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冒険者登録してから数日。
毎日冒険者協会に通う二人は、他の冒険者達に顔見知りも増えた。
アウリスフレランスに滞在している冒険者の多くは、二人とランクが近いということもあって、協会での交友を通じて、有用な情報交換が行われた。
バカ団一行とも、顔を合わせれば世間話をする程度には近しくなっていた。
術士の名がアフォードであること、新しく入団した剣士が、アルノルドという名の15歳で、修道士がエルメリアという名の17歳であり、どちらも自分達と同じ日に冒険者となったばかりの、同期ということまではわかった。
バカ何とかについては、他の冒険者達からも何故か『団長』と呼ばれており、あれ以来名前を知る機会にも恵まれず、今更改まって名前を聞くのも悪い気がしたので、周りに倣って団長と呼ぶことにした。
誰からも親しまれるほどに人望厚い漢なのだ。現に、オリーやフレアに『団長』と呼ばれ、嫌な顔どころか、親身になって話をしてくれる。
なるほど、アンセルマの心根がわかるような気がした。
懸念していたランク10冒険者達に纏わる賑わいは、幸いなことに、彼等が街の北端にある宿に商団と共に宿泊したこともあり、中央広場は、昨夜の様な異常な光景を見せることなく、翌日からいつも通りの日常を取り戻していた。
休む暇を惜しんで毎日協会に通い詰めた二人は、黙々と依頼をこなし続け、後少しでランクが上がるくらいの点数を稼いでいた。
余程の強運でもなければ、一月でランク2に上がることなど出来ないと言われる中で、異例の早さで点数を稼ぐことが出来ているのは、適当に依頼を選んでいるようで、効率的に点数を稼ぐように選定しているオリーのおかげだろう。
とはいえ、こなした依頼の大半は、薬草や鉱石の採取であったり、飼い猫の捜索や落とし物探しといった、冒険と言うには憚られる『御使い』レベルのものであった。
一度、ランク3推奨の国境警備補給という依頼を窓口に持っていったことがあったが、アンセルマに依頼書を手渡した瞬間に、「却下」と言われて以来、毎回上位ランクの依頼と一緒に、低ランク依頼を渡すようにした。
勿論、上位ランクの依頼を持っていくのは、フレアが意地になったからである。
採取依頼をこなし続けたおかげか、顔も知らないアンニャおばあちゃんから、感謝の印としてお手製の薬をもらったことがあるが、用途が不明で、鞄の奥底に乾留薬と一緒に眠っている。
そして今日も、二人は朝早くから冒険者協会に赴いて、掲示板を眺めながら、受ける依頼の精選をしていた。
「今日こそは上位ランクの依頼を受けるのです」
フレアがポツリと独り言をこぼす。
連日の『御使い』依頼に、相当なストレスを抱えているようだった。どこかで発散しなければ、暴走してしまわないか心配になる。
しかし、都合よく討伐系の依頼が貼り出されているということもなく、ここ数日は、見渡す限りいつもの『御使い』依頼で埋まっていた。
今日も誰かしらの『御使い』で点数稼ぎをしようかと、貼り出された依頼書を眺める。
「むむぅ」
フレアが唸る。
何度見返したところで、彼女が欲している依頼は生えては出てこない。
「まぁまぁ、今日もアンニャおばあちゃんの御使いに行こう」
無いものはない『御使い』やむなしとフレアを諭す。
たまたま出ていた隣町への護衛依頼も、依頼日数を考えると王都へ立つ日に被るため、受けるわけにはいかなかった。
受けたとしても、フレアのストレスを発散できるような、倒す相手が現れるという保証もないし、護衛という立場から言えば、そういう類は現れない方が良いに決まっている。
オリーがフレアの手を取り、アンニャおばあちゃんの依頼書を受付に持っていこうとしたところで、不意に後ろからアンセルマに呼び掛けられた。
「オリビアちゃんフレイアちゃん、ちょうど良かった」
言いながらパタパタと二人に近寄ってくる。
ニコニコと笑顔を見せて、用箋挟から一枚の依頼書をとって見せた。
「おつかい依頼ばかりでヤキモキしてたでしょ?」
この受付は人の心を読む特殊技能の持ち主なのだ。
オリーが両肩を擦りながらアンセルマを眺める。
「討伐と言うか護衛と言うか、討伐と言えば討伐なんだけど、護衛のような気がしないでもないけど……、そういう依頼が丁度持ち込まれたんだけど、受けてみる?
