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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第一部・朝暘
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1−6

「フレア、思ったんだけど、外ではあまり姓を名乗らないほうが良さそうだね」


協会前のベンチに座るや否や、開口一番にオリーはフレアに語りかけた。

先程のような厄介事が、姓を名乗ることで今後も付きまとうかと考えると、オリーの意見は至極真っ当なことだとフレアも納得した。

レイシアナの名はフレアの大事な、大切な名ではあるが、両親の威光によって仲間を作ろうとは思っていない。

仲間は自身の実力によって集めるものだと、両親からも言われているし、全くもってその通りだとフレアも考えている。

とはいえ、両親が皆の憧れの存在であることには、素直に嬉しく誇らしいと思った。


「アンセルマチャンさんに言っておかなきゃですね」


フレアの同意を得られたことで、オリーは安心した表情を見せた。


時刻はもう直ぐ正午を迎えようとしていた。

冒険者登録は想像以上に時間がかかった。……主にアンセルマの所為によって。

冒険者協会の前には、朝早くに出かけ報告に戻ってきた冒険者や、まさにこれから冒険に向かおうと、意気揚々と出かけて行く冒険者が、絶え間なく出入りしていた。

建物の脇道からは、荷車を引いて出ていく冒険者の姿も見える。余程の収穫が見込まれる依頼なのだろうなと、これから二人を待ち受ける冒険の数々に、想像を膨らませた。

そんな冒険者達の中に、先程二人に声を掛けてきた冒険団がいた。


「オリー!バカ団が勧誘に成功したようです!!」


すっかり『冒険』が抜けてしまった冒険団が、協会の前を何処かへ向けて歩いていく姿が見えた。

そもそもバカ冒険団でもないのだが、見れば先程の『バカ何とか』と、『アフォ何とか』の後を追うように、背の低い茶色で短髪の少年と、白藍色の髪の長い少女が、先を行くバカとアフォに、時折り頷くような仕草をしながら歩いていた。

少年少女と言っても、少なくともオリーやフレアと同じか、それに近い年齢ではあるはずだが、ヘイムとは言えあまりにも小柄なために、どちらもまるで子供にしか見えない程であった。

その姿に、自分たちも同じように見えているのだと思い至り、思わず自らの身なりを確認してしまった。


「見た感じ剣士と修道士みたいだけど、盾と回復かな?

