3-21
皆の無事を確認したナイザは、天幕の中でへたり込んだ。
ネコテコもどこからか拾ってきた木の枝を握りしめながら、大きなため息を吐いている。
腰に下げた剣の立場を考えると、少しだけ気持ちが和らいだ。
ザルハンの襲来。
他部族の領域に足を踏み入れるという危うさに、今更ながらに身震いする。
しばらくして、ようやく鼓動の早まりが治った頃に、ナイザが状況を確認しながら口を開いた。
「とりあえず酒瓶一つで済んで良かったが、この先はどうなるかわからんな……」
ザルハンの斥候騎兵に監視されていたということは、すでにザルハン全域に一行の情報が知られているということに他ならない。
生命までは取らないという話だが、それもどうなるか、信用しても良い話なのか疑わしくもなる。
「おそらく、今後は昼夜を問わずザルハンに見張られるだろう。
見張られるだけならまだ良いが、いつまた接触してくるか、あいつらの気分次第だな」
目を閉じて唸るように首を捻る。
「……休まずに進むわけにもいかんしな」
ナイザの言う通り、休まずに進むことなど現実的ではない。
ならば、休んでいる間だけでも身を隠すことができないものか……。
ふと、以前ワイルドラビットに知覚遮断魔法が掛かったことを思い出した。しかし、あの時は一匹だけだった。
今は十数頭にもなる砂馬が対象になる。おそらくそれは、不可能だと言わざるを得ない。
皆一様に何か手立てはないかと思案するが、解決策を見出すことは困難だった。
深い渦の底に沈んだように、皆が推し黙る。
「ネコさん、何かいい案ないですか?」
不意にフレアに問われ、ネコテコは驚いたように顔を上げた。
村とザーローンを行き来した経験がある元冒険者ならば、砂漠地帯を進むいい方法はないかと考えたのだ。
しかし、ネコテコから返ってきたのは、解決に至るものではなかった。
「ザーローンへは、海沿いを行くのが定石です。街や村があるので安全なんです。
この土地の大半は乾燥した平原と荒涼とした高原、それとこの砂漠地帯。
遊牧民以外が立ち入るには危険が多すぎるんです。
だから私も、聖域には行ったことがないんですよ……」
大陸の西側において、西端のザーローンだけが国として存在している。
ザーローンという王国でさえも、広大ではあっても、不毛な土地を治める気はないのかもしれない。
大陸の西側は、言わば無法地帯と言っても間違いではないだろう。
「何にしても、夜に動くのは生命に関わる。
高原に抜けるまで、奴らの気が変わらないのを祈るしかないな」
ナイザが諦観のため息を漏らす。
同じ砂漠の民であっても、部族が異なれば成す術がない。
頼みの綱のネコテコからも良い案が出てこない以上、ナイザの言う通り祈りながら、腹を括って進む以外に策はないだろう。
まるで静寂の魔法を掛けられたように、皆黙って俯き、それぞれが思考の闇に沈んでいるようだった。
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら、オリーはザルハンの男が口にした言葉を思い出していた。
「ナイザさん、ザルハンが聖域は『何もないところ』と言っていましたけど、それってどういうことですか?」
不意なオリーの問いに、ナイザは一瞬動きを止めた。
思考を遮られたからというよりも、何かを知っている、そういう仕草だった。
しばらく無言が続いたが、結局その無言に耐えきれなくなったのか、ナイザは一つため息を吐いた。
「行けばわかる……、と言いたいところだが、何も言わないのは卑怯だな」
自分も詳しくは知らないと前置きしつつ、ナイザは自分の知る聖域について話し出した。
聖域は高原地帯にあると言われている。
豊穣の女神ルシアに祝福された場所とされている。
その実、動物どころか、植物さえ存在しない場所らしい。
口伝によれば、はるか昔に上空に現れた浮遊する大地が落ちた場所だと言われている。
「何もなくはないが……、何もない場所だ。
それに、聖域の中はサマルの方が詳しいはずだ」
言い終えた後で、ナイザはサマルに視線を向けた。
視線を向けられたサマルは、小さく頷いた後でゆっくりと口を開いた。
「聖域の中については、部族の掟でお話しできません。
私が言えるのは、私も半信半疑だということだけです」
洗礼は砂漠の民の女性だけが行う儀式だ。
サマルは聞かされていても、ナイザは知らないことも多分にありそうだった。
もっと詳しく話を聞きたかったが、ナイザがそれを遮るように手を打って終わらせた。
「話の続きは後日。今日は早く休んだ方が良い」
強引にも思えたが、ザルハンの襲来もあって皆精神的にも疲労していた。
浮遊する大地が落ちた、何もない場所。
自分たちが目指している場所は、神話にも聞いたことがない浮遊する大地が落ちた場所。
それが放浪の魔女が示した場所なのか、やはり、行ってみないことには何もわからない。
まとまりそうにない考えを抱えたまま、夕食を早々に終わらせ、その夜は静かに幕を下ろした。




