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街の中央に位置する大十字交差点には、地下水脈から湧き出る水が長い年月を掛けて泉を形成している。
アウルの泉と呼ばれ、大きな泉を囲うように石段が積まれており、街の人達の集う場所として利用されている。
そのさらに外周には、露店が幾つか軒を並べており、交易都市の様相を呈していた。
南西の角にある荘厳な大聖堂は、天風の女神アウルを祀るアウリス神殿であり、ユースガリア王国にありながら光明の女神レイアではなく、女神アウルを主信仰とする、極めて珍しい街であった。
無論、他の街や村と同様に、アウリス神殿内には他の女神や神々に礼拝する場所もあり、他の王都大聖堂と同様に、六柱の女神の彫刻が祀られている。
その大聖堂の向かい側、北東の角に、この街の冒険者協会、アウリスフレランス冒険者協会が建っている。
石と木材で建てられた堅牢な造りの冒険者協会は、ユースガリア王国所属の冒険者協会であり、その建物の入り口には、女神レイアを象ったユースガリア王国旗と、剣と杖を基調とした、冒険者協会の紋章が掲げられていた。
街の人口の二割を超える冒険者達を抱えるだけあって、建物の入り口も広く、一階の広いロビーには、一度に多くの冒険者を迎えるための受付窓口が設置してある。
窓口では、依頼の受付・報告・報酬の支払いや、入会の手続きが行われる。
ロビーの左手に設置された大きな依頼掲示板には、協会が受けた依頼が、ランクや種類ごとに整理されて掲示されており、冒険者が自身のランクや能力に合った依頼を選んで、受付で申し込むことができる。
地下には、食堂を兼ねた談話・休憩室と簡易倉庫、裏庭には訓練場も併設されており、冒険者の街の冒険者協会に相応しい、大規模な施設となっている。
なお、二階には事務室や応接室、金庫などがあるが、一介の冒険者は立ち入りが禁止されており、別棟には地下牢も設けられている。
・
明けて翌日、オリーとフレアは、午前中の早い時間から冒険者協会へ赴き、泉の石段に腰を掛けて佇んでいた。
昨日の卒業式後に、オリー宅でも祝賀会を催してもらい、夜遅くまで二人で語り合ったために、未だ眠気が覚めず、微睡みの中でぼんやりとしていたのだった。
しかし、今日は冒険者登録をして、何か一つは必ず依頼をこなすという目的を持って訪れた二人は、並々ならぬ気合を胸にやってきたのだった。
だったのだが……。
「……フレア、私寝ちゃうかも」
オリーが瞼を閉じながら、フラフラとフレアに寄り掛かる。
寄り掛かられたフレアは、オリー同様に瞼を閉じて、すでに寝息を立てていた。
街はすでに活気に満ちている時間で、道行く人の波が絶え間なく通りを往来していた。
露店商の呼び込みの声や、広場を通る馬車の馬蹄と車輪の音。喧騒に包まれつつある広場にありながら、二人はその微睡みに抗えずにいた。
不意に、馬車が轍を越えてガタンッと音を鳴らした。
その音に反応したのか、フレアがビクッとして目を覚ました。
「寝てないです!」
フレアが寝ぼけて立ち上がる。
支えを失ったオリーがベンチに寝転がった。
急速に目が覚めたフレアは、自分達がここにいる理由を思い出したようだった。
「オリー寝ている場合では無いです!」
さっきまで自分が寝ていたことを棚に上げ、オリーの身体を揺さぶって起こす。
寝入り間際に起こされた夢現のオリーが、フレアの顔を見ながら、「寝てましたよね?」とぼやいた。
冒険者の最初の街と呼ばれているだけあって、冒険者協会には、何人もの冒険者が出入りしている。
新調したばかりのような、まっさらな武具や防具、衣装に身を包み、見るからに駆け出しですと主張しているような、見た目にも若々しい冒険者の姿も見掛けられた。
オリーとフレアも同じように、駆け出し冒険者となるべく、多少ふらつく足取りではあったが、冒険者協会の扉を開いた。
中に入るとすぐに、大きな依頼掲示板が目に飛び込んできた。
いくつもの依頼用紙が張り出されており、複数の冒険者グループが、それらを眺めながら熟考している姿が見える。
ああでもないこうでもないと、仲間同士で相談している声と、受付が冒険者を呼ぶ声に混じり、装備品の擦れ重なり合う音が響き、協会の中は活気に満ちた喧騒で溢れていた。
まだ早い時間ということもあり、多くの冒険者達が窓口に並び、依頼の受付をしているようだった。
二人ははやる気持ちを抑えて、それを横目に奥へと進み、受付窓口に向かった。
いくつかある窓口の一つから、視線を感じて二人は目を向けた。
今しがた一組の冒険者達を見送ったばかりの受付職員が、ニコニコしながらこちらに手招きをしているのが見えた。
「こちらへどぉぞぉ」
職員の声に呼ばれるがまま、その受付窓口に向かう。
山吹色の冒険者協会の制服を着た受付職員は、笑みを湛えながら二人に問いかけた。
「今日はどんなご用ですかぁ?
