傍観する犬(4)
『飛行許可登録確認に応答がありました』
「それじゃ、このまま飛ぶから」
ミレニティは機体システムアナウンスに返事ともいえない返事をしている。変に生真面目なところも彼女らしかった。
(慕っていた祖父の後追いをしてるみたいな言い方してたな)
ロゾーは彼女の言動を思いだす。
(自分の中でそれが正解だと思って生きてきたんだろうな、大して疑いもせずに)
自らの希望でもあると信じて疑っていないように見える。しかし、轍をなぞっているだけで同じ存在になれるでもない。祖父とミレニティは違う人間なのだ。轍を踏み外したときに初めてそれに気づいてしまう。そのときにはもう遅いのだ。
(オレと同じ失敗をさせたくない。まだ前途ある娘なんだから)
立派な人物像に近づいたなら必ず尊敬を集められるでない。妬む人間というのも出てくる。足を掛けようと虎視眈々と狙ってくるような輩が。
仰ぐ人物がまだ健在なら導きもできるだろう。しかし、故人となれば不可能だ。彼女の祖父が厄介事を振り払いながらスマートに生きていたならなおさら。子どもは負の部分に気づかず見あげていただけなのだ。
(転ばないよう、誰かが後ろから支えてやらねばならないのにな。本当なら後見人ってやつの役割なのに、こんな純粋なまま放りだすとかよ)
失敗も成長の糧と考えているのかもしれない。リカバリの効く失敗ならそれもいい。ところが世の中には一度の失敗がその後の全てを決めてしまうような場合もある。そこへ迷い込んだらお終いだ。
「もう集まってる。鼻息荒いんだから」
「あれが今日のセレクションの?」
ロゾーは作動させたコミュニケータで娘と少年の会話を聞く。ミレニティが彼に気遣ってルーソンを置き去りにしてしまうのを防ぐために今日のところは遠慮したのだ。
「少なめか」
「小規模事業者だから。それだけにこの勝ち負けは大きくて意気込みすごいかもだけど」
「荒っぽくなりそう」
少年も危惧している。
荒野では八機同士、合わせて十六機のアームドスキンが対峙していた。両者に見慣れた機体が混じっている。ミレニティにとってはどちらも客らしい。
「加減が効かないかあ」
「レニー姉ちゃんの出番がありそうだね」
「二人は降りて待っててね。すぐ飛びだせるようにしとかないと駄目そう」
ハイト・リュンデを高台に降ろす。風化と侵食の影響で平地になっていて、絶対に格闘戦に巻き込まれる心配はなさそうな場所だ。コクピットを離れると会話が不便になるので、σ・ルーンを娘の物と繋げてスピーカーから彼女の声が流れるように操作する。
「ジャッジの配置OKよ。セレクション、開始」
オープン回線で告げているミレニティの声だけが聞こえてくる。最初から喧嘩腰でなにかを言い合っていたらしい身振り手振りをしていたアームドスキンの集団が激突を始めた。
(これがまた乱闘騒ぎにしか見えない)
戦闘のプロの目では見ていられない。
(はっきり言ってルッソみたいな子どもに見せたい代物じゃないんだが)
大きく振りかぶったテレフォンパンチが放たれる。ロゾーなら余裕を持って避けられるような攻撃を相手は当たり前に受けている。ワンテンポ遅れて「ガツン」という衝撃音が聞こえてきた。丸っきり素人の喧嘩である。
「おーお」
つい情けない感嘆がもれてしまう。
「どうしたの、ロゾー兄ちゃん?」
「いや、なんというか……例えようがない」
「わかんないよ。変なの」
仕方ないだろう。彼らは同じアームドスキン乗りでも戦闘職ではなく鉱夫なのである。他の宙区ならば専用機械でやるような仕事をこのゴート宙区ではアームドスキンでやっているのだ。
(もったいないというべきか)
それくらい身近なマシンなのだろう。
彼らにとっての当たり前がロゾーの理解の範疇から外れているだけ。非難するのは誤りだとわかっていても、なにをやっているのかと思ってしまう。
(自販機で買った無重力タンブラーの吸い口を切るのに、金属でも切れる超音波カッターを持ちだしてるようなもんだ)
そんな感想を抱いている。
ただの殴り合いだ。せめて足くらい出せばいいと思うのにそれもない。聞くに、相手をノックダウンさせて勝敗を決めるらしいが、なぜかコクピットのある胸部でなく頭部を狙っている。本能のままに拳を振りあげているとしか思えない。
「これで決着するのか?」
「するよ、時間掛かるけど」
「気が気じゃないだろう」
「あはは。まあね」
自分の店のレンタル品が無謀な扱いで傷付いていく様を見せられるのである。つらいやら情けないやらでどうしようもない気分になりそうだ。
「アームドスキンってそういうものだし」
「本気で言ってるか?」
「え、違うの、兄ちゃん?」
見物する三人の間でさえ齟齬が生じている。彼の感性では、星間銀河を席巻するほどの優れた戦闘兵器が、彼らの感性では単なる道具の一つに過ぎないようだ。行き違いも甚だしい。
「修理に掛かった代金もちゃんと請求するから」
「そういう問題で済ませているからエスカレートしてる気もするが」
「レニー姉ちゃん、しばらく忙しくなりそうだね」
荒野にみっともない激突音だけが虚しく響きわたる。
ロゾーは悲しき現実から目を背けたくなっていた。
次回エピソード最終回『傍観する犬(5)』 「こんな使い方するんじゃな」




