3-17
──その日は、急な天候悪化で思わぬ足止めを喰らっていた。
夜間に吹き出した風が、明け方になって風脚を強めていた。
砂を巻き上げた西の空が、まるで燃えているかのように赤く染まっている。
──砂嵐だ。
野営用の天幕は早々に片付けられ、寄り添うように集まった砂馬の隙間にうずくまった。
「これ以上続くと、結構危ないですね」
ネコテコが呟いた言葉に不安が煽られる。
風は刻々と強まり、口を開こうものならば容赦無く砂が入って来る。口当ての布を引き上げて、しっかりと口を隠した。
「まあ、砂馬が無事なら、方角さえわかれば生きて帰れますけど」
あっけらかんと言い放つネコテコに、命の手綱を握られているようで釈然としない。
どうにかしてネコテコから主導権を奪い返せないかと無駄なことを考えていると、不意にフレアが立ち上がって声を上げた。
「方角なら任せて欲しいです」
そう言いながら、懐から懐中時計を取り出して見せてくる。
それを手のひらに乗せると、得意げな顔で講釈を始めた。
「この時計があれば、どこにいても方角が丸わかりです。
まずは時計を水平にして、長針を日に向けて……。
十二時の位置と長針の間が、南です!」
どうだと言わんばかりにフレアがこちらを見つめて来る。
オリーとネコテコは、ポカンとした表情でフレアを見つめ返した。
「先生に教わったので、間違いないです」
自信満々のフレアに、思わずククッと笑いが漏れる。
「それだと、南がグルグル回ってしまいますね」
ネコテコが冷静に指摘するものだから、我慢できずに声に出して笑ってしまった。
その拍子に砂が口に入って盛大に咽せ返る。ジャリっとした感触が不快この上ない。
ネコテコの声が聞こえなかったのか、フレアは時計の針を凝視して少しずつ回り始めた。
「フレアは南を探してクルクル踊るつもりなのね」
オリーにそう言われてようやく気付いたのか、誤魔化すようにして、勢いをつけてフレアが回り出した。
「サウスワルツです!」
何ともけったいな誤魔化し方だと思いながら、三人で笑い合った。
そのおかげで、砂嵐の恐怖が少し和らいだような気がした。
少しして、嵐の中で砂馬の世話をしていたナイザとサマル、フォニの三人が戻ってきた。
さすがは砂漠の民と言ったところか、この程度の嵐ではさして動じていないようだった。
「掠める程度で済みそうだな」
ナイザが短くそう告げる。どうやら、砂嵐の直撃は免れたらしい。
災難といえば災難ではあったが、砂漠を往く旅である以上、砂嵐は想定されて然るべきものだった。
掠めるだけなのは運が良かったのだ。
──嵐が抜けたのは、日が真上に昇る少し前だった。
「ネコテコ、どうだ?」
ナイザに呼ばれて、ネコテコは立ち上がって辺りに視線を這わせた。
ナイザが言わんとしていることを、たったその一言で理解したようだった。
「東に抜けた嵐は消えましたね。
他に兆候は見えません。しばらくは大丈夫かと」
タウトラは自然や気候の変化に敏感で、雨風の動きを読むとも言われている。その特性があるからか、農耕に長けている種族として知られている。
以前ナイザが、「タウトラは鼻が効く」と言ったのも納得がいく。
ネコテコの返事を聞くが早いか、ナイザはさっさと天幕を張る用意をしだした。
驚くほど手際が良い。
あの手際の良さはサマルに受け継がれているのだろう。ふとサマルを探してみると、食材を積んだ砂馬から荷物を下ろしている最中だった。
全く親子ともどもしっかりしている。オリーもフレアも感心することしかできない。
そんなことをひとしきり考えた後で、積もった砂を払ってから、二人も昼の用意を始めることにした。




