ロゾーの実力(1)
まわし蹴りが鼻面の高さまで飛んでくる。ミレニティは足の長さを十分に活かすべく床面を鳴かせてスピンしていた。顔を背けると蹴りを加速させるよう手で払う。
(よくキャンセルさせられなかったな)
ロゾーは次の非番も上陸を許されている。
(レニーが裏から手をまわした? 思いつきもしそうにない。妙な力学が働いてそうで怖いぞ)
後ろ向きから跳ねてくる踵をつま先で弾く。スパーなのだから金的は狙わないでほしい。目を細めて見ると娘は舌を出してきた。やりすぎたと気づいたらしい。
「飽きもせずよくやるわね」
外野から声が飛んでくる。
「だって他にまともに相手できる人がいないんだもん。パティがスパーしてくれる?」
「冗談。あたしはごく普通なか弱い乙女なの」
「ひどい。まるで私が変みたいじゃない」
「どこに現役軍人にスパー相手を頼む乙女がいるっての?」
幼馴染にからかわれている。
実際のところ、ミレニティくらいの実力があるなら普段からの鍛錬は不可欠だろう。怠れば目に見えて落ちていく。しかし、実戦的な訓練をするにも相手に困る状態だったのは間違いない。現状を確かめるには、こういったスパーが最適であるのも否めない。
「そろそろランチタイムに備えて帰るわね。ドリンクのコップはランチを持ってきたとき回収するから置いといて」
「ありがと。いただく」
「じゃ」
パトリシアは手を振って去っていく。ミレニティもタオルを手にして汗を拭っている。ブロアの前に立ってタンクトップに風を孕ませていた。
「ロゾーは?」
「次でいい。それほど動いてない」
「今日もあしらわれちゃった」
彼女のスパー相手をするのは簡単ではないが難しいと言うほどでもない。作ろうとする流れを途中で断ち切ってやればいい。お互い、どうしても読み合いになるので長時間も無理だ。集中しての短時間勝負になる。
「それってどうやって身に付けたの?」
「野生動物がメインだな。連中は群れで仕掛けてくるとき、意外とシステマチックに動く。流れを読めないと思わぬところから攻撃されちまう」
「どういう生活してたの?」
呆れ声で言われた。
クールダウンのストレッチを手伝う。身体を支えてしっかりと曲げ伸ばしに外力を加えてやった。彼女は相変わらず触れられるのを厭わない。年頃らしくない反応に男のほうが戸惑ってしまう。
「うーん」
変わってブロアの風を浴びていると娘は尾を引くような唸りをあげる。
「プロトコル持ってる?」
「当然だ。固有財産だからな」
「そっかあ」
ニンマリとしている。
彼女が言うのは当然パーソナルプロトコルのこと。アームドスキンを操縦するうえでσ・ルーンからの命令信号に対する固有動作パターンデータである。略してプロトコル。
機体にインストールすることで、σ・ルーンの信号とセットでこのプロトコルに従い動作パターンが実行される。当然自機にもメモリされているが、個人のプロトコルはコピーして持ち歩いているもの。それほど重要なデータになる。
「どれかに乗ってみない」
標準データであるプロトコルをインストールすれば一応どんな機体でも即座に自分にマッチした操縦が可能だ。
「無理言うな。プロトコル以外なにもない」
「σ・ルーンあるし、実機シミュレーションだけなら」
「そりゃ可能だがよ」
実機のコクピットにはシミュレーション機能がある。σ・ルーンとプロトコルのセットがあれば、実際に操縦したのと同様の動作を仮想空間内でさせられる。操縦殻の後ろにある制御部の処理性能なら余裕だ。
「フィードバック軽めにするならな。非番に身体痛めたら大目玉食らう」
「私もフィットスキン着ないから」
「駄目だ、着ろ。女の子に青痣作らせる趣味はない」
実機シミュレーションを走らせると、コクピットの緩衝アームが連動して擬似的な慣性力を生みだす。実際の機動ほどではないが、わりと忠実に再現する。下手なアミューズメントマシンよりハードなのでフィットスキンを着ていないと圧迫して痣になりかねない。
「うん、準備してくる。好きなの選んで」
嬉々として着替えに行く。
「まったく、実機シミュの対戦相手できて喜ぶ娘がどこにいる。いや、セクハラか」
独り言をもらしつつ見まわす。ルーストの庫内にはミレニティのハイト・リュンデ以外に五機のアームドスキンが置いてある。これが意外とバラエティに富んでいるのだ。
(客の好みによって選ばせるんだろうな。どれがいい?)
大別して細身のスピードタイプと重厚なパワータイプ、中間的なミドルタイプとがある。用途上、パワータイプが三機と他が一機ずつだ。彼女とタイプを合わせるならスピードタイプだろうが、あまり乗ってこなかったカテゴリでもある。
(オレもイオンスリーブ搭載機は乗ったことがない。ここは標準的なとこを選ぶか)
ミドルタイプのアームドスキンに歩み寄ると整備柱を渡してあるスパンエレベータに乗った。コクピットまで上がり、ミレニティがやってきて起動ロックを外してくれるのを待っているつもりだったが、いきなりブレストプレートがスライドオープンしてパイロットシートを吐きだしてきた。
「ロック掛けてないのか? 不用心すぎるぞ」
ロゾーは苦笑いしながらシートのスロットにプロトコルスティックを飲み込ませた。
次回『ロゾーの実力(2)』 「こいつはザーヴァルって機体か」




