3-20
嵐もなく、旅慣れた感覚に気が緩んでいたのかもしれない。
その日は少し無理をして距離を稼いだおかげで、野営を張るのが遅くなっていた。
天幕を張り終え、ナイザとネコテコが辺りの警戒に出てすぐに、逆の方角から鳥馬に乗った男たちが近付いてきた。
虚を突かれたというのは、こういうことなのだろう。
剣を手にした男たちを前に、オリーもフレアも、サマルもフォニも、ただ驚くことしかできなかった。
夕食の支度のために、丸腰だったのが良かったのかもしれない。
男たちは天幕の中を一瞥した後で、こちらが武装していないことに気を許したのか、無節操に天幕の中に入ってきた。
「お前たちは何者だ。
ここがザルハンの移牧地なのは知っているな?」
三人のうち、先頭に立つ背の高い男が口を開いた。
高圧的な態度とその口調から、相手が何者かを察した。
──ザルハン。
男は天幕の中を物色するように見回した。何かを探しているのか、その仕草だけでは男の目的を図ることはできない。
意外にも、男の問いに答えたのはフォニだった。
内気に見えた少女は、サマルを庇うように前に出ると、気丈な態度で男に対峙した。
「私はガシュルの民。
聖域に赴き、女神の洗礼を受ける旅をしています」
毅然とした態度で真っ向から応対する。その勇ましい姿は、まるで子を守る母のようにも見えた。
男はフォニを見据え、一瞬考えるような仕草を見せた。
「聖域?
あんな何もないところで洗礼だと?」
男の言葉に、フォニが黙って頷く。
それを見た男は仲間に振り返って鼻で笑った後で、「ご苦労なこった」と吐き捨てた。
「まあ良い、ここいらはガシュルの境界に近い。お前たちがいても不思議じゃない。
今晩は見逃してやるが、その代わりに酒をよこせ」
男の言うそれは、争うつもりはないと言う表現なのかもしれない。
ザルハンの出方によっては、オリーもフレアも動く用意はしていた。魔法を使用すれば、この男たちを無力化することなど容易いだろう。
たとえ丸腰であっても、魔法に得物は必要ない。それでも、無用な争いは避けるべきだと、そう理解はしていた。
チラリとサマルを見る。
無用な争いは避けるべきだが、サマルが動くのならば、それを支援することはやぶさかではない。
少しの間、沈黙が訪れる。
湯を沸かす音が、天幕の中にやけに響くような気がした。
誰も何も発さない、静まり返った天幕の中で、サマルが黙ったまま酒瓶を手に取り、それを男に手渡した。
「利口なのは嫌いじゃない。
ついでに、男らが戻ってきても、俺たちを追わせたりしなければもっと利口だ」
酒瓶を受け取った男は、サマルを見ながらニヤリとして見せた。
そのまま天幕を出ると、男は振り返りもせずに鳥馬乗り込んだ。
男の口振りからして、どうやらナイザとネコテコの存在を把握しているらしい。
どこから着けられていたのか定かではないが、おそらく、ずっと見張られていたのだろう。
ザルハンが遠ざかって行くのを、鳥馬の足音だけで確認する。
その音が聞こえなくなるまで、息を飲むことさえ憚られるように、じっとして身動きが取れなかった。
その捕縛されたような緊張が解かれたのは、慌てた様子で天幕に入ってきた、ナイザとネコテコの姿を見た後だった。




