手伝ってやってるだけだ」
「なにそれ、優しい」
「大事にされたかったら、もっとオレに優しくしろ」
「やだ、図々しい」
馬鹿話に花を咲かせる。ほどよく休憩させた頃合いに、やることもない待機任務に戻す。あまり羽目を外すと上官の目が怖い。
「ロゾー、ミレニティ・ユングはちょっと危険じゃないかしら?」
戦隊長ブースの横で止められる。
「本局がなにか言ってきたか? それなら従うしかないが」
「いいえ。無いうちに控えておいたほうがいいと思ってるだけ」
「考えとく」
キュロラント・バニャック戦隊長は拗ねているのではない。彼女なりに案じてくれているのだ。無碍にもできない。
「失点にはならないようにする」
「そういうんじゃなくて、ね」
「あんたの分だ」
もう一つ忍ばせていたお菓子をブースに転がして艦橋のドアをくぐった。
(これ以上落ちないように予防してくれてるのはわかってんだけどな。レニーのとこに行けなくなるとオレの心のほうが詰みそうだ)
穏やかでいられる場所を見つけてしまった。上る目はないのだから、せめて自分の時間くらい望むままに使いたい。もし、咎められたとしても後悔はしないようにする気だ。
「我らが艦隊のトップエース様は今日も地上でお楽しみだったようだぜ」
「さすがのご身分だな、星間軍くずれの優秀パイロット殿」
カフェテリアの前を通り掛かると、これみよがしに絡んでくる。パイロットたちは待ち構えていたのだ。
待機任務中だというの酒のグラスを傾けているような素行の悪い連中である。ロゾーを肴にしようとしていた。
「酔っ払って出動掛かったら死ぬぞ。撃墜されるならともかく、自分のゲロで窒息死は情けなくないか」
「ご忠告感謝しますよ。そんなヘマはしないけどな」
「どこをどうひねったら出動なんて掛かるんだっての。どっかの落ちこぼれ野郎がいじけて反乱でも起こさないかぎりはな」
下品な笑い声が追い掛けてくる。処置なしなので関わるだけ時間の無駄だ。
(自分がいじけてるからって、誰もがそうだと思うな。オレはもう、その域を超えてるんだよ)
なにをしても浮かぶ瀬はない。飼い殺しで終わる運命が決定している。今が、檻の中より幾分かマシなだけである。
(まだ落ちるとこがある奴はいい)
彼らはその気になれば除隊して行ける場所はある。生活レベルを落としたくないなら傭兵協会でいい。命の危険は増すがギャランティは保証される。民間軍事会社でもいい。呑気に暮らせる。
管理局籍とギャランティに未練があるから縋っているだけなのだ。ろくでなしと蔑まれようが手放したくないのだろう。
(下手に逃げだそうとしたらほんとに消されるかもしれない身より悪くない)
ロゾーは自嘲しつつ私室のドアを開けた。
次回『地上でアルバイト(1)』 「このワンコ、意外と優秀だった」




