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期せずして、昔話に登場した鍛冶屋の主人のおかげで、オリーは彼から預かった紙の存在を思い出した。
腰のポーチをまさぐり、取り出した紙をアウギュリエスに手渡した。
「朝学校に来る途中で預かりました」
受け取った紙を開いて中身を一読した後で、二人を見返したアウギュリエスが、後日二人に渡すものがあると告げた。
「卒業のお祝いに用意していたものが、もうすぐ出来上がるようです」
そのすぐ後に、「大した物ではない」と付け足されはしたものの、卒業祝いの贈り物と聞いて、二人は満面の笑みで手を取り合って喜んだ。
この街一番の鍛冶屋が仕上げる物だ、大した物ではないと前置きされても、少なからず期待してしまうのは仕方がないことだった。
まだ受け取っていないにも関わらず、二人は、「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べて頭を下げた。
驚きつつもにこやかに二人を見ていたアウギュリエスは、「まだ渡していませんよ」と答えて笑顔をこぼした。その笑顔につられるように、二人も一緒になって笑った。
「そう言えば」
アウギュリエスが、二人のこれからに話を変えた。
「オリビアは王都の魔法学園に進むのでしたね」
進路を聞かれて、オリーが「はい」と答える。
「今は学者を目指しているので、もっと魔法を勉強するために」
そう言って目を輝かせる。
魔法全般を扱いながらも、強化や支援魔法を得意とし、会得するには並大抵の努力では足りず、更には生まれ持った魔力の素質が非常に重要な職業である。
「オリビアならなれますよ」
アウギュリエスが、お世辞では無く本心からの言葉で伝える。その隣で、フレアもうんうんと首を縦に振っている。
オリーなら叶うだろうと、フレアも本心からそう思っていた。
むしろフレアは、オリーは既に学者と名乗って差し支えないとさえ考えていた。今朝の魔法を体験した本人としては、尚更そう思うのだった。
「王都までは長旅になりますが、準備は順調ですか?
あちらで暮らすとなると、荷物も大掛かりになりそうですが」
ユースガリアの王都アルバスローンは、アウリスフレランスから馬車で移動しても、20日はかかる距離にある。
街から通うのは到底無理な話で、通学するには王都に住むことが絶対条件となる。オリーの場合、さまざまな事情もあって、持ち込む荷物もさぞ多くなるだろうと思われた。
充分な準備が必要になる。
大半の物は王都で調達できるとも思ったが、それにしても、準備万端用意しておくことに越したことはないだろう。
そう考えての質問だったが、実の所オリーの引っ越し準備はとうに終わっており、荷物の運搬もすでに始まっていたのであった。
オリーは「はい」と答えて状況を伝えた。
「今日、弟のカルディアが騎士養成学校の入学のために、父様と一緒に王都に立ったので、それに私の荷物のほとんどを乗せてもらっています。
と言っても、魔法書の類しかないんですけど」
オリーが少し照れくさそうに俯く。
なるほど先に荷物を送ってしまえば、自身の移動は身軽になる。
王都への長旅も随分と楽になるだろう。
それを聞いて感心したアウギュリエスは、「それは賢い」と言って頷いた。
オリーはその反応を見て、得意満面の表情で鼻を鳴らした。
「向こうで住む場所は、フレアが話をしてくれて……」
そう聞いて、てっきり王都の別邸に住むものだと思っていたが、そうではないらしい。
言いながらフレアを見るオリーに釣られて、アウギュリエスもフレアに視線を移した。
「両親の倉庫番さんが王都でお店をしているので、そこの空き部屋を二部屋使えるように頼んでおいたのです」
フレアが得意気な顔をしている。
フレアの両親は各国で名を知られる冒険者であり、主要な都市に倉庫を持っている。
特別な魔法によって、都市間の倉庫は一箇所で全て管理できるようだったが、その魔法の詳細については誰も知らない。
ちなみに、王都にある倉庫の倉庫番は、王都内でも評判の食堂を営んでいるらしい。
フレアの話を聞いて、「そうですか」と答えたアウギュリエスだったが、どうにも引っ掛かる言葉について、聞き返さざるをえなかった。
「二部屋というと、随分と沢山の魔法書を持ち込むのですか?」
部屋の大きさはわからないが、二部屋を使うほどの魔法書を思い浮かべて目を丸くした。
それを見たオリーは、したり顔でアウギュリエスを見ていた。
フレアといえば、まるで不思議なものを見るような表情でアウギュリエスを見つめていた。
「オリーと私で二部屋ですよ?」
