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街の広場で二人を待ち構えていたのは、騒がしくも賑やかな集団と、それに集まる人の群れだった。
日が沈んでも賑やかなのはこの街の日常ではあったが、この日の夜の賑やかさは、いつもとは明らかに異なる、まるでお祭り騒ぎのようなそれだった。
普段なら夜間はまばらな広場の露店も、今は所狭しと並んでいる。
オリーとフレアは人混みを掻き分け、何とか冒険者協会の前に辿り着いた時には、依頼をもう二つ三つこなした程にヘトヘトになっていた。
ようやく辿り着いた協会の扉を開けたところで、二人の目に入ってきたのは、広場と同じように騒がしい、人の波だった。
何が起きているのかは知る由もなく、とにかく依頼達成の報告のためには窓口に向かう必要があり、この波を前に、また人混みを掻き分けるのかと、ただ溜め息が漏れた。
どうにかこうにか窓口に到着し、対応してくれた受付に依頼達成の報告だと告げる。
奥で休んでいたのか、二人に気付いたアンセルマが「私が代わりまぁす」と言って駆け寄ってきた。
「おかえりなさい。無事に帰ってこれて良かった」
アンセルマの笑顔を見て、冒険と人混みをかき分けてきた疲れが少し楽になった気がした。
「この人混み酷いでしょ。
アイゼサントから来た隊商が街に立ち寄ってて、お昼過ぎからずっとこの調子なの」
どうやら二人が街を出てすぐに、南砦から隊商が入ってきたらしかった。
「大きな商団らしくて、護衛にランク10冒険者を雇っているんだけど、その人達が今地下で休憩しててね、ランク10といえばお国の英雄だし、見る機会なんて殆どないから、野次馬が大勢押し寄せてきてるのよぉ」
作り笑顔ならぬ、作り困り顔を見せて、二人に語りかけてくる。
おそらく、アンセルマ自体はそれほど困ってはいないと思うが、協会本来の機能や、施設を利用したい冒険者達にとってはいい迷惑であった。
聞くところによると、南方の小大陸ザラス・エリシムにある、アイゼサント王国から、この街を超えた、北方の王国のダナグまで向かうという。
アルドネリア大陸を縦断する長期の旅程ともなれば、この街に立ち寄るのも分からなくはなかったが、如何せん他が騒ぎ過ぎな気もした。
とにかく、ただでさえ疲れているところに、この喧騒は精神的にも辛い。
二人は冒険者証と依頼書、採取してきたハーブをアンセルマに渡し、「報酬を受け取ったらさっさと帰ろう」と耳打ちした。
「確認するから少し待っててね」
アンセルマはそう言って、手渡した一式を持って窓口の奥へ向かった。
それを見届けたフレアが、オリーに一言伝えて身動ぎする。
「ちょっとランク10とやらを見てくるのです」
オリーはため息混じりに「いってらっしゃい」と答えたが、フレアの姿はもうすでに見えなくなっていた。
受付窓口の奥の方で、採取してきた薬草の確認をしているアンセルマが見えた。
万が一間違った薬草だった場合は、明日また採りに行かなくてはならない。期限は明日の昼までなので、朝早くに出なくてはならないだろう。
またあの山林まで行くのは面倒だなと考えていると、確認を終えたアンセルマが、パタパタと歩いて戻ってきた。
「依頼完了です。こちらは今回の依頼の報酬になります。お疲れ様でした」
笑顔でそう言って、冒険者証と報酬を受付カウンターに置いた。
採ってきた薬草は間違いではなかったらしく、安堵の息が漏れた。
「それと……」
アンセルマが採ってきた薬草を見せながら話を続けた。
「少し多目だったので、これはお返ししますね。
軽く揉んでからお湯を注ぐと、簡単なハーブティーになるそうよ。体が温まって安眠作用があるらしいわ」
どこから仕入れてきたのか、豆知識を披露してきた。冒険者協会の受付は、雑学にも精通しているらしい。
まあ、少しばかり興味があるので、今晩辺り飲んでみようかと考えた。
ちなみに、安眠作用の効果は、錬金術師の手に掛かると昏睡薬にすることができるらしい。大鍋でぐつぐつと薬草を煮るアンニャおばあちゃんを思い浮かべて、『錬金術師怖い』と思いはしたが、口には出さずにおいた。
「そういえばフレイアちゃんはどこに行ったかしら?」
フレアの姿が見えないことに気付いたアンセルマが、キョロキョロと辺りを見回した。
相変わらずごった返す人混みの中から、まるでずっとそこに居ましたよと言わんばかりに、フレアがひょっこりと顔を出した。
人混みにやられたのか、心なしか疲れたような顔をしている。
「で、どうだった?」
オリーが問いかける。
正直なところ興味は無いし、関わりたいとも思ってはいなかった。けれども、今後何があるかわからないので、特徴だけでも聞いておいて損はないだろうと考えた。
「じじいばばあばばあじじいです」
大雑把な返答に、オリーが口を開けて目を丸くする。
フレアの言葉遣いが悪いということは、あまり良い印象ではなかったのだろう。
「あぁ、ランク10冒険者のことね」
アンセルマが笑いながら答えた。
その言葉だけで答えがわかるというのは、冒険者協会の職員として、優秀なのかそでないのか、判断がつかなかったが、それは置いておいて、ランク10冒険者について、もう少しまともな特徴はないのかとフレアに聞き直した。
「ん〜……、イキったチンピラと、無口な木偶と、品の無い露出狂と、胡散臭い巨漢です」
フレアの例えに、アンセルマが大きな笑い声を上げた。
人だかりの喧騒で周りは誤魔化せていたが、受付の奥にいる職員達は、「何事か」とこちらに視線を送っていた。
アンセルマが笑う姿を見て気を良くしたのか、フレアはキャッキャとしている。
「職業とか分からなかったの?」
避けるぶんには外見の特徴だけでも良かったが、一応冒険者としての力量を推察するのに、職業くらいは知っておきたかった。
「たぶんですけど、斥候と剣士と魔術士と修道士です」
フレアの答えにアンセルマが、「フレイアちゃん大正解!」と言って手を叩いている。
順番からいくと、イキったチンピラのじじいが斥候で、無口な木偶のばばあが剣士、品の無い露出狂のばばあが魔術士で、胡散臭い巨漢のじじいが修道士ということになる。
バランスは良さそうだなと思ったが、ランク1の自分達とは関わることもないだろうと、すぐに考えるのを止めた。
「斥候が40代半ば、剣士と魔術士が30代後半、修道士はもう60近い人だったかな?