 何かの討伐にでも行くのかしら?」


オリーが推察する。

討伐と聞いてフレアが目を輝かせた。

アンセルマの口ぶりから、この街の冒険者協会に何かしらの討伐依頼があるとは夢にも思っていなかった。冒険団に入る気はないが、討伐依頼はこなしてみたいと思う。


「早く冒険に行きたいです!」


フレアが興奮している。

このままでは、正式に冒険者になる前にバカ団を追いかけてしまいかねない。

外に出てからそれほど時間は経過していなかったが、厄介事の元凶が去ったこともあり、二人は冒険者協会に戻ることにした。


中に入るとすぐにアンセルマが二人を見つけ、「こちらへどぉぞぉ」と、地下にある休憩室の一角に通された。

二人とアンセルマが、テーブルを挟んで向かい合うように座る。

テーブルには『冒険者規定』と書かれた小冊子と、『施設利用の案内』と書かれた用紙が置かれていた。


「こちらの冊子と案内は、時間がある時で構わないので読んでおいてください」


二人は冊子と案内を手にとり、ペラペラとめくって見るともなしに中身を眺めた。


「それと……」


アンセルマがそう言いながら、掌にすっぽり収まる大きさのカードを手渡してきた。


「冒険者登録カードです。冒険者証とも言います。

 公的な身分証明になりますし、依頼の受付や報酬のお支払い、それと、建物内の施設利用の際などに提示を求められますので、常に携帯していて下さいね」


矢継ぎ早に説明する。

カードには、登録申請書に記入した項目が列記されており、カードの右下には、現在の冒険者ランクが大きく表示されていた。

二人のランクは1である。


「それでは簡単に説明をさせていただきますね。

 私はアウリスフレランス冒険者協会の受付を担当している、『アンセルマ』といいます。以後よろしくお願いしますね」


にこりと微笑んで小首を傾げる。

その仕草に、『あざとい』と思いつつも、かろうじて声には出さなかった。


「同意のサインを頂いているので、本日からお二人は正式に、『ユースガリア王国所属の冒険者』として登録されました」


アンセルマはそう言いながら、胸の前で小さく拍手をする。


「王国内での活動の場合、宿泊料が割引されるとか、食堂で一品追加されるとか、ちょっとした優遇があります。

 その代わり、ユースガリア王国に何かあった場合は、優先的に対応して頂く義務が発生しますので注意してくださいね。これを蔑ろにすると、冒険者登録が抹消されて、二度とユースガリアの冒険者になれなくなりますよ」


