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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
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1−7

アンセルマが言う材木店は、街の西砦の近くに位置していた。

山林への行きしなに立ち寄り、乾留薬を手に入れることができる。


「たくさん採っておいて、おばあちゃんの依頼が出るたびに持って行けば良いのでは!?」


ポンっと手を打ってフレアが呟く。

採取用に持参したわけではなかったが、二人とも都合良く大き目の鞄を用意していた。

フレアの言う通り、たくさん採って持ち帰るのも手ではある。しかし、都合良く依頼が来るとも思えないし、枯れてしまってはゴミになってしまう可能性もあった。

明日の昼までという期限から考えると、鮮度は重要そうであった。

鮮度を保つ方法でもあれば解決するか……。


「いっそのこと栽培して売れば良いのです!」

「ハーブ類は生命力が強くて、繁殖力が旺盛なものが多いの。

 植えたが最後、何に使うか分からない薬草が庭を覆い尽くすことになるわよ」


良いことを思いついたと、爛々とした表情を見せたフレアだったが、思いついた案を即座に一蹴されて、「ぐぬぬ」と声を漏らした。


材木店は、西の山林から伐採した木を運び込むために、砦のすぐそばに建てられていた。

陽層にあるのは、木材の出し入れを容易にするためなのだろう。

通りに面した建物に事務所を兼ねた店舗があり、加工品の陳列や、商談などを行なっているようだった。


二人は事務所に入り、店番をしていた店員に、乾留薬を譲って欲しい旨を伝えた。

乾留薬は、屋根材への塗装などに使用する忌避剤として大量に作られていた。獣避けに使用する程度なら、量はいらないだろうと、小ぶりな瓶に詰めた物を勧められた。


「野生の動物はこの匂いを嫌うから、蓋を開けて持ち歩くだけでも十分に効果はあるよ」


材木店の店員が小瓶の蓋を開けてこちらに向ける。

焦げたような強烈な臭いが鼻奥に突き刺さり、二人は顔をしかめて早く蓋を閉めるように合図を送った。

建物の屋根材に塗ることで、害獣の侵入を防ぐ効果があるとのことだが、その下に住う人には悪影響がないのか、不安になる二人だった。


「獣じゃなくても近寄りたくないわ」


オリーが素直な感想を述べると、フレアも鼻をつまみながら、同意するように頷いた。

頻繁に使用する物ではなさそうだが、今後使う機会が無いとも言い切れない。二人は、とりあえず一瓶だけ購入することに決めた。


「使わないときは厳重に蓋をしておかないと、後で大変なことになるから気を付けてね」


店員が笑いながら小瓶を手渡した。

乾留薬自体は大きな出費とはならなかったが、依頼の報酬から差し引くことを考えると、割高感は否めなかった。

常に携帯する物ではないと思いつつも、密閉して鞄の底にでも忍ばせておけば、何かの時に役には立つかもしれない。

心配なのは、容器がガラス製であり、乱雑に扱うと鞄が使用できなくなることであった。


乾留薬を手に入れた二人は、砦近くの食堂で軽く空腹を満たした後で、早速山林に向けて歩き出した。

砦から出る際に、見張りから行き先を問われたが、依頼書と冒険者証を見せると、あっさりと通してもらえた。

「何かあったら走って戻って来い」と言われたが、狼に遭遇した場合は、おそらく走っても無駄だろうなと頭を過った。

いざとなったら、その時は、魔法で何とかするしかない。



西の砦から街を出て、隣領へと向かう街道を一時間ほど歩いたところで、綺麗に木々が並び立つ、目的地の山林が見えてきた。

その規模はアウリスフレランスの街よりも遥かに大きく、木工協会によって定期的に植林が行われているため、その面積は年々広がっていると聞く。

アウリスフレランスは程よい平原にあるため、木々の生育も良いらしく、薪や建材、様々な用途に使われる木材の供給のため、山林の規模が縮小されるということはないだろう。


