3-18
嵐を乗り越えた日の夕刻、食事を終えて、焚き火のそばでくつろいでいたナイザが、珍しく蒸留酒の瓶を取り出してカップに注いでいた。
この旅が始まって以来、初めて見る光景だった。
「ガシュルは無事に嵐を越した日にそれを祝う」
そう言いながら、ネコテコにも蒸留酒を注いだカップを手渡している。
「あんた達も一緒に」
オリーとフレアにもそれを勧めてくる。
無事を祝う酒と言われては断るわけにもいかず、「少しだけ」と言って、差し出されたカップを受け取った。
嬉しそうな表情を見せるナイザに、断らなくて良かったと思い胸を撫で下ろした。
「サマルちゃんとフォニちゃんは?」
フレアが天幕の中で夕食の片付けをしている二人に視線を向けた。
ナイザはそれに笑いながら答えた。
「成人したといってもまだまだ子供、こいつを飲むのはもっと大人になってからだ」
一瞬だけカップに注がれた蒸留酒を見つめ、ナイザはそれを一気に喉に流し込んだ。
満面の笑みを見せて、「カァーッ」と言いながら息を吐き出す。
その様子を見ていたサマルが、呆れたような表情で愚痴をこぼした。
「そんな仕来り、ガシュルには無いでしょ」
なるほど、ナイザが飲みたかっただけなのだと理解した。
とはいえ、生命の危機に成り得た嵐を越えたのだ。緊張をほぐすという意味でも、ナイザ流のこの仕来りは、理にかなっていると思えた。
「飲み過ぎないでね」と言うサマルの、ナイザを気遣う姿にホッコリとしていると、フォニがふふっと微笑むのが見えた。
「やっぱりサマルは、誰かを支える側の人ね。
前に立つよりも、そっちの方がずっと似合ってるわ」
子供の頃からずっとサマルを見てきたというフォニの言葉。どこか、腑に落ちない言葉ではあったが、妙な説得力を含んでいるようにも聞こえた。
フォニの言う通り、サマルは昔からそういう人物だったのだろう。
サマルは「そんなんじゃない」と言って頬を膨らませて抗議しているが、そのやり取りは何とも微笑ましく見えた。
サマルとフォニのやり取りを、ほのぼのと眺めながら蒸留酒に口をつける。度数の高いそれは、ほんの少しだけでも急激に酔いが回ってくるほどだった。
ナイザも普段はあまり飲まないのか、一杯の蒸留酒で頬を赤らめていた。
ネコテコは顔色一つ変えることなく、渡された蒸留酒を飲み干した後も、けろっとしてニコニコとしているだけのように見えた。
それが気のせいかもしれないと感じたのは、ささやかな酒宴に、ネコテコが投じた一言のせいだ。
「サマルさんとフォニさんは、聖域で洗礼を受けるんですよね?」
何ということない、ただの確認のような話題だった。
二人が両親のどちらの名を継ぐのか、当人でなければどうと言うことの話題だったが、それはここ数日、誰もが口にしなかった、あえて避けてきた話題でもあった。
オリーはナイザの様子をチラリと伺った。
繊細な話題だ。
ナイザの気が悪くなるのではないかと戦々恐々とする。
しかしどうやらそれは取り越し苦労だったらしく、ナイザは軽く笑い声を上げた後で、サマルの代わりにネコテコに答えた。
「サマルは聖域についてから答えを出す。そういう約束だ」
サマルは黙って頷いた。
決心はついているはずだが、父親との約束を守ろうとするサマルの誠実さが伝わってくるようだった。
「私はまだ決めかねています」
そう答えたのはフォニだった。
フォニは俯き加減に、時折サマルに視線を向けながら話を続けた。
「私はどっちを選んでも変わらないから……。
でもサマルは……、サマルは、私なんかと違ってちゃんとしてるから……。
だから、サマルなら分かるよね?」
まるで母親のような視線でサマルを見つめる。その目が何を訴えているのか、見透かすことはできなかった。
何となく、場の空気が沈んだように感じられた。
その空気を打ち払ったのは、酔いに任せて言い放ったフレアの言葉だった。
「何を選ぶかはサマルちゃんの自由です。周りが騒いではいけません」
そう言ったきり、パタリと伏せて寝息を立て始めた。
皆呆然としてフレアを見つめた。
オリーとしては、フレアの言うことに同意しかない。サマルのことはサマル自身が決めることだ。
そしておそらくは、皆も同じ気持ちなのだと思えた。それは、フレアの言葉に誰も反論することがなかったからだ。
「今日はもう休もう。
明日は足止めされた分を取り戻さなくちゃならん」
ナイザが立ち上がって天幕へ向かう。
皆黙ってその姿を見送った後で、フレアを担ぐようにして天幕へ向かう。
胸の内に、小さなわだかまりを残して。