依頼主がまだ下にいるわ」
討伐という言葉を聞いて、フレアの表情が途端に晴れた。
依頼書には【ベルトン牧場狼退治募集】という文字が見える。「狼退治?」と二人が声を揃えて読み上げた。
「賊や酔っ払いだけが討伐対象ではないのよ?」
アンセルマが小首を傾げる。
アウリスフレランスの南に広がる、『アウリスフレランスの食料庫』と呼ばれる広大な農業地帯。その北端にあるベルトン牧場は、主に羊や鶏を飼育している。
乳や肉、卵、毛皮などを生産し、家畜の他にも、馬車用の使役馬も飼育しており、飼育された馬の質の良さ、王国の内外から買い付けに来るほど有名な牧場であった。
牧場の東端には未開拓の森が広がっており、森を通って流れ出る川によって、豊富な水源には恵まれていたが、反面、多様な野生動物が住み着いており、それらの被害も少なくはないらしい。
牧場の主であるベルトン家は、西の王国ザーローンから移住してきたタウトラ族で、先代夫婦が帰郷したことで、現在は二代目が跡を継いでいるらしい。
二代目夫婦と娘夫婦の他に、およそ20名の働き手を抱える大規模農場であり、家畜の世話や飼料の調達、生産物の加工まで行っている。
そのベルトン牧場から、狼退治の依頼が持ち込まれたのだ。
牧場を経営し、働き手を20名も抱えているのならば、狼退治程度は自分たちで何とかしそうなものではあったが、冒険者協会に依頼を持ち込むということは、それなりの事情があるということなのだろう。
依頼書に詳細は書かれておらず、詳しい内容を知ることは出来なかったが、冒険者を雇い入れるほどに、大事が起きているということなのだろう。
「どう?この依頼やってみる?」
依頼書に目を落としていた二人の顔を覗き込んで、アンセルマが問い掛ける。
おそらく、討伐依頼に飢えている冒険者は、オリーとフレアだけではない。この依頼を受け付けたタイミングが良かったのか、アンセルマが二人を贔屓しているのか、理由は判断しかねた。
おそらくは後者が正解だが、この申し出はありがたかった。
「もうすぐランクが上がる頃だし、そろそろ討伐依頼を受けて、実力を見ておかないとね」
もっともらしい理由を言いつつ、アンセルマが二人の返事を伺う。
この機会を逃す手は無い。何より、フレアが嬉々としてアンセルマを見つめている。ここで断ろうものなら、冒険者協会で事件が起きる可能性すらある。
となれば、わざわざフレアに確認することもないだろう。
オリーはアンセルマに向き直って返事をした。
「受けます!」
アンセルマが笑顔で頷く。
依頼主はまだ、協会の食堂で休憩しているらしい。話を聞くならば早いほうが良いだろう。
「受付は済ませておくわ。
食堂に行って依頼主に直接話を聞いてみたら?」
アンセルマに言われ、二人は小走りで階段を駆け降りた。
早朝の地下食堂は、朝食をとる冒険者が数名いるだけで、人もまばらで閑散として見えた。
奥の席に座る男女二人組の姿が、明らかに冒険者とは異なる格好をしていたのと、背格好が子供のように見えたことから、その二人が依頼を持ち込んだ、依頼主のタウトラだろうと見当をつけた。
タウトラ族は成熟した大人となっても、ヘイム族の子供ほどの背丈であり、年老いても幼年の姿をしている。
ネルヴ族のように耳先が尖ってはいるが、大きさはヘイムのそれと変わらない。ネルヴの子供とは容易に見分けがつく。
それに、タウトラはほぼ例外なく、豊穣の女神こと金剛の女神ルシアを信仰しており、その敬虔な姿勢が影響しているのか、他種族のように多様な髪色になることは少ないらしい。ほとんどが茶系の色で、奥にいる二人も、明るい茶色の髪をしていた。
ヘイムよりも長命で、その寿命はおよそ200歳と言われているが、ザーローンを出た者達は皆、死期を悟ると故郷に戻るという。
先代のベルトン牧場の主人がザーローンに戻ったのも、そういう事情があったからなのかもしれない。
「きっとあの二人ですね」
言うが早いか、フレアが足早に二人のいる方へ向かう。
オリーも急足で、フレアの後を追いかけた。
階段が見える位置に座っていた男性が、フレアとオリーが近付くのに気付いたようで、もう一人に何かを伝え席を立った。
