危険な犬(3)
定期連絡船から降りたロゾーは所属艦サコロアの中央通路を歩く。標準重力の50%に設定されている生活エリアだが足取りがふわふわとする。身体が地上に慣れてきているのだ。
(やっぱり生活するんなら地上のもんだよな)
惑星ベッフェルベリはやや小さめなので標準に届かず94%ほど。それでも暮らしやすさは断然に違う。人類はやはり惑星上で発生してそこで生活するような身体構造になっているのだ。
(あんなに艦内生活が当たり前になってきたと思ったのにな)
以前は上陸など滅多にないことだった。数ヶ月はざら、ときには半年以上惑星に降りたりしない生活。パイロットとして宇宙で生きるならそれも当然と思っていた。
しかし、頻繁に降りられる地上がそこにあり、行ったり来たりを始めてみると慣れるどころか身体は求めるようになるから不思議なもの。負荷は大きいはずなのに体調は良いと感じてしまう。
(筋肉がそういうふうにできてるんだろうな)
同僚たちも非番のときやまとまった休暇を取得しては上陸している。管理局宙港から離れないようだが飲食を楽しんだりしているらしい。
ただし原則友人同士の複数人で行動し、現地住民と交流するケースは稀である様子。コミュニケータの世話にならなければいけないのもあるし、未開人と馬鹿にしているので仲間内だけで遊ぶ。
(卑屈になってんのはどっちなんだか)
脛に傷持つ輩が吹き溜まっているのは認めざるを得ない。人間関係で失敗し、喧嘩沙汰をくり返して評価を大きく下げてしまうと左遷される。似たような人間が集まると逆に仲間意識が働くようで、艦内でのトラブルは減る傾向にあった。
(住民と接触を避けるのはイザコザを起こしたくないからってものあるか。もう落ちるとこがない。パイロット生活を続けたいなら、それこそ除隊して傭兵協会にでも身を置くしかない)
生活レベルを維持できるギャランティを得るにはそれしかない。彼も一度は考えた道である。しかし、周囲の空気はとても除隊を許してくれそうにない。飼い殺しを覚悟するしかなかった。
(どうせ終わりと思った途端にこれか)
ベッフェルベリの、特に旧区画の人々とは急接近している。ロゾーが道を行くだけでなにくれとなく話し掛けてくる。それが心地よくてやめられそうにない。
「ロゾー、帰ったの?」
σ・ルーンから通信用の小パネルが投影されて上官の顔が映る。
「戻りましたよ、バニャック戦隊長殿。なにかありましたか?」
「なにもないけど……。上陸をあまり勧めてないのは忘れないで」
「住民とのトラブルは厳禁と心得てますよ」
頻度と比例すると考えているだろう。
「じゃなくて、肩入れが過ぎると、ね」
「余計に他の隊員と溝ができるって? そっちのトラブルも避けてるつもりですがね」
「つらいのは理解するけど、下が貴官の逃げ場所にはならないと思ってるわ」
「了解です」
(そう思ってるのはサコロアの乗員のほうかもしれないぞ、ローラ)
ロゾーは地上との乖離を作っているのはこちらの意識だと思った。
◇ ◇ ◇
「ただいま」
パトリシアは賑やかなのが帰ってきたと思った。
「犬の兄ちゃん来てたって本当?」
「ロゾーならもう帰ったわよ」
「くっそー、なんで俺が忙しいときばっか来るんだよ」
「あんたの忙しいは友だちと遊ぶのが、でしょう? 彼は兵隊さんなんだからちゃんと忙しいの」
いきなり騒がしくしているのはルーソン・メーダである。年の離れた弟で十二歳になったばかりだ。困ったことにそれほど勉学に興味を抱かず、普通にジュニアスクールで足踏みしている。
将来になにか目標を持つでなく、そのうち家業の食堂を継ぐくらいの意識しかない。それでも年頃に似合ってパイロット職に惹かれている様子も見せる。相手が獣人種なのも相まって犬頭の男と会いたがっていた。
「帰りに覗いてメシの礼を言って帰ったな。律儀な男だ」
「それもゴート語だったでしょ? 気を遣ってるのよ」
本人が言っていたように、過去に行動を規制されるようなトラブルを起こしたとは思えない人物だった。だからこそパトリシアも大事な幼馴染との交流も容認している。
(とても危険な人に見えない。穏やか? ちょっと違うかも。なんだか、あきらめの境地にいるような佇まい。それくらいしかわからない)
大人になったら彼の心境が理解できるのかもしれない。なにか大きな失敗をして、再起をあきらめるというのは人生を棒に振るようなものだ。彼女の年齢では理解の難しい場所にいる。
「早く会いたいな」
悩みのなさそうな弟は呑気に言う。
「腹減った。母ちゃん、なんかない?」
「それより顔と手を洗ってきな。埃っぽいったらありゃしない」
「わかったから蹴るなよー」
「手で触りたくないほどなんだよ」
すでに夕食の時間帯が始まろうかという頃合いである。常連客に笑われながら住居のほうに入っていく。これ以上うるさくされないよう、小腹を満たすものを用意してやらねばなるまい。
(そういえば、良く食べてた)
ロゾーの食事風景を思い起こす。
(やっぱ牙が露骨に見えるとケモノ感が拭えないけど、品がないわけでもなかった。美味しそうに食べてくれるのは爽快でもあったし。うちの料理で人生捨てたもんじゃないと思わせてみたいかも)
妙な想像をしてしまうパトリシアであった。
次回『傍観する犬(1)』 「単にマナー違反だ」




