傍観する犬(3)
平均的な全高が20mもある巨大人型機械兵器アームドスキンのコクピットは意外と広い。内部は直径3mの球形モニタを備えている。
これはパイロットシートが懸架緩衝機構によって保持されているからである。この通称『緩衝アーム』がシートを吊り下げ、コクピットに掛かった慣性力の反対方向に振れることで身体負荷を軽減するのだ。ゆえにモニタ面に衝突しないよう広めの設計をされている。
(今日みたいに余計な荷物が増えるときも便利だけどな)
ミレニティのアームドスキン『ハイト・リュンデ』にロゾーとルーソンも乗り込む。少年も初めてではないようだが、経験豊富というわけでもなさそうで嬉しそうだ。
「大人用だからな。クッションに加圧して調整するぞ」
「うん、ごめん」
ルーソンのシートを操作する。このあたりはユニバーサルデザインになっているので不便はない。肩から腹までを保持するロックバーを下ろしてバルーンが膨らみ、しっかりと身体が固定されているところまで確認する。
「ロゾーには逆に小さい?」
「ぎり許容範囲だ」
身長192cmある彼が座るとサブシートがみっちりである。同じくロックバーを掛けてバルーンを作動させるが、あまり緩衝範囲がない。正直、このまま戦闘機動は遠慮したい状態だ。
「じゃあ閉めるね」
普段ならパイロットシートは床から生えた緩衝アームによって前に押し出されて乗降が容易になっている。今回は本シートの裏に折りたたまれていたサブシートを出しているため、格納された状態で乗り込んでいる。
操縦殻のプロテクタが閉まると同時に開放部分の正面モニタも点灯。胸の装甲が上から下りてくる様子を映しだす。いわゆるブレストプレート方式というやつだ。
(さすがに最新式だ)
ロゾーのアームドスキン『コムファン』は旧式でダブルハッチ方式。上下二枚に分かれているハッチが下から上の順番で閉まる機構になっている。
そのほうが安全に思えるがそうでもない。構造的に薄めになってしまうハッチに比べ、全体を分厚く成形してもいいブレストプレートのほうが安定した防御性能を示す。
『σ・ルーンにエンチャント。3、2、1、機体同調成功』
機体システム音声が操縦同調を伝えてくる。
「動かすね」
「いよいよだあ」
「飛ぶまで騒ぐな。舌噛むぞ」
基台から降りたハイト・リュンデはルーストの庫内を歩く。コクピットに伝わる振動は小さい。各部サスペンションがしっかりと仕事している。そうでなければとても戦闘機動などできない機械兵器である。
操縦殻がパイロットを守るが、内部で3m、外径では4m以上になる。20mのボディとはいえ、そんな大容量の物が胸の中に詰まっていればスペース的には案外厳しい。それも踏まえた20mというサイズ感なのだろう。
「高い! うちの食堂が小さく見えるぜ」
少年は興奮を抑えきれない。
コクピットのモニタに映っているのは頭部視点からの映像。つまり20m近い高さがある。一般住宅の高さなど比較にならない。
これはパイロットに合わせた設定。操作するのに、胸の高さからの映像では感覚的に変になる。例えば顔の横から腕が伸びているような感じだ。それでは人体を持つパイロットは操縦しにくい。なので頭部からの映像に補正されている。逆にいえばそのために頭部にセンサーが集中しているといってもいい。
「飛ぶから」
ルーストの前の通りに踏みだしたハイト・リュンデは重力波フィンを展開する。まるで虫の翅かのような、半透過性の金色の光の翼だ。これが機体周辺に重力場を生みだす。
対して、ボディに搭載された反重力端子の端子突起が反発力を発生させる。それでアームドスキンが浮き飛行するという構造になっている。コムファンのプラズマスラスターのようなガツンという加速はなく滑らかに上昇した。
「あっという間に旧区画があんなに小さくなった」
「楽しい?」
「当たり前だよ」
ルーソンのような少年たちには、アームドスキンは憧れの的だろう。いつか自分で動かしてみたい。思いのままに乗ってみたいという欲望は誰もが抱いてもおかしくない。
(こいつはそんな立派なもんじゃない)
ロゾーには別の感傷もある。
(相手がパイロットだろうが民間人だろうが誰彼構わず簡単に殺してしまうマシンだ。覚悟もなしに操縦したら地獄を味わう羽目になる)
彼もパイロットライセンスを取得し、アームドスキンを与えられたばかりの頃は夢と希望しかなかった。もしかしたら、実戦に動員されることはほとんどないかもしれない。それでも、想像を絶する数の星間銀河圏の人々を守る戦士になったかのような感情を抱いた。
(認められ、選ばれたひと握りの人間になれたみたいに錯覚した。とんでもない誤解だ。一方的な暴力装置に成り下がっただけ。あいつらと同じところに堕ちただけだった)
慚愧の念はない。そんな生き方しかできなかった。それでも誇りは捨てずにいたかった。しかし現実は残酷で、彼は転がるように落ちていった。這いあがることも叶わない世界の底へ。
ロゾーはあきらめる他になかった。
次回『傍観する犬(4)』 「いや、なんというか……例えようがない」




