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アンセルマが言う材木店は、街の西砦の近くに位置していた。
山林への行きしなに立ち寄り、乾留薬を手に入れることができる。
「たくさん採っておいて、おばあちゃんの依頼が出るたびに持って行けば良いのでは!?」
ポンっと手を打ってフレアが呟く。
採取用に持参したわけではなかったが、二人とも都合良く大き目の鞄を用意していた。
フレアの言う通り、たくさん採って持ち帰るのも手ではある。しかし、都合良く依頼が来るとも思えないし、枯れてしまってはゴミになってしまう可能性もあった。
明日の昼までという期限から考えると、鮮度は重要そうであった。
鮮度を保つ方法でもあれば解決するか……。
「いっそのこと栽培して売れば良いのです!」
「ハーブ類は生命力が強くて、繁殖力が旺盛なものが多いの。
植えたが最後、何に使うか分からない薬草が庭を覆い尽くすことになるわよ」
良いことを思いついたと、爛々とした表情を見せたフレアだったが、思いついた案を即座に一蹴されて、「ぐぬぬ」と声を漏らした。
材木店は、西の山林から伐採した木を運び込むために、砦のすぐそばに建てられていた。
陽層にあるのは、木材の出し入れを容易にするためなのだろう。
通りに面した建物に事務所を兼ねた店舗があり、加工品の陳列や、商談などを行なっているようだった。
二人は事務所に入り、店番をしていた店員に、乾留薬を譲って欲しい旨を伝えた。
乾留薬は、屋根材への塗装などに使用する忌避剤として大量に作られていた。獣避けに使用する程度なら、量はいらないだろうと、小ぶりな瓶に詰めた物を勧められた。
「野生の動物はこの匂いを嫌うから、蓋を開けて持ち歩くだけでも十分に効果はあるよ」
材木店の店員が小瓶の蓋を開けてこちらに向ける。
焦げたような強烈な臭いが鼻奥に突き刺さり、二人は顔をしかめて早く蓋を閉めるように合図を送った。
建物の屋根材に塗ることで、害獣の侵入を防ぐ効果があるとのことだが、その下に住う人には悪影響がないのか、不安になる二人だった。
「獣じゃなくても近寄りたくないわ」
オリーが素直な感想を述べると、フレアも鼻をつまみながら、同意するように頷いた。
頻繁に使用する物ではなさそうだが、今後使う機会が無いとも言い切れない。二人は、とりあえず一瓶だけ購入することに決めた。
「使わないときは厳重に蓋をしておかないと、後で大変なことになるから気を付けてね」
店員が笑いながら小瓶を手渡した。
乾留薬自体は大きな出費とはならなかったが、依頼の報酬から差し引くことを考えると、割高感は否めなかった。
常に携帯する物ではないと思いつつも、密閉して鞄の底にでも忍ばせておけば、何かの時に役には立つかもしれない。
心配なのは、容器がガラス製であり、乱雑に扱うと鞄が使用できなくなることであった。
乾留薬を手に入れた二人は、砦近くの食堂で軽く空腹を満たした後で、早速山林に向けて歩き出した。
砦から出る際に、見張りから行き先を問われたが、依頼書と冒険者証を見せると、あっさりと通してもらえた。
「何かあったら走って戻って来い」と言われたが、狼に遭遇した場合は、おそらく走っても無駄だろうなと頭を過った。
いざとなったら、その時は、魔法で何とかするしかない。
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西の砦から街を出て、隣領へと向かう街道を一時間ほど歩いたところで、綺麗に木々が並び立つ、目的地の山林が見えてきた。
その規模はアウリスフレランスの街よりも遥かに大きく、木工協会によって定期的に植林が行われているため、その面積は年々広がっていると聞く。
アウリスフレランスは程よい平原にあるため、木々の生育も良いらしく、薪や建材、様々な用途に使われる木材の供給のため、山林の規模が縮小されるということはないだろう。
