危険な犬(2)
そこはベッフェルベリ中心部にある星間管理局ビルのとある一室。多数の投影パネルに囲まれた専用ブースに腰掛けるメアリは、ようやく一段落した問題の経緯確認を行っていた。
「トレースは正常。ターゲットは直前まで追えてる」
小声でぶつぶつと考える。
「ここでいきなりロスト。つまり、この『ルースト』って施設がトレースジャミングを仕掛けてるってこと」
急にターゲットの位置情報が追えなくなった。対象がσ・ルーンを外したり電源を切ることはないはずなので発信がカモフラージュされているのである。もし、電源カットの操作をしたなら最後にその旨を発信するようプログラムされた物を渡されている。
「どうしたの、メアリ?」
隣のブースの同僚スフィットが様子を案じて尋ねてくる。
「例のターゲットを一時的にロストしちゃって。今は確認取れてるんだけど、ちょっと問題になりそうだからレポート上げとかないといけないかと思ったの」
「ああ、彼? そんなに重要なのかしら。あれって過去のことでしょ?」
「たぶん、今危険だから追ってるんじゃなくて漏洩防止だけだと思うけど。だって、あの事故、事件? 真相を詳細に知っているのは情報部を除くとターゲットと一部の人間しかいないもの」
措置の意味をそう理解していた。ゆえに普段はトレースをシステムに移管している。ロストアラームが出たから彼女が直接対応したにすぎない。
「解消したなら問題ないんじゃない。ターゲットの作為的行動でないかぎり」
「その可能性は低そう。まあ、レポートのためにこのレンタルショップに関してチェック掛けとけばいいかな」
「その処理で問題ないんじゃない」
メアリが気になっているのは、システムが自動的に行なったアクセスをショップがブロックしていること。強度を段階的に上げて行ったにも関わらず全てを弾かれた。
ただし、それほど珍しいことでもない。このゴート宙区にはかなり高度なインテリジェンスセキュリティが施されている施設が散見される。その所為で、天下の管理局が革新技術へのアクセスを試みてもできないでいた。
(最終的にフレニオンネットワークを遮断したから外部への漏洩は心配ない。この施設内部だけのこと。住人は、と)
登録情報にアクセスすると簡易プロフィールが出てくる。名前はミレニティ・ユング、年齢十九歳。本人画像は黒髪の普通の女性に見える。
(経歴と家族関係は)
深めにチェックを掛けようとする。すると、突然システムがアラートを発信した。メッセージは不正アクセスを示している。
「なになに!?」
「カウンター受けてる? ここに? 嘘でしょ」
投影パネルが次々と赤く染めあげられていった。業務に支障が出るレベルの事態である。カウンターというより乗っ取りが近い様相を呈してきた。
「ヤバい! こんなこと!」
「大問題になっちゃう!」
慌ててオペレーションを試みるも全ての操作を受け付けない。半泣きで指を動かしていると収束の兆しが見えてきた。ただし、オペレーションによるものではない。勝手に収まったのだ。そして、最終的に『警告』というメッセージが表示される。
「け、警告?」
彼女はおののいた。
メッセージは続く。
『あなたの行為はゴート協定第十四条に触れる可能性がある。ただちに停止せよ。今後一切の関与を禁止するものとする。心得たし』
カウンターアタックは終わっている。しかし、相手はこちらにメッセージを強制表示させてきた。事実上、乗っ取られたも同然である。とんでもない失態だった。
「ゴート協定第十四条ってなに?」
「すぐ調べる。これ」
「……ゼムナ案件!」
スフィットが滑らせてきた条項の内容は、この宙区における最重要存在に関わるもの。つまり、コードネーム『ゼムナの遺志』およびその関係者への関与を禁じるものだった。
「ヤバくない?」
「かなりヤバいかも」
「何事かしら?」
やってきたのは彼女たちの上司に当たる人物である。名前はドゥーリア・クレメンス。銀髪に青い目を持つ美形女性であった。
「その……、ゼムナ案件に当たっちゃって」
「どこ? ああ、『ルースト』ね。以前よりマークしていた場所よ。どうしてまたチェック掛けようとしたの? 共有してないはずだけど」
「実はGPFの例のターゲットがそのルーストに接触していまして」
「ロゾー・ハレハンタが? 冗談。偶然にもほどがあるわね」
ドゥーリアはメアリたちのような下積み過程ではない。すでに一線級の情報部エージェントである。より多くの情報に接することが可能だし、当たり前のように当該施設のことも知っていた。
「この案件はわたくしが引き取ります。レポートの提出後は全てを忘れて別の業務に集中なさい、メアリ」
「は、はい、わかりました」
「心配しなくとも、このケースでなにかあっても問題にはならないし、あなたの今後に影響することはありません。なにせ、わたくしたちの手に負える相手ではないのだから」
彼女にとってこのドゥーリアという先輩は完璧に近い人物であった。もしかして、星間銀河圏全てに精通しているのではないかと思えるほど。その先輩をして手に負えないと言わせるなにかが、この辺境にあるとは思ってもいない。
メアリは自身が配属されたゴート新宙区の奥深さに戦慄せざるを得なかった。
次回『危険な犬(3)』 「上陸をあまり勧めてないのは忘れないで」




