3-9
食事を終えると、口直しにとヤギのミルクを使ったハーブティーが出された。
清涼感のある香りに反して、飲み口は温かかった。
一口飲むごとに、夕食の香辛料や脂の重みが、洗い流されるように消えていくような気がした。
その一時に微睡んでいると、今まで沈黙を守っていたナイザが静かに語り出した。
「洗礼ってのは大人として認められるためのもんだが、ただの仕来りじゃない。
生き方を決めるための大事な儀式だ……」
ナイザはゆっくりと話を続ける。
「選べる道は二つに一つ、父の名か、母の名のどちらか。
それを選び神に宣誓する。
どちらを選んでも、砂漠の民のために生きることを強いられる。
──まあ、それが悪いこととは思わんが……」
気が付けば、日が落ちて気温が下がり、肌寒さを感じてきていた。
それでも、ハーブティーのおかげで、身体の内側は温かかった。
手に持ったカップに視線を落としたまま、ナイザはポツリポツリと話した。
「受け継ぐ名は様々あるが、サマルはタシュかヤシュム。
タシュは守人として部族に残り、ヤシュムは戦士として部族を出る。
サマルの母親──デル・ヤシュム・ガシュルは、戦士になることを選んだ。
戦士は、砂漠の民を守る使命を帯びる」
そこまで話して、ナイザはカップを煽ってハーブティーを飲み干した。
「戦士として部族を出ることを選んだら、二度と戻ってくることはない。
デルはサマルを産んだ後に部族を出た……。
出れば……それきりだ」
ナイザはそれ以上話を続けることはなかった。
オリーもフレアも、語られた洗礼の内容に、返す言葉が見つからなかった。
サマルだけが、静かに、ナイザに自分の想いを伝えることができた。
「それでも、私は母さんのようになりたい」
その言葉に、一瞬サマルを見て何か言いかけたナイザだったが、それを飲み込むようにしてから、言葉を選ぶように声をかけた。
「子の幸せを願うのが、親の務めなんだ」
ただの成人の儀式だと思っていたが、砂漠の民の洗礼は、一人の人間が、自らの生きる道を定めるものだった。
成人したばかりの子にそれを突きつけるのは、随分と酷なような気がした。
そして、聖域という場所が、軽々しく足を踏み入れては行けない場所なのだと気付いた。
それでも、オリーとフレアは聖域に行き、確かめる必要があった。
放浪の魔女が、自分たちに何を託したのかを……。
「あんたらもそう思うだろう?」
不意にナイザに声をかけられ、どう答えたら良いか一瞬戸惑った。
そして、ナイザの問いに答えたのは、それまでずっと黙っていたフレアだった。
「私は自分の意思で冒険者になって、今とても幸せです。
好き勝手言わせてもらうと、何を選ぶかはサマルちゃんの自由です。
結果がどうなるかは先の話、選択した結果の責任は自分で負うべきです。
子供の幸せを願うなら、サマルちゃんの選択を見守って支援するべきです。
……と、思うのです」
オリーが目を丸くしてフレアを見つめる。
ナイザも驚いたらしく、同じようにしてフレアを見つめていた。
下手を打ったかと内心ハラハラしたが、ナイザはどこか吹っ切れたような表情を見せた。
「そいつは理想だな、現実はそう温いもんじゃない。
──だが、あんたの話を聞いていると、昔の自分を思い出しそうだ」
そう言って笑みを浮かべる。
その表情のままサマルに向き返って、静かに声をかけた。
「とりあえず、聖域へ向かうことは許す。それは、父さんも一緒に行くのが条件だ。
聖域についた時、もう一度サマルの意思を聞かせなさい」
驚いたような表情で、サマルがナイザを見つめ返した。
次の瞬間には、顔を真っ赤にして、泣いているのか喜んでいるのか、判断をつけにくい表情でナイザに抱きついていた。
「父さんありがとう!」
親子喧嘩の仲裁ができたのか、何はともあれ、オリーとフレアは、聖域への切符を手に入れることができた。