依頼の持ち込みなら、こちらの用紙に必要事項を記入して窓口にお出しくださいねぇ」
どうやら二人の見た目から判断して、依頼を持ち込みにきたと勘違いしたらしい。
依頼申請の用紙を差し出してきた所を見ると、冒険者登録に来たとは微塵も思っていない様子だった。
されに対して、オリーとフレアは露骨に怪訝そうな顔をして受付職員を見つめた。
その表情に気付いたのか、受付は間の抜けた顔で、「ん?」と首を傾げて、二人を見つめ返してきた。
「冒険者登録に来たのです」
フレアが得意げに告げる。
受付がキョトンとした顔で、フレアを見つめる。
しばらく見つめ合ったままの二人だったが、フレアが大袈裟に視線を外してみても、受付はまるでどこか遠くを見ているような目をしていた。
目の前で手を振ってもみたが、どうやら完全に思考が停止してしまったらしい。
困ったものだとオリーと顔を見合わせ、「どうしたものか」と相談し始めた頃に、ようやく受付が思考の果てから帰ってきた。
「ごめんなさい、あまりにお若いので、落とし物探しとか迷い猫探しとか、そういう依頼の持ち込みかと思いました」
悪びれる様子もなく、終始笑顔で答えてくる。
若いと言われて悪い気はしないが、自分達よりもはるかに幼く見える人物もいるだろうにと思いつつ、受付が口にした依頼の内容に、果たしてそれは冒険者が受ける依頼なのだろうかと、疑問が頭をもたげもした。
「えぇと、15歳以上の成人でなければ冒険者登録できませんが、お二人は本当に15歳以上ですか?」
受付が二人の顔を覗き込んでくる。
大人びて見えると言われたことはないが、年相応に成長している自負はあった。
ソフィアやリディアナのように背は高くなかったが、人並み程度に背丈もあったはずだったが、どうやら傍からの見た目は、まだまだ子供と認識されるようであった。
二人は元気よく「「はい」」と答え、それだけでは信じてもらえないだろうと、昨日受け取ったばかりの、魔法学校卒業生の証、レイアの紋章入りブローチを取り出して見せた。
『肌身離さず大切にしなさい』という学校長の言葉が、こんなにも早く役に立つとは思いもしなかった。
「あぁ、魔法学校の卒業証明ですね。大変失礼致しました。
しかしなるほど、お若いわけです」
受付はそう言いながら、ブローチと二人の顔を交互に眺めつつ、引出しから用紙を取り出して、「こちらに記入してください」と言って登録申請用紙を手渡してきた。
なんともすんなりと、拍子抜けなほどにあっさりと引き下がる受付に、前のめりになっていた二人は、肩透かしを食らった気分だった。
しかし、魔法学校のブローチの偉力たるや、想像以上であった。
有無を言わせぬ説得力とは、こう言ったことなのだろう。二人は手渡された用紙と手元のブローチをまじまじと見つめた。
登録申請書には、氏名、年齢、生年月日、性別、出身地、職業の項目があり、下段にはユースガリア王国所属の冒険者として登録することへの、同意のサイン記入欄があった。
二人は魔術士として登録することにし、氏名と生年月日だけが異なる登録申請書を受付に手渡した。
受付は登録申請書を受け取り、「登録料として3,000テミアス頂戴いたします」と告げ、慣れた手付きで手続きを始めた。
それなりに豪華な晩御飯が頂けるほどの登録料は、冒険者協会の運営費と、冒険者の保険料などに充てられるらしい。
「えぇとオリビア・オースバンさん、15歳、女性、アウリス・フレランス出身でぇ……」
そこまで言って受付の手が止まった。
登録申請書とオリーの顔を交互に見つつ、上ずった声で問い掛けてくる。
「オースバンさんはもしかして、あのオースバンさんですかぁ!?」
オリビア・オースバンはオリビア・オースバンであって、その他のオリビア・オースバンには出会ったことが無い。
受付の言葉に、オリーは怪訝な表情をして受付を見つめた。
「あぁごめんなさい。
オースバンさんは、この街の、アウリスフレランスの領主様のオースバン様でお間違い無いでしょうか?」
その言葉でようやく、慌てふためく受付が何を言おうとしているのか理解できた。
