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窓の外に見える庭園が、陽の光を浴びてキラキラと輝いて見えた。
南に面した大きな三つの窓から、教室の中にその光が差し込んで、大きな黒板や教壇、階段状に配置された長机と、授業の開始を待つ生徒達を照らしていた。
少しだけ開けた風の通り道から、窓掛けを揺らして入り込んできた草木や花の香りが、爽やかな朝の空気で教室を満たしているようだった。
入学したばかりの初々しい10人の生徒達は、これから始まるはじめての魔法基礎の授業を、期待と不安でそわそわしながら待っていた。
新調したばかりの制服に袖を通し、真新しい魔法書をパラパラとめくりながら、未知の体験を想像して胸を躍らせていた。
オリーことオリビア・オースバンは、生まれてすぐに両親に魔法の才を見出され、ユースガリア魔法学園から家庭教師を迎えて、魔法の英才教育を受けた。
攻撃魔法に防御魔法、強化魔法と弱体魔法、支援魔法から回復魔法に至るまで、いずれの魔法にも対応できる柔軟さを持ち、家庭教師曰く、「強化と支援は群を抜いている」と言わしめるほどの実力を持っていた。
ゆえに、ある程度の魔法であれば扱いに困ることもなく、将来は学者か賢者になるのが夢であった。
一方の、フレアことフレイア・レイシアナは、自分の将来については何も考えておらず、漠然と両親と同じように冒険者になるのだろうと考えていた。
冒険者として世界を駆け巡る両親が言うには、「剣でも魔法でも、どちらでもいける」ということらしく、どうせならオリーと一緒が良いと思い、「魔法が好き」と言っていたからか、気がついたときには魔法学校に入学する手筈が整っていた。
学校の場所さえ知らなかったフレアだったが、入学前に下見に出向いたその場で学校長に出会い、何やら桁違いの魔力だと熱烈に歓迎され、気分を良くして入学を決めたのだった。
家が近い二人はいわゆる幼馴染であり、オリーの弟も交えてよく三人で遊ぶ仲であった。
オリーはフレアに魔法の話をよくして聞かせていたが、その頃のフレアは魔法そのものには特に興味を示しておらず、ゆくゆくは別々の道に進むのだろうと感じていた。
それが、同じ学校に通うことを知って、歓天喜地の大騒ぎで通りを走り回った。
それに気圧されたフレアも一緒になって走り回ったものだから、近所では緑色の疾風などと呼ばれたこともあった。
そんな二人は授業ももちろん隣同士の席であり、コソコソと何かを話しては、クスクスと笑い合っていた。
カーン、カーン、カーン
始業の鐘が鳴るのに合わせて教室のドアが開いた。
ドアの先から、背の高い、長く尖った耳を持つ教師が教室に入ってきた。
ネルヴ族。
世界人口において一割に満たない種族であり、翠緑の森と呼ばれる大森林に住まう森の民である。
眉目秀麗で、寿命は300年とも500年とも言われる一方で、不死とも噂される彼らは、一見しただけではその実年齢を推しはかることは非常に困難であった。
高い背丈と長く尖った耳が特徴であり、ヘイム族やその他種族とは明らかに異なる容姿のため、街で見かけることは少なくとも、見かければすぐにネルヴ族だとわかった。
彼らは剣技にも魔法にも長けていると言われているが、それは単純に、その長い寿命のおかげで、鍛錬できる期間が長いからではないかと思われている。
とはいえ、実際に魔法に長けている教師に教えてもらえることは、これ以上に恵まれた環境が他に無く、魔法に興味を持ち始めていたフレアなどは、興味津々にその教師を見つめていた。
「みなさんおはようございます」
ネルヴの教師が挨拶した。
生徒達も教師に「「おはようございます!」」と元気よく挨拶を返した。
待ちに待った魔法の授業が始まった。
「魔法基礎と実技を担当する、アウギュリエス・アルウェニオンと言います。
以前は冒険者をしていました。
これから五年間、皆さんと一緒にこの学校でお世話になります。これからよろしくお願いしますね」
挨拶をしながら生徒達を見渡す。
終始にこやかな表情のおかげで、気付かずに強張っていた生徒達の緊張も解れていった。
「遠方の方は、アルメアから入学されたそうですね」
その問いに、水色の髪の少女と隣席の黒髪の少女が小さく手を挙げた。
アルメアはアウリスフレランスのある大陸とは別の、東の大陸にある王国である。隣国とはいえ、海を超えた先の国から生徒が来るほどに、この学校の評判が広く知れ渡っているのを実感する。
「私はシルエリン・アルール、みなさんの言葉で言う『翠緑の森』の出身です。
見ての通りネルヴです」
長く尖った耳をちょんと弾いてみせる。
「ネルヴは剣技魔法に長けているとよく言われます。
確かに、魔力においては他種族より秀でている者が多いですが、魔法の使用ということに関していえば、種族はまったく関係ありません。
ヘイムでもタウトラでも、バウルであっても、魔法は誰でも使用できます。
皆さんは魔法の素質があると認められた方々ですから、研鑽を重ねることで、先生方や校長先生を超える、賢者になることも夢ではありません」
賢者という言葉を聞いて、皆が浮き立ったような気がした。修練を積むことで、誰もが高みに登り詰める可能性がある。
アウギュリエスはその一言で、教室の皆の心を掴んだのだった。
生徒達のその表情を満足そうに確認すると、アウギュリエスは手に持った魔法書を開いて授業を開始した。
「それでは、早速基礎の授業をはじめましょう」