すれ違いざまに二人に笑顔で会釈をすると、彼はそのまま一階へと登って行ってしまった。
残されたタウトラの女性が席を立ち、振り返ってフレアとオリーに向かい軽く礼をする。
優しい笑顔で、二人を席に着くよう促した。
「冒険者の方ですね。座って詳しいお話をしましょう」
アンセルマから話が通っていたのか、トントン拍子で話が進む。
テーブルを挟んでタウトラの対面に座る。
座ったのを確認してすぐに、「二人にお茶を」と給仕に声を掛けると、二人に向き直って話を始めた。
「こんなに早く依頼を受けてくれる冒険者がいて助かるわ」
コップを手に取りお茶を啜る。
甘いハーブティーの香りが、目の前の女性に似合っているなと、なんとなく思った。
「私はルルト・ベルトン、ベルトン牧場の牧場主の娘です。
受付の方が良い人達がいると言っていたけれど、あなた達のことね」
アンセルマが自分達を推薦していたのだろう。トントン拍子の理由がわかった気がした。
後で礼の一つでも言っておこう。
「早速依頼の話だけど」
二人にお茶が運ばれてくるのを眺めながら、ルルトが話を続ける。
「牧場に野生動物が現れること自体は、そんなに珍しいことでも無いし、被害に遭うこともそんなに無いの。
だから、今まではうちの人達だけでも何とか対処できていたんだけど、ここ最近は毎日のように被害が出ていてね。ちょっと軽視できなくなってきてるの。
実際に姿を見たわけでは無いけど、足跡から犯人はたぶん狼だと思うわ」
ルルトが頬に手を当て、小さくため息を吐いた。
「特に被害が大きいのは卵ね。
鶏舎が襲われるものだから、取れる卵の量が減って飲食店に卸す数も足りなくて、お店と再交渉しなきゃいけないし……。
それに、ここ数日は羊舎の周りにも沢山の足跡が見つかってね。
早目に手を打ちたいっていうわけなの」
「お肉が危ないのですね!」
フレアが突然声を上げる。
確かに、最近卵を使った料理が値上がっているなとは思っていたが、そいういう事情があったとは知らなかった。
しかも、羊にまで被害が及ぶとなると、肉だけでなく毛皮にも影響が出るだろう。
これは牧場だけの問題ではない。自分達の衣食の危機を排除するためにも、狼にはさっさと退場願わなければならない。
「依頼は退治だけど、狼が牧場に寄り付かなくなれば結果は何でもいいわ」
アンセルマが討伐か護衛かで言い淀んでいた理由が判明した。
倒さないにしても、狼を遠ざければ良いのだ。
それにしても、狼相手に何をどうしたら良いのか、今のところ何も思いつくところはない。乾留薬でも撒けば良いかとも考えたが、広大な牧場の敷地に蒔くとなると、一体いかほどの乾留薬が必要になるのか、考えただけでも莫大な量が必要になるだろう。
オリーとフレアが顔を見合わせて考え込んでいると、「後はよろしくね」と言ってルルトが席を立った。街の飲食店との交渉に向かわなければならないらしい。
二人も席を立って、茶の礼と依頼の受諾を伝えたところ、牧場まで荷馬車に同乗させてもらえることになった。
狼の活動時間を考えると、行動を起こすのは夜間になるだろう。
とりあえず一度家に戻り、諸々の準備をしてから、ルルトが冒険者協会に戻ってくるという昼頃に、また協会に来ることにした。
協会を出がけに、依頼掲示板の前にいたアンセルマから、依頼書と冒険者証を受け取った。
それと同時に、「狼は群れで行動するけど、ボスを落とせば簡単に瓦解するわよ」という少々物騒にも聞こえるアドバイスを受けた。
有り難いことではあるが、アドバイスが的確すぎるために、アンセルマに係るとそのほとんどが『御使い』になってしまう。
「アンセルマおばあちゃんの知恵袋です!」
日頃の鬱憤を晴らす様に、フレアがアンセルマをからかった。
「誰がおばあちゃんか!」と、アンセルマが笑いながらフレアを追いかけ回しているのを見て、すっかり仲良しだなと、しばらくその様子を眺めた。
しかし、いつまでもじゃれ合っていられては準備が進まないので、「すぐ戻ります」と告げて、フレアの手を引っ張って協会を出た。