つまりは、領主の令嬢という立場の者が、冒険者登録に来たことに驚いたのである。
そのことで騒ぎ立てられ、大事にされるのも迷惑な話だったので、オリーは人差し指を口の前で立て、受付に小さく答えた。
「お静かに。
確かに私はそのオースバンですけど、何か問題でもありましたか?」
受付が今更両手を口に当てたが、すでに『オースバン』という声は協会内に響いていた。
協会内の反応は素早く、あっという間に辺りがざわつき出していた。
受付は周りをキョロキョロと見回し、「少々お待ちください」と言って、慌てた様子で二階の事務室へ走って行った。
置き去りにされたオリーとフレアは、困惑して顔を見合わせるしかなかった。
そんな中、決して聞き耳を立てていたわけではなかったが、ざわついていた声が言葉としてオリーの耳にも届いてきた。
「オースバンて侯爵様だよな」やら、「貴族様が冒険者?」などの他にも、「令嬢が仲間になったら優遇されるんじゃないか」や、「上手くやれば貴族になれるんじゃないか」などといった、なんとも荒唐無稽な絵空事であった。
領主の令嬢を仲間にしたところで、優遇も何も無いのである。
オリーは呆れ顔で溜息を吐きつつ、余程のことがない限りは、姓を名乗るのは控えようと心に誓った。
しばらくして、受付がバタバタと階段を降りる姿が見えた。優雅さの欠片も無い足音に、思わず苦笑いがこぼれる。
受付が窓口まで戻ると、何やら早口で捲し立ててきた。
「大変失礼いたしました。
領主様のご令嬢ということで、冒険者として登録することに何かしら問題など無いか、上の者に確認してまいりました」
確かに、貴族の家柄の人間が冒険者になることなど、後にも先にも滅多に聞く話では無いのだろう。前代未聞と取られてもおかしくは無いのかも知れない。
だからといって、何かしら問題があられても、どうにもしようが無い。
そう思いながら、とりあえずは受付の話の続きを聞くことにした。
「特段問題があるわけでも無く、領主様からの書状も受け取っているとのことでした。
冒険者登録は問題ないのですが、むしろ何の優遇措置も無いことの方が問題でして、通常の冒険者と同様の待遇となってしまうことに、協会としても困惑しておりまして……。
大変申し訳無いのですが、それでも宜しいでしょうか?」
どんな人ならば優遇されるのか、少しばかり気になりもしたが、申し訳無さそうに話す受付を見て、彼女を憐れむ気持ちの方が先に立った。
難癖つけて優遇しろと迫る人物も、登録にくる者の中にはいるのだろう。
とはいえ、無駄な問答は必要なく、できれば早々にこの場を去りたかったオリーは、受付にきっぱりと答えた。
「全然、全く、塵ほどの問題もございません」
受付はそんなオリーの毅然とした態度にあたふたしながら、手続きを進めたのだった。
「そ、それではお隣の方の登録を……」
受付がフレアの登録申請用紙を持ち、目を通しながら読み上げ始める。
「えぇと、フレイア・レイシアナさん……、レイシアな゛っ!?」
急に大声を出すものだから、驚いたフレアは両手で耳を塞いだ。「今度は何が起きた!?」と、またも辺りがざわつき始めた。
受付が手を口に当て、「あわわ」と言いながら登録申請書とフレアの顔を交互に見ている。さっきも見たような光景だなと悠長に構えていると、震えるようなか細い声で、受付が続く言葉を口にした。
「し、失礼とは存じますが、レイシアナさんは冒険者レイシアナ夫妻の関係の方ですか?」
レイシアナ姓は今までの人生において、今のところフレアの家族しか心当たりがない。
関係の方、と聞かれれば勿論関係の方であるし、そもそも、レイシアナ夫妻はフレアの両親であった。
「それは、父と母ですね!」
満面の笑みでフレアが元気よく答えた。
辺りが一気に色めき立つ。
冒険者レイシアナ夫妻といえば、彼ら冒険者にとって敬慕の対象である。
冒険者協会に属していないにも関わらず、冒険者協会からも一目置かれている存在であり、機会を得られるのであれば、一度は共に冒険してみたいと考える人物達であった。