呆けた顔でフレアが答える。
その答えに、なるほどそれなら納得がいくとは思ったが、どうにも腑に落ちない疑問が新たに沸いてきて、それについても聞かずにはいられなかった。
「フレイアは両親と同じ冒険者になるのでしたね。
私はてっきりこの街で冒険者になるのだと思っていました」
冒険者になるには、冒険者協会で冒険者登録をする必要がある。
大方の駆け出し冒険者は、登録を済ませた冒険者協会のある街を拠点に活動して、経験を積む傾向がある。
そのため、フレアも同じように、しばらくの間アウリスフレランスを拠点に、冒険者活動をするものだと思っていたのだった。
「登録はこの街でします。でも、本格的な冒険者の活動は王都でするつもりです。
父や母を超えるような、世界を駆け回る冒険者になるためにも、沢山の色んな依頼をこなす必要があるのです」
キラキラと目を輝かせてフレアが答える。
おそらく、彼女の意図はこうだ。
この街の冒険者協会に寄せられる依頼は、駆け出し冒険者に対応した内容の方が多く、大半は狩猟や採取であり、たまに護衛依頼があるくらいなものだ。
国境警備や補給物資の運送は、高ランク冒険者にならなければ受けることができず、経験を積むということを考えれば、王都の方が経験を得る機会が多いと踏んでいるのだろう。
『両親を超える冒険者になる』、彼女の目標を達成するためにも、より大きな街の冒険者協会に赴き、多種多様な依頼をこなすことは、その意味では実に理に叶っているといえた。
見事に見当が外れたアウギュリエスは、頭を掻きながら苦笑いを見せた。
フレアはオリーと顔を見合わせて、ニコリとして続ける。
「オリーが王都へ向かうまでまだ日数あるので、明日にでも冒険者登録をして、街の依頼もやってみるつもりです」
何とも末頼もしい一言であった。
自らの目標達成のために、微塵も努力を惜しまない姿勢は賞賛に値する。
きっとフレアは目標を達成し、両親を超える冒険者になるだろう。そう思わせるのに十分な言葉だった。
そんなフレアに対して、老婆心とは思いつつも、アウギュリエスが話し出した。
「お節介かも知れませんが、元冒険者の私から一つ助言です」
真剣な眼差しに、フレアもつられて神妙な面持ちで耳を傾けた。
「協会の依頼は、内容によっては一人では難しいものもあります。
不足の事態に対応できるように、信頼できる冒険者仲間を見つけてください」
採取などの簡単そうに思える依頼であっても、場合によっては手痛いしっぺ返しを食らう可能性がある。護衛や討伐ともなれば、魔術士一人ではどうしても立ち回りが困難な場面も出てくるだろう。
いかなる状況に置かれても臨機応変に対処できるように、冒険者同士で仲間を募り、冒険に挑むのが、冒険者という職業を続けていく上で必要不可欠なことであった。
それは、アウギュリエス自身が経験で学んだ、冒険者の教訓とも言えた。
アウギュリエスの真剣な眼差しに気後れすることなく、しっかりとその目を見据えて、フレアは深く頷いてみせた。
両親を見て育ってきたのだ、仲間が必要なことは重々承知しているだろう。
アウギュリエスはそれを見て笑顔を返した。
隣で二人のやり取りを見ていたオリーも、フレアと同じように頷いた後で、フレアを援護するように口を開いた。
「冒険者仲間のことはフレアに聞いていたので、私も冒険者登録して、なるべく一緒に依頼を受けるつもりです」
オリーの言葉に、アウギュリエスが感心する。
さすがは冒険者の血を引くフレアである。既に仲間を一人確保していたのだ。
惜しむらくは二人が魔術士であること。
というのも、魔法を使用するには集中する時間が必要で、何者かと対峙した際に、その時間を稼ぐには魔術士二人では心許ないからだった。
とはいえ、気心の知れた幼馴染が一緒なのは、下手に仲間を募るよりも格段に安心できるというのも事実だった。
「オリビアが一緒なら少しは安心できますね。
ですが、それでも、なるべく注意を引いてくれる前衛職の仲間を見つけてください」
すこし硬い表情で人差し指を立てて、まるで学校の授業の続きのように注意を促した。が、すぐさま表情を崩して、アウギュリエスが本音を漏らした。
「と言っても、二人は私の自慢の教え子です。
伊達に首席と次席で今日を迎えたわけではありませんから、きっとどんな困難に遭遇しても、そつなくこなしてしまうのでしょうね」
そう言って穏やかな笑顔を見せた。
その言葉と笑顔に、二人も照れくさそうにしながら釣られて笑った。
その後もしばらく三人の祝賀会は続いたが、学校長が結びの挨拶を始めたことで、アウリス魔法学校第10期生卒業式のすべてが滞りなく無事終了した。