街道から伸びるように山林へと通じる通路は、丸太を運ぶ馬車が通るために、広く、平らに整備されていた。

その通路の脇に目を向けると、様々な草木が生い茂っており、この中から目当ての薬草を探し出すのは、至難の業だろうなと、ふと不安が過りもした。


遠くで木こりの斧の音が響く中、オリーとフレアは、用意した乾留薬の小瓶を取り出して、いよいよ薬草採取依頼に取り掛かることにした。


「とりあえず、瓶の蓋をあけようか」


オリーが、取り出した乾留薬の小瓶の蓋に手をやる。

即座にフレアが鼻をつまんで、オリーから距離を取った。


「香りが強いハーブと言われても、それの近くでは匂いに気付けないです」


そう言って小瓶を指差した。

フレアの意見にはオリーも同感ではあったが、獣避けにと購入したものであり、効果の程は知れないが、使わないのでは買った意味がない。

気持ち程度といったところではあったが、蓋を開けた小瓶と距離を取るために、近くに落ちていた枝に紐で括り付けて、担ぐようにして持つことにした。


「風下に立たなければきっと大丈夫よ」


そう言いながら、オリーが風上を探してくるくると回る。

乾留薬を担いだまま回ったせいで、臭いが辺りに拡散されてしまい、たまらず「グエェ」とフレアが呻き、耐え切れずに、オリーも鼻をつまんでその場にうずくまった。


しばらく耐えたところで、風で臭いが流されたのを確認した二人は、気を取り直して依頼書に描かれた図画を確認して、周りの野草をくまなく探し始めた。

似たような葉を見つけては見比べて、匂いを確認しては、あれでもないこれでもないと、次第に奥に入っていった。

日が長い時期とはいえ、気が付けば陽が傾きかけた時間帯となっていた。木こりの音も聞こえなくなり、風が草木を撫でる音が聞こえてくるばかりだった。

今日は諦めて、明日の朝早くにまた来るべきかと思案しだした頃に、少し離れた場所からフレアの呼び声が聞こえた。


「オリー!たぶんこれです!」


声のした方に向かうと、そこは目的のハーブが一面に生い茂る、開けた場所であった。

さすがハーブだけあって繁殖力が凄まじく、まるでハーブの絨毯の様な光景だった。果物のような、甘く強い香りが辺りを包み込んでいた。

木々の葉に遮られ、キラキラと瞬く夕日と、ハーブの甘い香りが互いを引き立て合っているようで、幻想的な空間に彷徨い込んだ気分になった。


「何に使うかわからないけど良い香りです。こんな景色に出会うのも冒険ですね」


陽の光で橙色に染められたフレアの顔に、笑顔が浮かんでいた。

奥の方からカサカサっと音がして目を向けると、親子らしき二匹のワイルドラビットの姿が見えた。

日が暮れれば狼の活動も活発になるに違いない、残念ではあるが、いつまでも感動に浸っている時間は無いと、オリーは我に返った。


「すごく良い場所だけど、必要な分を摘んでさっさと帰りましょ」


その一言で、二人はそそくさとハーブを摘み始めた。


「ワイルドラビットには、乾留薬の臭いは効かないんですかね?」


フレアがポツリと呟いた。

おそらくは、乾留薬を持ち歩いているオリーが近付いてきたことで、この場から逃げ出したのだろう。十分効果はあると思ったが「どうだろうね」と言葉を濁しておいた。


ハーブを摘み終えて帰路につく。

後は、冒険者協会に報告に行けば、初めての依頼達成である。

長時間臭いに晒されていたためか、乾留薬の臭いに鈍感にはなってはいたが、山林を抜けて街道に出たところで、厳重に蓋をして、鞄の底の方に追いやった。

何かしらの作業帰りと思われる人々に紛れ、一緒に街まで街道を歩き、砦の見張りに「おかえり!」と声を掛けられたところで、ようやく二人は、得も言われぬ安心感に包まれた。

すぐそこまで『御使い』に行っただけと思ってはいたが、少なからず緊張していたことに気が付いた瞬間だった。

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