一段と目を輝かせた生徒達が、一言一句聞き漏らすまいと皆真剣な表情で教師を見つめる。
「では最初の授業ですので、魔法の成り立ちから始めましょう。
遥か昔の神話の時代。
神々を排して、世界を自分の物にしようとした灰の魔神が現れました--
世界を創った母神アディリアと神々の前に、強大な力を持った灰の魔神が現れた。
灰の魔神は、それまで誰もが目にしたことのない力を有し、その力は絶対的で、神々の力を持ってしても、容易に抗うことのできるものではなかった。
魔神はその力によって、次々と神々を退け、世界を手中に収めていった。
神々は魔神を倒すべく、幾度となく立ち向かったが、その圧倒的な力の前になす術もなく敗れ、次第に疲弊していった。
やがて世界はその殆どを魔神が支配し、残されたのは、母神アディリアが住まう居城だけとなった。
打つ手も無く、世界が灰燼に帰そうとする最中、アディリアは実子である女神を召集し、一縷の望みを託して、自身が持つ神の力を分け与えた。
癒しの女神レイアには光の力を、安息の女神ノルレには闇の力を、情熱の女神エスタには炎の力を、情動の女神ネアルには水の力を、生命の女神ルシアには地の力を、そして、自由の女神アウルには風の力を与えた。
アディリアより分たれた力は、女神達に呼応し、それらが持つ本来の力を目覚めさせた。
女神達はそれぞれ、光明の女神、常闇の女神、紅焔の女神、澎湃の女神、金剛の女神、天風の女神となり、ここに、六柱の女神が誕生した。
六柱の女神と魔神の戦いは熾烈を極めた。
神の世界にとどまらず、人の世界にもその傷痕を残しながら、六柱の女神は受け継いだ力を駆使し、創造し、数えきれないほどの戦いの末に、遂に魔神を打ち滅ぼすことが叶った。
そして、六柱の女神は人の世界に降り立ち、人を導く神となった。
ーーこうして女神達によって世界が守られた。
というお話ですが、このお話に出てくる六柱の女神の力が、現在の魔法の元になっていると言われています。
そしてこの力は、私達のある部分に影響を与えていると言われますが、どの部分かわかりますか?」
急な問い掛けだったが、生徒達は皆声を揃えて答えた。
「「髪!!」」
アウギュリエスは首肯し話を続ける。
「女神の力は髪色に現れ、その女神の加護を受けると言われています。
髪色を見れば、その人がどの女神から加護を受けているのかがわかります。
例えば、私の髪は金色ですが、この色は女神レイアが持つ力の色と言われています」
そう言って自身の前髪を少し摘んで見せた。
「それぞれの力の色は、皆さん知っていると思いますが、おおよそ次の通りですね。
光明の女神レイアは金や白、常闇の女神ノルレは黒や紫、紅焔の女神エスタは赤、澎湃の女神ネアルは青、金剛の女神ルシアは茶で、天風の女神アウルは緑です。
ただし、あくまでもそう言われているに過ぎません。
明るい髪色であれば、レイアとルシアは同じ色のように見えることがありますし、深い髪色であればノルレとネアルも同じ色のように見えることがあります。
一目見ただけでは判断がつかない場合もあります。過信はしないようにしましょう」
髪色にまつわる話は知っていたが、改めて説明されたことで、生徒達は今一度自分の髪色を確認した。
そして、自身の髪色によって、使える魔法が限られるのではないかと、不安になる生徒の表情が見てとれた。
その表情を見たアウギュリエスは、「それと」と言ってから話を続けた。
「これは大事なことですが、女神の加護によって髪色が影響を受けると言われていますが、髪色が異なるからといって、使える魔法が限られるということはありません。
髪色の女神の加護が強く影響していると言われているだけで、皆さんは本来全ての女神の加護を受けています。安心して勉強してください」
自分の髪色と異なる力の魔法でも使えると聞いて、皆一様に安心した表情を見せた。
特にも光と闇のように、一見相反する髪色の生徒は、大袈裟に見えるほどに胸を撫で下ろしていた。
そんな中で一人、フレアが真剣な眼差しで、今にも泣き出しそうな表情をして質問を投げかけた。
「先生、もしかして鍛冶屋のおじさんは、女神に見捨てられたのですか?」
教室が静まり返る。
女神に見捨てられたという物騒な言葉に、皆恐れを感じたらしい。
質問を受けたアウギュリエスも、はじめはその質問の意図が理解できなかったが、ふと鍛冶屋の主人を思い出し、クスリと笑ってからフレアに返答した。
「人は老いや病で髪を失うことがありますが、それは女神が私達を見捨てたわけではありません。安心してください」
その言葉を聞いて、フレアが安堵のため息をついた。
女神に見捨てられたのではなく、ただ毛髪を失っただけなのだと。それと同時に、鍛冶屋の主人が授かった加護が、一体何だったのかと気になり出した。
それを察したのか、「ちなみに」と前置きしてからアウギュリエスが言葉を続けた。
「彼は少し前、若い時分は長い赤髪の青年でしたよ」
アウギュリエスの言う「少し前」が、いかほどの年月かはわかりかねたが、鍛治職人が紅焔の女神の加護を受けていたという事実が、天職なんだなと感心した。
一方で、今では毛髪の無い鍛冶屋の主人の長髪を想像して、ニヤニヤとするフレアだった。
「それでは皆さん、次のページを開いてください。
この魔法書は皆さんの大切な記録になります……」
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