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捕食植物討伐失敗の報告を受けた後、冒険者協会は、その依頼内容の不備を認め、掲示を直ちに取り下げた。
ネーヴァリ等四人の冒険者達には治療のための施設が提供され、治療費を含む全ての賠償金が支払われることになった。
全ては、冒険者協会の不手際に因るものであると認めた結果であった。
それでも、アルメア出身という理由だけで、ネーヴァリ達を責める声は後を絶たなかった。
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「リューネちゃん!向こうの森にウサギさんがいるらしいよ!」
少女に手を引かれて、霧霞む森の中を歩く。
「その呼び方はやめて」
三つ年下の、自分よりも背の低い銀髪の少女の後ろ姿を見ながら、彼女はどこか笑みを浮かべながら後を追う。
「えへへ、だってネーヴァリューネちゃんは、リューネちゃんだもん」
少女の屈託のない笑顔に、いつもそれを許してしまう自分がいた。
「あっ!ウサギさんが捕まってる!」
自分には、濃い霧の先にあるものが見えなかった。
けれども少女はそれを見付け、少女の衝動で行動してしまう。いつだってそうだった。
制止する言葉は、いつだって少女には届かなかった。
「危ないから待って!」
霧に吸い込まれる言葉を待たず、少女は奥へと姿を消してしまう。
手を離してしまったことを後悔し、不安と心細さに、その場に立ち尽くしてしまう。
しんと静まる森の中に、少女の悲鳴が響いた。
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「パルティア!」
自分の声で目を覚ました。
少しずつ覚める思考の中で、随分と古い記憶を夢に見たものだと自嘲する。
酷く汗をかいていた。
覚えのない寝巻きが、身体に張り付いていて気持ち悪さを覚えた。
あの夢の続きは確か、深い崖に落ちたパルティアを、自分の背丈の何倍もある木の枝を使って助け出したはずだ。
泥だらけになりながら、腕にしがみつくパルティアを慰めながら帰路についた。
帰ってから、両親にこっ酷く叱られたのを覚えている。
それを泣きながら庇うパルティアを見て、自分が彼女を守らなければならないのだと誓ったのは、きっとあの日だ。
随分と大きく背を抜かされたものだと、目を伏せてパルティアを思い浮かべる。
「目が覚めたか、ネーヴァリ」
声のする方に視線を向ける。
モルゲンが、部屋の戸を開けて入ってくるのが見えた。
ベッドから出ようとして、それをモルゲンに止められた。
「一晩は休んだほうが良い」
そう告げられて、素直にベッドに横になった。寝汗はとうに乾いていて、不快な感覚はなくなっていた。
天井に視線を向けたまま、ポツリと問いかける。
「パルティアは、他の仲間はどうなったかしら」
その問いに呆れたような表情を見せながら、モルゲンは静かに答えた。
「まずは、自分の身体の心配をしたらどう?」
そう言われて、身体の隅々に意識を回してみる。
特段痛みを感じる箇所もなく、あらゆる関節は問題なく動く。
多少怠さは感じられたが、それにしたところで不調と呼ぶには些細なことだと思った。
モルゲンを一瞥して、「私は大丈夫」とだけ告げると、問いに答えるように促した。
「仲間は無事よ。的確な判断だったわね」
誰一人として欠くことなく戻ってくることができた。モルゲンの答えに、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。
しかし、モルゲンの話の続きを聞いて、身体が強張る感覚に襲われた。
「パルティアは、完治するまで時間が必要だね……」
回復魔法によって、パルティアの外傷は火傷後も残らないほどに回復した。
捕食植物の蔓を振り払い、彼女に触れさせまいと奮闘したネーヴァリのおかげだろう。
それでも、深く吸い込んでしまった霧のせいで、身体の内部が毒に侵されるという影響を残していた。
おそらくはあの植物の胞子であり、肺の中に入り込んでいる。
パルティアの意識が回復するのは、いつになるかわからない。
そう告げられた。
モルゲンの声に集中しなければ、話の内容が頭に入ってこない。
まるで海の中に沈んでいるように、声が頭の中で反響しているように聞こえた。
「……そう」
ようやく口にできた言葉は、たったその一言だけだった。
療養さえすれば必ず治る。
モルゲンのその言葉だけが頭の中に残った。
「とにかく、今日は休んだほうが良い」
そう言われて、ネーヴァリは瞼を閉じた。
自分はパルティアを守れたのだろうか。守れなかったのではないだろうか。
その思いは静かに、深く胸に根を張った。
・・・
冒険者協会の窓口で呼び止められたのは、ネーヴァリ等を救ったからだけではないだろう。
モルゲンに声をかけた職員は、辺りを見渡してから小声で話を始めた。
「モルゲンさん、これを見てもらえますか」
そう言いながら手渡してきたのは、古い書物の写しだった。
古語で書かれた写しの内容は、モルゲンには読み解くことができなかった。しかし、そこに描かれていた挿絵には見覚えがった。
「これは、今回の討伐対象だったカラミネカブレか?」
辺りが霧で霞み、上部が見えないほどの巨木。幾本もの蔓を伸ばし、捉えられた動物は幹に縛られている。
救出時に見た姿と酷似している。
よく知っているカラミネカブレとは、似ても似つかないものだ。
「『アルダ・ウーヘフタ』--古い言葉で、放置してはならぬ木、だそうです」
職員の話を聞いて、モルゲンは調査時に感じた違和感を思い返した。
過度に整いすぎていると感じたあの違和感は、カラミネカブレが成長途中だったからなのかもしれない。
調査時に確認した時点では、あんなに巨木ではなかった。
あれを放置した結果が、アルダ・ウーヘフタなのか……。
「放置してはならぬ木……」
今回の討伐失敗という結果が、その名の意味するところにあるならば、アルダ・ウーヘフタについて詳しく知る必要がある。
写しから職員へ視線を移し、モルゲンはアルダ・ウーヘフタについて問いただした。
「残念ながら古語を訳せるものが不在で、内容については今のところ不明です。
そう呼ばれていた理由や、詳しい生態が記された文献も見つかっていません」
職員はバツが悪そうな表情で項垂れた。
自分達が行った二次調査の結果を踏まえていたとしても、今回の討伐が成功したという可能性は低い。
写しの挿絵に視線を落とし、忌々しげな表情でそれを見つめた。
しばらくその写しを見つめていたモルゲンだったが、職員に写しを返し、「ありがとう」と伝えて窓口から離れた。
そばで待っていたオーナスが、「んふ」と小首を傾げる。
「なんでもない」
そう言って笑みを浮かべるモルゲンに、遠くから話しかける時期を伺っていたのだろう、竪琴を抱えた男が近付いてきた。
「あんた、モルゲンだろう?」
少しだけ神妙な面持ちの男は、躊躇いがちに話を続けた。
「今回の捕食植物の件、詳しく聞かせてくれないだろうか」
その表情に下卑た色は見えない。
おそらく彼は、純粋な気持ちで、その話を広く伝えようとしているだけなのだ。
それが詩人の仕事であり、詩人たらしめる行いなのだ。
しかし今回の一件は、決して美談ではなく、愚者も英雄もいない、正しさを積み重ねた末に訪れた悲劇を、偶然すくい上げただけの結果でしかなかった。
モルゲンは笑みを浮かべたまま、けれども、男の目をしっかりと見据えて短く返答した。
「唄にはしてくれるな」
聖職者だからではない。
それは、モルゲンという人の優しさだった。