笑顔のまま、しれっと怖いことを言ってのける。

要は、王国の冒険者として優遇する代わりに、国の為に命を懸けろということなのだ。


「それと、冒険者には六王国共通の権利や規則が定められていて、それとは別に、各王国ごとに独自の規定もあります。

 他国に立ち寄った際は、まず冒険者協会に行くことをお勧めしますよ」


今の所しばらくは、ユースガリア王国外へ出る予定は無い。

追々、ユースガリア王国外へ出るくらいに成長する前までに、先程の冊子を読み込めば良いことはわかった。

それよりも、隣に座っているフレアが、今にも寝てしまいそうな顔をしている方が気になって仕方がなかった。

そんなフレアを他所に、アンセルマがカードを指差して説明を続けた。


「そのカードは、依頼の受付、報酬の支払い、建物内の施設利用、あらゆる場面で提示を求められます。

 無くした場合は再発行に手数料がかかりますし、私達の仕事も増えるので、絶対無くさないでくださいね?……ほんとに」


表情は笑顔のままだったが、目は笑っているように見えなかった。

しかしまあ、アンセルマの言う通り無くさないに越したことはないだろう。


「登録したばかりのお二人のランクは1です。

 ランクを上げるには依頼をこなして、点数を貯める以外にはありません。しかも、一定期間依頼達成の実績が無いと、冒険者登録が抹消されてしまいます。

 ランクが3以上になると制限も緩和されるので、まずはそこを目指しましょうね」


燦然と輝く『1』の文字。

アンセルマの笑顔が、次第に悪魔の笑みに見えてくる。


「依頼は自由に選べますが、実力に見合わないと判断した場合や、上下のランク差が大きい場合には、協会側でお断りすることもあります。

 失敗されて困るのは、私達だけじゃ無いので」


そう言って意味深げにチロリと舌を出して見せる。

オリーが戦々恐々としながらアンセルマを見つめるその横で、フレアはとうとう目を瞑ってしまっていた。


「下位ランクの依頼ばかり受けるのは推奨されませんし、かと言って、無理に上位ランクを受けるのもお勧めできません。

 適切な依頼を見抜いて、それを選ぶことも、冒険者に求められる資質ですよ」


小首を傾げて笑顔を決める。やはりこの受付嬢は、ただ者では無いと感じた。


「後は……、引退の説明はまだ必要ないでしょうし……」


言いながら何かを思い出そうとするように空を仰いでいる。

その隙に、今にも寝言を言い出しそうなフレアを突いて、無理やりに目を醒させた。


「ランクが5以上になると、称号試験が受けられるようになります。

 魔術士の場合は、魔術士、術士、魔導士……、最高位の真理者まで目指せますけど、この辺は追々で構いませんね」


途中で説明が面倒になったのか、アンセルマは説明を終わらせようとしだした。


「あっ、一つ言い忘れていました。

 例外として、【冒険者協会への著しい貢献】ていう、条件があやふやなもので点数が加算される場合がありますけど……、狙ってできるものでは無いので、説明は省略しますね」


結局それも説明が面倒になったのだろう。言いかけてすぐに話を変えた。


その後に具体的な依頼の受け方や、施設の利用方法、冒険者としての簡単な規則の話を聞いて説明が終了した。


「説明はこれくらいにして、質問がなければ掲示板を見て何か受けてみましょうか。

 断る理由は無いですよね?」


楽しそうに話してくるアンセルマに、得体の知れない不気味さを感じる。

まるで真綿で首を絞められるような、そんな息苦しさを感じたが、まずは件の呼び方を相談する方が先だった。


「アンセルマチャンさんにお願いがあるのです!」


フレアの声に虚をつかれて、目を白黒させるアンセルマだったが、自分の名前に聞きなれない尾鰭がついていることに違和感を覚えて聞き返した。


「チャンサン?」

「バカさんが言ってたのです。『アンセルマチャン』さんて」

「あぁバカ……」

「私達のことは名前で呼んでほしいです!」

「……さんのことですね、って名前で呼んで欲しいって、もしかして何か不都合でもありましたか?」


フレアが矢継ぎ早に話すものだから、バカがバカのままとなった。

しかし、そのままでも問題ないかと、オリーは頓着しないことにした。


「実はそのバカ何とかさんが、『さんの声が大きくて全部聞こえた』、と言って、名高い冒険者の娘とか領主の娘とかを理由に、冒険団に勧誘してきたんです」


オリーがフレアに変わって説明する。

『アンセルマ』の部分を少しだけ強調したせいか、アンセルマは目を丸くして両手で口を覆う仕草を見せた。

しかし、すぐさま何かを思い付いたように、「あっ!」と声を出して表情を変えたかと思うと、ニヤリとした顔で二人に顔を寄せて小声で囁いてきた。


「不器用なやり方ですけど、たぶんそれって、あの人なりの心遣いですよ。

 身分や名前だけで勧誘してくる冒険者を牽制して、お二人をお守りするための」


アンセルマの言い分では、先手を打って汚れ役を買って出た、ということのようだが、しかし、彼らに何のメリットがあるのか、二人は見出せないでいた。


「実は、この協会にくる依頼は、低ランクの依頼が多いんです。

 街の治安も良いですし、冒険者の街と呼ばれるだけあって、冒険者も多いから街の周りも他と比べて安全なので。

 あの二人は、ああ見えて古参のランク5冒険者なんですけど、『後進を育てるためにはベテランが必要だ』とか言って、この街から離れようとしないんですよね。王都や他の街の方が報酬も高いしランクも上げやすいのに。

 もう長いこと、ランクが上がっていないんですよ」


「お人好しだと思いませんか?」と言ってクスクスと笑っている。

アンセルマの言うことが本当ならば、自分達より後進の育成を考えるとは、度が過ぎたお人好しだなとオリーもフレアも思った。


「今度会ったらお茶でもご馳走しようかしら」


ポツリとオリーが呟いた。


「是非そうしてあげてください。お手伝いばかりであまり稼げていないみたいですから」


アンセルマの優しい表情に、何か他の感情があるような気もしたが、下衆の勘ぐりかと思い追求するのは止めておいた。


「ところで、呼び方でしたね。『オリビアさん』『フレイアさん』とお呼びしますね」


話が戻ったところで、二人は『ちゃん』でも『さん』でも構わないと返答した。

それに対してフレアが、『アンセルマチャンさん』で良いかと聞き返したので、アンセルマは『ちゃん』でも『さん』でもどちらでも構わないが、名前は『アンセルマ』だと返した。