おじさんお姉さんお姉さんお爺ちゃんね」
アンセルマが笑いながら話し続ける。
「実際ランク10なのは斥候だけで、称号は夜影士だったかな?
僧侶はランク9で癒し手、剣士と魔術士はランク7で、守聖と魔道士だったはずよ」
聞いてもいない情報をポロポロと漏らしてくる。
冒険者の情報は秘匿されないのかと身震いしながら、この協会職員には個人的な情報は一切教えられないなと思った。
……下手をすると、有る事無い事吹聴されかねない。
「でも、オリビアちゃんの見立て通り、関わらない方が身のためね。
ランク10なのに他国の仕事を受けているのが、どうにも胡散臭いのよねぇ……」
アンセルマは、そう言いながら地下へ続く入り口を眺めていた。
心の内を見透かされたようで、両肩の辺りがゾワリとした。
日々冒険者を相手にすることで、いつの間にか身に付いた技能なのかもしれないが、ただの受付ではない、何かを感じさせるのには十分だった。
「そういえば、白髪のお爺ちゃんと、上品な露出狂のお姉さんも一緒に居たのです」
フレアの声で我に返った。
休憩室には、ランク10冒険者一行の他にも来訪者が居るらしい。冒険者協会とはいえ、施設を利用するのは冒険者に限った話ではない。話の流れから行けば、隊商の誰かであろうことは想像できた。
しかしながら、白髪のお爺ちゃんというのはこの際どうでもよく、『上品な露出狂』という、一見ちぐはぐにも思える言葉が強烈に頭に残った。
その特徴ですぐに誰かわかったのか、アンセルマがまた、ポロポロと情報を漏らし始めた。
「白髪のおじいちゃんは、うちの会長ね」
ランク10冒険者を持て成してでもいるのだろうか。まあ、協会の会長が居てもおかしくはない。
そうなると、『上品な露出狂』もランク10冒険者の仲間なのか、考えるともなく、ぼんやりと想像を巡らせていると、アンセルマが二人に顔を近づけ、小声で耳打ちしてきた。
「上品なお姉さんは隊商のお偉いさんよ。
20代の若さで隊商を率いていて、しかもアイゼサントの商団長らしいわ。
しかもしかも、アイゼサントの王族じゃないかって噂なの」
前半の話はきっと事実だが、後半はただの噂話ではないだろうか。そう思いつつも、とりあえず「へぇ」とだけ返して、興味が無いことを態度で示した。
「あの美貌にしてあの辣腕、憧れちゃうわ……」と、まだまだ話したそうにしているアンセルマを相手にしていると、いつまで経ってもこの場から離れられそうになかった。
オリーとフレアは顔を見合わせ、撤退の意思を確認し合うと、「それじゃあまた明日」と告げ、半ば強引に話を打ち切ってその場を後にした。
名残惜しそうなアンセルマの視線が、二人の背中に刺さるようだった。
広場は未だ大勢の野次馬でごった返していた。
商団は数日この街に滞在するらしく、しばらくは毎晩この騒ぎなのかと思い辟易した。
「さあ、気を取り直して慰労会に行こう!」
オリーの言葉に、フレアの表情がパッと明るくなった。
冒険者となって初めての、依頼達成のお祝だ。山林からの帰り道に、二人でそう話していたのだった。
採取してきた薬草が間違いだった場合には、慰労会は明日に持ち越しとなるところではあったが、幸いにして依頼は達成された。
予定では冒険者協会の食堂で行うつもりだったが、あの喧騒の中では居心地が悪い。冒険者協会から少し離れた店に入り、二人はささやかな慰労会を催した。
明日から数日、王都へ立つまでの間は、毎日冒険しようという激励会を兼ねて。




