休日の犬(5)
ミレニティの望みどおり、ロゾーは食休みのあとにスパーに応じてくれる。彼女は楽しみにしていたのだ。負けた悔しさがないとは言わないが、それ以上に自分の今を確かめられる。
(劣化してる? そんなことないはず)
日々の維持法も祖父に教わっている。
(でも、やっぱり実力的に同じ以上の相手とスパーできてるかどうかは違いがでそう)
祖父ジェイルは過去の多くを語らない人だった。ただし、体術は軍系統だろうくらいは予想できる。ダメージの大きさより制圧を目的としたものだと実感できるからだ。
「体格違いすぎるから本気は出せないぞ?」
「いい。実際に身体を動かす練習ができるかどうかが大事」
本当のところは誤魔化した。犬頭の兵士はおそらく自分と同じ系統の体術を用いるであろうことを。
「頑張れ、レニー」
「はいはい」
珍しく注目している。
パトリシアは彼女の格闘術には興味がない。鍛錬していても素知らぬふうで流してくる。幼馴染もジェイルに護身術程度は習っているのだが、実際に行使するつもりは微塵もなさそうだ。
(たぶん、ロゾーが私に勝ったって聞いたのが気になっているのね。ただの偶然なのか、それとも噂は本当なのかって)
そこのところはミレニティ自身も確たる実感はない。彼を他の地元民と同じと侮っていたから後れを取ったか、それとも頭の中でシミュレートしたみたいに完全に読まれていたか。
「しっ!」
踏み込んでいくが、いきなり上段蹴りなど放たない。モーションが大きく読まれやすいからである。ストロークの小さいローキックを狙っていく。長身のロゾーを崩しやすいし、重ねることで確実にダメージを与えられる。
(見え透いてる)
当然の如く決まらない。彼は同じだけ退いてローキックをすかし、逆に振り抜いた足を刈りに来る。ミレニティは軸足を残したまま、空中で蹴り足を踊らせて回避。ひるがえしてロゾーの蹴り足に踵を落としに行った。
膝が上がって足の甲というターゲットが失われる。踵を床面で跳ねさせると今度は軸足を旋回させた分の少しの距離、間合いを詰めて足を掛けに行く。ロゾーはその軌道を読んで蹴り足を大きく上げて避けた。いみじくも、二人が蹴り足を踏み降ろしたのは同時になる。
「レニーってばダンス?」
パトリシアの素人目にはそう映るだろう。しかし、実際にはそれなりに高度な攻防だった。足技一本で読み合いが行われている。ロゾーが受けにまわっていたので一度も接触がなかっただけである。華麗なステップを刻んだように見えてもおかしくない。
「お試しは終わりか?」
「どうしよ」
正直、それほどの攻防ができたのが楽しかった。もっと堪能したいという欲が首をもたげる。それが次の不用意な仕掛けに繋がってしまう。今度のローキックは足首狙い。しかし、一撃はヒットしながらまったく手応えなしだった。
(きれいに抜かれた!)
ヒットした分だけ前のめりになっている。不必要に重心がズレていて引き戻せない。今、上半身を狙われると避けるのは難しい。ゆえに、相手の踏み込みを防ぐためには手を使うしかなかった。滑ってくるロゾーの膝を手刀で叩き落とす。
(固い!?)
すでに踏み降ろされていたので反動が強い。気づけば彼の長い腕が首を絡めに来る気配がする。しゃがみ込んだだけでは体勢が崩れるだけ。勢い、片腕で床面を叩いて逆立ちに移行する。
「ふっ」
鼻笑いが聞こえる。
意表を突いて浴びせ蹴りを狙ったつもりが、しっかりと見切られているとわかった。しかし、もう止まらない。
(切り替えできない。上を行かないと)
逆立ちの状態で蹴り足を加速させる。捌けない速度で一気に振り抜きに行かないと足を取られる。見えないまま、当たれと願いつつ蹴り足の感覚に集中する。
「え?」
避けられて宙を薙いだでもヒットしたでもない感触がある。腰に手を当てられて、前宙の補助を受けたみたいに回された。着地と同時に前転をくり返して間合いを外す。
「今のを?」
「流れは悪くない。普通は意表を突かれて食らうだろうな」
「でも」
「抜かれたからって大技に頼るのは良くない。読まれたら思うツボだぞ?」
浴びせ蹴りを回避されて反撃に出られたら取り返しのつかないことになると指摘された。そのとおりだと思う。ただ、それができる人間が身近にどれだけいるだろうか。祖父を除けば知るかぎり、生きているのはロゾーだけ。
「まだいいでしょ?」
「フィットスキンでもないんだ。ほどほどにな。女の子の柔肌に痣を残す趣味はない」
その後もスパーを続けるがパトリシアも絶句していた。ぎりぎりのせめぎ合いだったとはいえ、幼馴染がジェイル以外にあしらわれているのを見るのは初めてであろう。
ロゾーの振る舞いはほとんど彼女を踊らせているかのようにしか見えまい。受け流したうえで怪我をさせないようにもっていく。攻撃をもらわないだけでなく、打ち身さえ負わないよう捌かれていた。
「これほど?」
十分を超えるスパーで息切れを起こしている。犬頭の兵士は面白がっている様子さえ見受けられた。
「獣人種の反射神経あってのことだ」
「どこで技を?」
「ま、いろいろな」
底知れぬロゾーにミレニティが感じたのは怖れよりも嬉しさだった。
次回『危険な犬(1)』 「なんでアラーム鳴らないんだよ」