ゆえに、『レイシアナ』と聞いた冒険者達は、憧れの存在を一目拝めるのでは無いかと、皆一様に浮き立ってしまったのだった。
その様子を見て、『しまった』といったような顔つきの受付が、周りをキョロキョロと見回した後で、「少々お待ちください」と言い残し、慌てた様子で二階の事務室へ走って行った。
忙しい人だなと思いながら、フレアは受付の後ろ姿を見送った。
協会内の騒々しさは止みそうになかった。
あちらからは「侯爵令嬢パーティー結成」だの、こちらからは「レイシアナ冒険団結成」だの、皆好き勝手なことを言いながら、当事者そっちのけで盛り上がっていた。
それらを聞き流しつつ、少し待てば受付が戻って来るだろうと、呑気に構えていたところ、背後から一組の冒険者が声を掛けてきた。
「アンセルマちゃんは声がデカくてな。
全部聞こえてしまったんだが、あんた達は領主様のご令嬢と冒険者レイシアナ夫婦の娘さんで間違い無いのかい?」
黒色の長髪に、素肌に鋼の鎧を着込んだがっしりとした体躯の、いかにも戦士といった風貌の男と、同じく黒色の長髪に、薄茶色のローブを羽織った痩身の、いかにも魔術士といった風貌の男が、二人を背後から見下ろしていた。
見た目には、それなりの場数を踏んでいるような雰囲気を醸し出している。手練れの冒険者なのかもしれない。
他の冒険者達が、『先を越された』と言いたそうな表情で彼らを見つめていたが、声を掛けてきた二人は、その視線をまるで意に介していないようだった。
「冒険には危険がつきものだ。領主様のご令嬢と名高い冒険者のご息女には、俺達のような冒険団がお勧めだぜ。
なんたって俺達にメリットがある!
未経験歓迎、ノルマ残業無し、やる気重視の風通しが良いアットホームな冒険団だぜ?」
戦士風の男が、歯に衣着せぬ物言いで勧誘してきた。
予想通りの展開ではあったが、オリーは早速降りかかった厄介事に両手で頭を抱えた。
周りの冒険者も、『その勧誘の仕方は不味い』といったような表情を見せている。
ただ一人、フレアだけは、手練れと思われる冒険者の発言を聞いてはいなかった。
「あのお姉さんは、アンセルマチャンという名前だったのですか」
勧誘に気付いていないのか、はたまた勧誘だと思っていないのか、そもそも彼らに興味が無いだけなのか、受付の名前を知ったことに満足している様子だった。
「あぁすまない、こういう時は先に名乗るのが礼儀だな。
俺達はユースガリア王国所属のランク5冒険者。
ジャイアントハンマーの使い手、猛者とは俺のこと、名をバカ……」
名乗ろうとしたところで、アンセルマがバタバタと二階から騒々しく降りてきたため、肝心の名前が足音で掻き消されてしまった。
「そして、俺は水の術士アフォ……」
「お待たせしました!」
魔術士風の男の名乗りを、アンセルマの大声が掻き消した。
「今は二人しかいないが、人呼んでバカ……
「レイシアナ夫妻のご息女ということで、何かしら問題が無いか確認して参りました!」
……冒険団!!」
バカ冒険団とは、なかなか楽しそうだと好奇心をくすぐられたが、入団するには少々躊躇われる名前だとフレアは思った。
もう少し話を聞いてみたかったが、冒険団の二人は、アンセルマの大声にすっかり興を削がれてしまったようで、そそくさと受付窓口を後にしてしまった。
なお、アンセルマが戻ったおかげなのか、虎視眈々と周りで控えていた冒険者達も、二人に声を掛けるのを諦めた様子だった。
肝心の、アンセルマが持ち帰ってきた答えといえば、オリーへの回答とまるで同じ内容であり、「問題は無いが優遇も無い」というものだった。
冒険者の娘が冒険者になるのに、一体何の問題があるのか想像し難い上に、優遇など初めから想像もしていなかったので、「問題ないです」と答えて登録を進めてもらった。
登録処理が終わるまでは、少し時間がかかるようだった。
登録が終わった後には、冒険者活動の仕方について説明があるらしく、地下の休憩室で待つか、少しの間なら外に出ても構わないとのことだったので、先程のように絡まれるのは面倒だと考えた二人は、一旦外に退避することにした。