街道から伸びるように山林へと通じる通路は、丸太を運ぶ馬車が通るために、広く、平らに整備されていた。
その通路の脇に目を向けると、様々な草木が生い茂っており、この中から目当ての薬草を探し出すのは、至難の業だろうなと、ふと不安が過りもした。
遠くで木こりの斧の音が響く中、オリーとフレアは、用意した乾留薬の小瓶を取り出して、いよいよ薬草採取依頼に取り掛かることにした。
「とりあえず、瓶の蓋をあけようか」
オリーが、取り出した乾留薬の小瓶の蓋に手をやる。
即座にフレアが鼻をつまんで、オリーから距離を取った。
「香りが強いハーブと言われても、それの近くでは匂いに気付けないです」
そう言って小瓶を指差した。
フレアの意見にはオリーも同感ではあったが、獣避けにと購入したものであり、効果の程は知れないが、使わないのでは買った意味がない。
気持ち程度といったところではあったが、蓋を開けた小瓶と距離を取るために、近くに落ちていた枝に紐で括り付けて、担ぐようにして持つことにした。
「風下に立たなければきっと大丈夫よ」
そう言いながら、オリーが風上を探してくるくると回る。
乾留薬を担いだまま回ったせいで、臭いが辺りに拡散されてしまい、たまらず「グエェ」とフレアが呻き、耐え切れずに、オリーも鼻をつまんでその場にうずくまった。
しばらく耐えたところで、風で臭いが流されたのを確認した二人は、気を取り直して依頼書に描かれた図画を確認して、周りの野草をくまなく探し始めた。
似たような葉を見つけては見比べて、匂いを確認しては、あれでもないこれでもないと、次第に奥に入っていった。
日が長い時期とはいえ、気が付けば陽が傾きかけた時間帯となっていた。木こりの音も聞こえなくなり、風が草木を撫でる音が聞こえてくるばかりだった。
今日は諦めて、明日の朝早くにまた来るべきかと思案しだした頃に、少し離れた場所からフレアの呼び声が聞こえた。
「オリー!たぶんこれです!」
声のした方に向かうと、そこは目的のハーブが一面に生い茂る、開けた場所であった。
さすがハーブだけあって繁殖力が凄まじく、まるでハーブの絨毯の様な光景だった。果物のような、甘く強い香りが辺りを包み込んでいた。
木々の葉に遮られ、キラキラと瞬く夕日と、ハーブの甘い香りが互いを引き立て合っているようで、幻想的な空間に彷徨い込んだ気分になった。
「何に使うかわからないけど良い香りです。こんな景色に出会うのも冒険ですね」
陽の光で橙色に染められたフレアの顔に、笑顔が浮かんでいた。
奥の方からカサカサっと音がして目を向けると、親子らしき二匹のワイルドラビットの姿が見えた。
日が暮れれば狼の活動も活発になるに違いない、残念ではあるが、いつまでも感動に浸っている時間は無いと、オリーは我に返った。
「すごく良い場所だけど、必要な分を摘んでさっさと帰りましょ」
その一言で、二人はそそくさとハーブを摘み始めた。
「ワイルドラビットには、乾留薬の臭いは効かないんですかね?」
フレアがポツリと呟いた。
おそらくは、乾留薬を持ち歩いているオリーが近付いてきたことで、この場から逃げ出したのだろう。十分効果はあると思ったが「どうだろうね」と言葉を濁しておいた。
ハーブを摘み終えて帰路につく。
後は、冒険者協会に報告に行けば、初めての依頼達成である。
長時間臭いに晒されていたためか、乾留薬の臭いに鈍感にはなってはいたが、山林を抜けて街道に出たところで、厳重に蓋をして、鞄の底の方に追いやった。
何かしらの作業帰りと思われる人々に紛れ、一緒に街まで街道を歩き、砦の見張りに「おかえり!」と声を掛けられたところで、ようやく二人は、得も言われぬ安心感に包まれた。
すぐそこまで『御使い』に行っただけと思ってはいたが、少なからず緊張していたことに気が付いた瞬間だった。




