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オリーもフレアも、その音と衝撃に思わず耳を塞いだ。
少し遅れて地面が揺れるような感覚に襲われ、無意識に音がした方角を振り向いた。
「ネーヴァリのいる方角だ」
モルゲンが声を漏らした。
見つめる先に、黒煙が立ち上るのが見えた。
たかだか捕食植物一体を屠るのに、大地を揺るがすような火力は必要ないはずだ。
「この先の谷地です」
オリーがネーヴァリ達のいる場所を知らせる。
二次調査で一度は行ったことがある場所だったが、討伐地点までは、走ったところで数十分はかかるだろう。
例え難い焦燥感が襲ってくる。
声も無く頷いたモルゲンは、手に持った戦棍の柄を力強く握りしめていた。
考えていることはその表情から手に取るようにわかった。けれども、何かがモルゲンの決断を鈍らせている。
それが何かは知る由もなかったが、躊躇っている時間は無いということだけはわかった。
モルゲンの口から指示が出されるのを待つべきなのだろう。
そうは思ったが、オリーはフレアに視線を送り、互いに顔を見合わせて静かに頷き合った。
オリーが魔法書を開いて目を閉じる。
パラパラとページをめくると、魔法書から淡い緑色の光が溢れ出した。
魔法書が煌々と輝き出したところで、右手を宙にかざす。
「フロート!」
光が四人を包み込み、体に吸い込まれるようにチカチカと瞬きながら消える。
それを見届けた瞬間、誰の合図を待つこともなく、フレアが谷地の方角に駆け出した。
「フレイア!」
モルゲンが声を上げた時には、オリーも走り出していた。
何もなければそれで良い。
今はただ、胸中に巣くうこの焦燥感の原因を取り除くことが先決だった。
走り出したオリーとフレアの背中を見ていたモルゲンも、それ以上は何も言わずに後を追った。
息が上がるのも構わずに走り切ったその先で、一行を待っていたのは霧深い谷地だった。
・・・
ネーヴァリがパルティアを救おうとしている。
霧の中から魔術士を抱えて這うように出てきた詩人は、悲痛な表情でそう告げた。
魔術士は卒倒しているようだったが、軽い火傷程度で命に別状はなさそうだった。
詩人の意識ははっきりとしており、一見問題は無さそうに見えたが、頭部からの出血によって片目の視界は完全に塞がれていた。
その二人は、モルゲンの回復魔法で即座に応急処置が施された。
少し休めば魔術士は目が覚めるだろう。詩人の傷も、それ自体はすでに塞がっている。それでも、二人がネーヴァリとパルティアの救出に向かえる状態には見えなかった。
「救援の要請を指示された、助けてほしい」
詩人は立ち上がって、霧の奥に視線を向けた。
無論、そのためにここまで走ってきたと言っても間違いではなかった。
けれども、立ち込める霧は行手を完全に閉ざし、中の様子を伺うことなどできなかった。
「リーダーが毒だと言っていた。爆発の後で以前より濃くなった」
ただの霧に見えて、捕食植物が噴出した毒なのだと理解した。
霧の中に入れば、おそらくは回復も間に合わずに毒に侵されるだろう。
この毒によってどういった症状が出るのかはわからないが、安易に中へ踏み入れるのは危険すぎた。
「耐毒の詩を入れる」
詩人はそう言ってライアーを手に取ると、短い旋律を奏で始めた。
周りに青い光が広がり、皆を包み込んだ後で淡く消えた。
彼もまた、ネーヴァリとパルティアの救出に向かおうとしているのだ。
手傷を負ってなお、仲間を助けようとする想いに、ネーヴァリの人を見る目は確かなものだと感じた。
詩人のその様子を見ていたモルゲンは、静かに詩人を見つめながら声をかけた。
「彼を頼む」
そう言って視線を魔術士に向ける。
その視線を追って、詩人も魔術士の姿を捉える。命に別状はないといえ、この場所は街の中ではなく、日中といえども、翠緑の森の近くだった。
いつ何時、何と出会すかわからない場所だ。
モルゲンに気押されたわけでもなく、自分と魔術士の状況を見て判断したのだろう。
詩人は、「頼む」と言って魔術士のそばに腰を下ろした。
その言葉に頷いた後で、モルゲンは霧深い谷地の奥を睨んだ。
耐毒の詩の効果があったとしても、霧の中へ突入するのは覚悟がいった。
全員を無事に奥まで送り届け、そこから二人を救い出す手立てなどあるだろうか。
大前提として、仲間を守り抜くことが重要だった。
それならば、自分とオーナスの二人だけで救出に向かうべきだろう……。
モルゲンが逡巡している後ろで、オリーとフレアが話している声が聞こえてきた。
「フレア、この霧吹き飛ばせないかな?」
何か突拍子もないことを話し合っている。
振り返って見たフレアは、少しだけ頭を傾げて考えた後で、ニコリと笑ってオリーに頷いていた。
「多分、問題ないです」
言うが早いか、フレアは杖を霧に向けて突き出し意識を集中し始めた。
それを見たオリーが、モルゲンとオーナスに向かって、自分に近付くように声を掛けた。
「少し寄ってください。
それと、離れないでください」
オリーとフレアが何の話をしているのか、モルゲンは思考が追いつかないでいた。
それでもオリーの言葉通りに傍に寄ると、オリーが魔法書を開いてページをめくり出した。
この場所へ来る前にも、見たこともない魔法を掛けられた。
あの魔法の効果がどういったものなのかはわからない。けれども、おそらくはあの魔法のおかげで、随分と早くこの場所に辿り着くことができたのだろう。
「風を纏いますね」
今もまた、オリーが不思議なことを言い出した。
緑色の光が浮かび上がる。
四人を取り囲むように光が広がった後で、突如として旋風が吹き出した。
竜巻の中央にいるかのように、四人の周りを壁になるように風が舞う。それはまるで、四人を霧から守る盾のように見えた。
「上手くいった」
オリーがポツリと呟いたのとほぼ同時に、フレアの魔法が発動した。
谷地の奥へと向かって、一直線に突風が吹き抜ける。
立ち込めていた霧が線を引いて割ったように視界が開ける。左右の両端が円を描くように渦巻いている。
「もう少し広げないとダメですね」
言いながら首を傾げるフレアを、モルゲンはただ茫然と見つめていた。
やはり、冒険者ランクなど何の標にもならないのだ。そんな取り留めもないことを思い浮かべていたモルゲンに、オリーが声を掛けた。
「急ぎましょう」




