休日の犬(2)
ロゾーがミレニティのASレンタル『ルースト』に着くと、通用ドアのロックはオープン表示になっていた。なんとも言えない気持ちになる。
(女の子の一人暮らしで不用心が過ぎないか?)
呆れでため息が出る。
タッチパネルを肘で叩いてスライドさせると中に入った。見まわしても彼女の姿はない。作動音に目をやると、リフトアームに吊られたライトスキンの操縦席に黒髪の頭が見える。
(仕事中か)
ライトスキンというのは超小型のアームドスキンのようなもの。同じ操縦方法で操れる作業機械だ。全高が2m前後で短い脚に操縦席が乗り、二本のマニピュレータが付いて申し訳程度に人型と言えるだけの構造をしている。簡易な反重力端子も搭載されていた。
(器用なもんだ)
ミレニティはマニピュレータを自身の腕のように巧みに操り、パーツ交換をしていく。後付けらしきバスケットから部品を取りだして、腕の工具アタッチメントにセットしたレンチで締付をしていた。
(女手だけで整備をするとなると必要だよな)
実はロゾーもライトスキンをまじまじと見るのは初めてに近い。見かけたことがある程度。なにしろ、ほぼ重力下でしか使用しない。
リフトアームも0.1Gの戦闘艦機体格納庫の整備柱には備えられていない設備だ。ハーネスを着けて人を吊ることもできるし、今のように重量を軽減したライトスキンを吊ることも可能である。
「おーい、休憩にしないか?」
作業が一段落したタイミングで声掛けをすると黒髪が振り向いて下を覗いてきた。素人目に見れば不安になりそうなほど細いリフトアームがライトスキンを地面まで降ろしてくる。
「ほんとに来たの?」
「来るって言ったぞ?」
「社交辞令みたいなものだって思ってた。次は数週間後とか」
プラ製タンブラーを手渡すと躊躇いもなく吸い口を咥える。悪意というものに無頓着すぎて心の中で苦笑する。もし彼が一服盛っていかがわしいことに及ぼうとしていたらどうするつもりなのだろう。
「これ、サンディさんとこのだ」
タンブラーのロゴを改めて確認している。
「飲んでから言うな」
「どうしたの?」
「呼び止められて持ってけって言われた。オレのこと弁明してくれたみたいだな。助かる」
はにかんだような笑顔が眩しい。これほど無邪気な表情にはついぞ接していなかっただけに余計に胸を打つ。物心ついてからは蔑み、故郷を出てからは妬みと偏見にさらされてきた身では心苦しささえ覚える。
(こいつは、もしかして自分が狙われているとは考えないのか?)
これほど無警戒で生きてこられたほうが不思議だ。
(可愛らしいって自覚がないわけじゃあるまいに。それだけ大切に育てられてきたってことなんだろうな)
黒髪に黒い瞳という地味な組み合わせを補って余りある整った顔立ち。ぱっちりと大きな目は吊り気味ながら美しい曲線を描いていた。挑戦的なエッセンスを効かせつつ、見る者を虜にするほどの深淵を感じさせる。
成熟間近を思わせるフェイスラインに絶妙な配置をされた鼻と口。それぞれが小ぶりなところは少々幼さを覚えるがバランスとして成立している。それらを象る黒髪は肩口で自ままに跳ねさせているスタイル。前髪は目のラインで水平に整えられていて、頬横だけがシャギーで顔に掛かっていた。
(ちゃんと手入れしてるふうなのは自覚があるってことか)
人類種の審美眼に自信がない彼でも明らかに可愛らしいと思える造形であった。
「よくできました」
「あのな」
また顎の下の毛並みをワシャワシャとされる。
「なんでそこを掻きたがる?」
「気持ちいいかと思って」
「ちゃんとシャンプーしてる。痒くはない」
故郷を出てみると、そういう獣人種用生活用品の多さに驚かされた。割合でいくと猫系人種の人口が圧倒的に多いのだが、きちんと犬系人種に調整された製品もある。
「それでこんなにふわふわなの」
「マナーだ。特に女性に会いに行くときはな」
「えー、ロゾーってそっち方面に慣れてるんだ。意外」
「だろう? なにしろ、猿系人種はオレたちの美醜がわからない。パッと見で可愛いとか格好いいとか騙されてくれる」
ミレニティが口を尖らす。図星を突かれてしまったと思ったはずだ。
「ちゃんと気を付けるべき。落としやすいカモにしか見えないぞ?」
「そういうの言ってくれるんだから警戒しないで大丈夫。きっと、私のこと子どもだって思ってる」
「正解だ」
頬を膨らませると拳で胸を突いてくる。こういうところは女の子らしくはない。普通は平手で叩く程度だ。
「効くかよ。アッパーで入れてこい」
「鳩尾に?」
「そうじゃないと効果ない」
身長差が30cmはある。192cmの彼に対して頭一つ低いのだから160cm前後だろう。その高さから上向きに拳を放っても力は伝わりにくい。もっと下を狙うか、拳を逆手で振り抜かないと意味がない。
「そうだ。仕事終わったら組手して」
「いいけど、ウェイト差がありすぎだぞ?」
「それでも。相手できる人がいないの。身体が鈍ってる気がして怖くて」
「それは女の子が抱える不安としては特殊すぎないか?」
「……言わないで」
口を尖らせる女の子らしい姿をロゾーは微笑ましく眺めた。
次回『休日の犬(3)』 「だって、話してて気にならないんだもん」