「アンセルマちゃん!」


フレアが無意味に名前を呼び、呼ばれたアンセルマも「はい!フレイアちゃん!」と返事をしてキャッキャとしている。

何とも微笑ましい光景だなと思いながら、オリーは二人を眺めていた。


「それじゃあ、依頼掲示板を見に行こうか?」


呼び合い合戦が終わりそうにないので、オリーがフレアを催促する。

依頼掲示板と聞いて、フレアが本来の目的を思い出したようで、はたと立ち上がってオリーの手を取った。


「討伐依頼を受けるのです!」


そう言って階段の方へオリーを引っ張る。

その様子をにこやかに眺めていたアンセルマだったが、フレアを落胆させるのにこれ以上無い言葉でもって釘を刺した。


「冒険者になったばかりの方には、討伐依頼はご紹介できませんよ」


今日冒険者になったばかりの、まるで実力の分からない相手には、冒険者協会が討伐依頼を紹介するはずもなかった。

当然のことではある。

当然のことではあったが、討伐依頼を受けられないと知って、途端に不貞腐れ顔になったフレアは、オリーに手を引かれて、大人しく依頼掲示板のある1階へ向かった。


朝に見た時より多少数が減ってはいたものの、依頼掲示板には、まだ沢山の依頼書が貼り出されていた。

依頼が処理されていく一方で、それを追うように、新しい依頼が入ってきているのだろう、協会の職員が、ランクごとに整理された依頼を掲示板に貼り付けていく。

その貼られる依頼の多くは、アンセルマの話の通り低ランクのものが多かったが、いくつかは討伐系の依頼も見受けられた。

冒険者になりたての二人には、討伐系依頼の紹介ができない。そう言われたフレアは、苦虫を噛み潰したような表情で、渋々と採取系の依頼書を眺めていた。


ともあれ、冒険者デビューの記念すべき一回目の依頼受注である。気負わず無難に達成できるものがあれば良いなと、オリーは考えていた。


「ここは近場で確実に実績を積む方が良いですね。

 だとすればこの食材調達なんかはお手軽ですが、こっちの素材採取の方が簡単そうです」


ブツブツと独り言を言いながら、貼り出された依頼書を眺めるフレアを横目に、オリーは眼の前にあった依頼書をサッと手に取った。


「お昼過ぎてるし、とりあえずこれでいいんじゃない?」


手に取った依頼書をフレアに渡す。

推奨ランク1の採取依頼である。

オリーから手渡された依頼書を見ながら、フレアが「ほうほう」と頷きながら確認する。


「錬金術師のおばあちゃんの依頼ですね。薬草を摘んできて欲しいのですか……。

 ん〜なるほど、『御使い』ですね?」

「最初はそんなものでしょ?」


不満そうなフレアから依頼書を受け取り、オリーはさっさと受付に向かった。

お昼と聞いて空腹を思い出したのか、フレアも素直に後を付いてくる。

二人の様子を伺っていたアンセルマが、窓口からこちらに手招きしているのが見えた。他の窓口も空いてはいたが、せっかくなのでアンセルマに持っていくことにした。


「いらっしゃいませぇ。本日はどのようなご用件ですかぁ?」


わざとらしく挨拶してくるので、こちらも大袈裟に「この依頼をお願いしまぁす」と言って依頼書と一緒に二人の冒険者証を手渡した。


「アンニャさんからの薬草採取の依頼ですね。

 期限は明日のお昼まで……。

 ……この薬草ならあそこで取れるかなぁ……、あの辺は割と安全なはずだけど……。

 ……香りが強いから見付けるのは簡単そうねぇ……」


冒険者の力量によっては、この段階で応募を断られることがあるというわけだ。

まさか、採取依頼を断られることは流石に無いだろうとは思ったが、二人はアンセルマの次の言葉を待った。


「えっと、西砦から出て街道を少し行くと、右手に山林が見えるので、そこで採取できると思いますよ。依頼書に図画もあるし、香りが強いハーブだからすぐ見つかると思います。

 あそこは街に近いから危険もほとんど無いはずだけど、猪が居るって聞くし、南東の未開の森から狼が住み着いたって話を聞いたこともあるわね。捕食植物や危険な昆虫類は駆除済みのはずだけど……、念の為、材木屋さんで乾留薬を調達していくと良いわね」


普段から冒険者と会話しているだけあって、有用な情報を教えてくれる。

しかし、おかげさまで完全にただの『御使い』となってしまったことに、「冒険の『ぼ』の字も無くなった!」とフレアは憤慨した。

まあ、冒険者として初めて受ける依頼なので、オリーは問題無しとした。


指定の薬草は難なく手に入れられそうであり、危険と言う程の危険も無さそうである。

獣対策に乾留薬とやらを準備して、現地に向かえば今日中に終わりそうな気がした。


「今日中に終わらせちゃおう!」


オリーがフレアを鼓舞するように言う。

それに合わせて、「いってらっしゃい!」と見送るアンセルマから依頼書を受け取り、まだ何か言いたそうに唸るフレアを窓口から引き剥がして、二人は冒険者協会を後にした。

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