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旅の目的を伝えるには、放浪の魔女の書状について語る必要があった。しかし、店主にそれを見せるべきか躊躇いもあった。
結局、言葉だけでは伝わらないだろうと考え、古語の詩を訳した書き写しを見せることにした。
それを受け取った店主は、詩を眺めながら首を傾げた。
「俺は学が無い。しかし、こいつは村の連中でもわからんだろうな」
読むことをあっさりと諦めた店主は、紙片を指の間に挟んでヒラヒラと踊らせる。
「こいつの意味は全くわからんが、いわくめいた場所なら高原地帯にあった気もする」
何一つ手掛かりのない旅である。店主の言う高原地帯の場所が、放浪の魔女に繋がる可能性があるのならば、それを聞き出さない理由はない。
「それはどんな場所ですか?」
フレアが前のめりに質問する。
店主はフレアの勢いにたじろぎつつ、「ほとんど知らん」と前置きしてから話を続けた。
「詳しい場所も知らんし、どんな場所かも知らん。
砂漠の遊牧民が、『聖域』と言って有り難がってる場所だ。
なんでも、奴らが洗礼を受ける場所とか言っていたな。
まあ、洗礼が何かも知らんが、旅人がおいそれと近寄って良い場所でもないだろうな」
口髭を撫でながら宙に視線を泳がす。
何かを隠していると言うわけでもなく、本当に何も知らないのだろう。
それでも、店主の話に小さな希望が見えた気がした。
「それなら遊牧民に聞けば良いのですね」
フレアの目が輝いている。
店主の話の通り、『聖域』が遊牧民が洗礼を受ける場所だとするならば、遊牧民に聞くのが早い。
となれば早速、と思ったが、外は日が暮れかかる時間になっていた。
「運良く遊牧民に会えれば、もしかすれば連れてってくれるかもな。
この辺はガシュル族っていう連中の移牧地の近くだし」
豪快に笑う店主は、遊牧民に会えるはずがないと言いたそうな顔をしていた。
その店主を横目に、オリーとフレアは翌日の行動を話し出していた。
まずは旅の支度を整える。
村にある店で揃えられるか不安はあったが、きっとなんとかなるだろう。
そのついでに遊牧民を探す。
広くはない村なのだから、遊牧民を探すこと自体難しくないだろう。
──そう高を括っていた。
注文した料理を食べ終える頃に、店主が壁に掛けられた煤けたランタンに火を灯し出した。すっかり暗くなった店内が、暖かな色に染められていく。
それを見た二人は、上階の部屋に移動して休むことにした。明日は朝早くから村を巡らなくてはならない。
そう思ってカウンターの席を立った時だった、客の一人が店主に代金を払いながら、オリーとフレアに声をかけてきた。
「砂漠には入らない方が良い……」
その客は、気付いた時にはすぐそばに居た。
近付いてきた気配を感じることがなかった。
声をかけてきてはいるが、こちらを見ている気配もない。
一見すると誰に話しかけているのか判断しかねたが、間違いなくそれは、オリーとフレアに向けられた言葉だった。
白く長いローブを羽織り、頭巾を目深に被った女性。
長い黒髪が顔を隠していて、その表情を見ることはできなかった。
大剣と大荷物を背負い、見た目はまるで冒険者だったが、羽織った外衣はまるで聖職者のようでもあった。
その女性はそれ以上何も言わず、静かに店の外へと出ていった。
店主が代金を数えながら呟いた。
「詳しくは知らんが、たまに村に顔を出す。
どんな奴なのか、村の連中も何も知らん。
まあ、関わらん方が身のためだろうな」
店主の声を背にしながら、彼女の言葉を思い返しつつ、二人は店の扉をしばらく見つめていた。




