地上との落差(1)
戦闘艦サコロアに戻ったロゾーは私室に戻るのは危ない気がして機体格納庫に降りる。ジャンプで基台の間を泳ぎ抜けると『27』と番号の打ってある自機にたどり着いた。コムファンの装甲に触れても冷たい感触だけが返される。
(違うって思ったらいけない。オレが乗っていいのはこいつなんだ)
純白のアームドスキンを庫内に移して休憩したあとは、昼食と休憩を除いてずっとミレニティのハイト・リュンデに付き合わされていた。アル・リヴェレは厄介もの扱いされるような機体ではない。かなりシャープな反応をするのは本当だが、それは使い方次第で極めて高い追従性に繋がる。
(コムファンにあれと同じことはできない。でも、コムファンでなければできないこともある)
星間平和維持軍の本旨である警務を履行するには所属機でなくてはならない。本来の任務に服せないなら彼が隊員である必要はない。隊員でなくなれば、あの者たちの命に償いはできない。
(ただの憧れなんだ。パイロットなら良い機体に乗りたい。当然のこと)
普通の欲求だと思う。
(地上に降りれば、ミレニティのところなら実現できる。でも、それはアミューズメントくらいの心づもりでいなきゃな。あそこに心まで移したらオレは……)
半端者の裏切り者でしかなくなる。一時的には楽しめても、定まった身の置き場所のない本当の野良犬になってしまうだろう。意味をなに一つ見出だせない、誰もが自分なりに生きている狭間を通り抜けていくだけで終わる。信じるままに生き抜いてやると誓って故郷を飛びだした覚悟は露と消える。
(証しを残したいなんて思わない。誰かの記憶に留まっていたいなんて贅沢だ。それでも、生きているうちは少しくらい役に立つ存在でいたい。そんな小さな願いを、あの将来ある娘に押し付けていいわけがない)
寄る辺は金属の装甲にしか感じられない。押し付けた拳に額を当てて願う。しかし、なにも返してはくれない。無機質なマシンでしかないのだ。
「帰ってたんか、ロゾー。どうした? 乗りたくなったのかい?」
整備士のダスティが話し掛けてくる。
「そんなんじゃない。下は暑いだろう? 火照ったのを冷やしてもらってただけだ」
「それでも降りたがるんだから、よほど面白いものがあるんじゃないか?」
「暇つぶしになるくらいにはな。なにせ、サコロアにオレの居場所なんてない」
人の目がありすぎる。彼の経歴に触れることができるGPF所属の人間ばかり。悲しいかな、そのフィルターはあまりに強すぎて無情である。知っているからこそ、どうあっても作用してしまう。
「面倒くさいから待機中コクピットに籠もったりしてくれるなよ。たまにそうしてないと落ち着かなくなる中毒症気味のパイロットもいるからさ」
ロゾーがそんなタイプでないのは知っているのでジョークでしかない。
「しないって。……なあ、ダスティ」
「なんだ?」
「お前、もっといい機体に触ってたいって思うことある?」
不用意に言葉が滑りでてしまった。
「いい機体かあ。そんなことないって言ったら嘘だけど、どれも機械は機械だからな。愛を持って接すると目に見えて機嫌が良くなってくれる。それが味わえるのは、複雑な構造の新鋭機より古い機体のほうな気がする」
「悟ってるみたいなことを」
「へっ、そんな上等なもんかい。ただの僻みさ」
笑い話で済ませたいようだ。それはダスティの中にも違う欲求があることを示している。本当なら自分の腕をもっと活かせる場面があるはずなのだ、と。
「もう邪魔しないからゆっくり休んでてくれ。明日にも急に出動掛かるかもしれないんだからな」
「そんな面白いことになるんだったら、今から前祝いに一杯奢ってもいい」
「残念なくらい気配はないぞ」
「君の野生の勘は馬鹿にならないしなあ」
腹の高さでローファイブをして別れる。互いに身体を押し合って、整備士は機体格納庫奥に、彼はエレベータのほうに流れていった。
(彼みたいな腕のいいメカニックがこんな場所に封じ込められてるとか、なんて因果なんだろうな)
整備士の配属はパイロットのように実績が目に見えない。実際には高い技量を持っていても、逆に忙しいがゆえに新技術に触れる時間がなく閑職に追いやられてしまうケースもある。星間管理局の管理AIが決めた結果に人間が手心を加えにくい部分だ。
(逆に時間ができたから今は熱中して勉強できてるはず。そういう意味じゃ浮き沈みが激しいジャンルなのかもしれないな。本人たちにしてみれば理不尽なことなんだろう)
考えながらエレベータを降りる。自分の個室より艦橋のほうが近い。用事もあるので足を向けた。
「あ、お帰りなさい、ロゾー」
立ち寄ると目ざとく見つけられる。
「大した歓迎だ。待ってたのはオレじゃなくってこいつだろう?」
「僻まないでよ、ほんとだけど」
「悪い口にはお仕置きが必要だ」
持っていたプラバスケットを持ちあげて彼女の手から遠ざける。中身の地上のお土産を取りそこねた通信士は「ひどーい」と胸を叩いてきた。群がってきた女性たちに個包装のお菓子を配りながら彼女の頭を押さえ込んだ。
「反省するか?」
「してます。ちょうだい」
「残念」
涙目のピルチーにロゾーは空のバスケットを見せた。
次回『地上との落差(2)』 「下にいい娘ができたんでしょ?」




