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朝早くに蒼い海月亭を出て、モルゲンらと冒険者協会で落ちあったのは、まだ午前中の早い時間だった。
協会の中は以前と変わりないように見えたが、明らかな違いを見て取ることができた。
ここ最近、アルメアの冒険者達は朝早くに依頼を受け、夜遅くに報告に戻ってきている。日中の人が多くなる時間を避けているのだ。
言われのない疑いをかけられ、無駄に衝突することを避けるための苦肉の策だろう。
この日もアルメアの冒険者達は、早々に依頼を受けて協会の外へと出掛けていった。
「良さそうな依頼はほとんど持っていかれたね」
モルゲンが依頼掲示板を眺めながら話しかけてくる。
モルゲンの言う通り、身入りの良い依頼や、短期で割の良い依頼は、そのほとんどが受注済みとなっていた。
少しでも良い依頼を受けよう思い、早起きしてきたものの、もっと早く来なければならないようだった。
そんなことを考えるオリーの横で、「むぅ」と言いながらフレアが掲示板を睨みつける。
冒険者家業は、基本的に依頼をこなさなければ報酬を得ることがない。
未受注の依頼の中から、少しでも報酬が高く、楽にこなせるものを探さなくてはならなかった。
フレアに負けじと、掲示板に張り出された依頼書の物色を始めると、不意にフレアが声を上げた。
「これって、この間みんなで調査に行った木の討伐依頼ですね」
フレアが見つめる依頼書に視線を移す。
『捕食植物討伐依頼』と書かれた依頼書は、すでに受注済みとなっていた。
ランク5以上推奨。
調査を行なった時点では、低ランク冒険者でも討伐できそうな気はしたが、依頼主である冒険者協会の間違いか何かかと、じっくりとその内容に目を通した。
一緒にその内容を見ていたモルゲンが、「ん?」と言いながら依頼書を手に取る。
「あたしらの調査結果が入っていないね」
覗き込むように見た依頼書の内容は、一次調査の報告を元にしたものだと判断できた。
火属性に対して明確な弱点反応。
単体生息で活動範囲は局地的。
二次調査の結果が一次調査の報告と齟齬が無かったゆえに、冒険者協会が敢えて反映させていないのかと判断しそうになる。
そう思った矢先に、モルゲンが依頼書を持って窓口へと向かった。
「ちょっと確認してくる」
その後ろ姿を見送った後で、オリーとフレアはまた掲示板に目を戻し、割のいい依頼を探す作業に戻った。
ヴェルドラインの迷い猫探し。
未浄化屋敷の後片付け。
海洋生物の粘体標本採取。
古竜調査、などなど。
残っている依頼はどれも一筋縄ではいかなそうな代物ばかりだった。
オリーとフレアは顔を見合わせ、お互いに首を捻ってどうしたものかと思案する。
「ランク4以上推奨だけど、この素材調達くらいしかないね」
一枚の依頼書を二人で見つめる。背に腹は変えられないのだった。
その依頼書をまじまじと見つめていると、窓口から戻ってきたモルゲンが、先程の捕食植物討伐依頼の内容について、職員から聞いた話を教えてくれた。
「先日の監獄襲撃の影響で、あたしらの報告が精査されてなかったみたいだね」
詰まるところ、掲示された討伐依頼は、一次調査の報告に依るもの、ということになる。
そうはいったところで、二次調査の結果は一次調査と変わったところもなく、特段問題があるとも思えなかった。
その考えが表情に出ていたのか、モルゲンは笑みは浮かべて見せたが、その後で神妙な口ぶりで独り言をこぼした。
「あたしの感じた違和感が、ただの取り越し苦労なら良いんだけどね」
次第に不安に駆られるような表情に変わるモルゲンに、フレアが一枚の依頼書を見せながら提案した。
「この素材調達なら、討伐依頼の近くですよ」
先程二人で見ていた、ランク4以上推奨の素材調達依頼だった。
周辺に生息する猪の肉を調達するくらいであれば、短時間で済ませることができるだろう。
モルゲンとオーナスがいれば、たとえランク4以上推奨だとしても問題はないはずだ。
二人に依存してしまうようで心苦しかったが、それよりも何よりも、モルゲンの不安を払拭するには、近場で依頼をこなし、帰りしなに討伐現場に立ち寄るのが一番だと考えた。
「帰りに見に行ける距離ですね」
オリーの言葉がモルゲンの背を押す。
モルゲンは表情を和らげて、「ありがとう」と言って二人の頭を撫でた。
少しだけバツが悪そうに舌を出すと、フレアから依頼書を受け取り、窓口で受注の手続きを済ませた。
冒険者協会を出たのは、まだ午前中の日が静謐な透明感を降り注ぐ時間だった。
・・・
「オーナス!そっちだ!」
色白の巨体が軽快に疾走し、迫り来る猪の前に立ちはだかる。
ドン、という鈍い衝突音が聞こえた後で、「はぁん」という場違いな声が聞こえてくる。
「そのまま抑え込め」
モルゲンの的確な指示が飛ぶ。
太い両腕でがっしりと抑えられた猪は、なおも前進しようと四肢をバタつかせていた。
「オリビア!足止めを!」
魔力を集中して用意していた足止め魔法を発動する。
静かに、けれども素早く地を這う蔓が猪の足に絡みつく。もがくほどに、蔓は猪の身体を絡め取っていく。
完全に動きが止まった猪を確認すると、オーナスは後方に一歩、跳ねるように退いた。
猪の全身があらわになる。
「フレイア!」
その声に反応して、フレアが幾本もの風刃を飛ばした。
ヒュンヒュンという風切り音が猪に向かっていく。
そして、猪は断末魔を上げる間もなく力尽きた。
チラリと視線を向けたモルゲンは、すでにオーナスに回復魔法をかけていた。
フレアの魔法がトドメを刺すことを確信していたのだろう。
おそらく、ランク3の二人に実践経験を積ませるために、あえて回りくどいやり方をとっているのだ。
「良い動きだったよ」
オーナスの回復を終えたモルゲンが、オリーとフレアの肩に手を置きながら声をかける。
見上げるモルゲンの顔には、笑みが浮かんでいた。
その笑顔の見つめる先で、オーナスは意気揚々と猪から依頼の肉を剥いでいた。
モルゲンとオーナスの二人きりならば、足止めもトドメも、もっと簡単に済ませているはずだ。
そう思えるほどに、モルゲンとオーナスには深い信頼関係を感じた。
黙々と肉を剥ぐオーナスを眺めながら、今回の依頼の報告に思いを馳せていると、不意にフレアがモルゲンに質問を投げかけた。
「おナスは、女神に見捨てられたのですか?」
唐突な問いに目を丸くしてフレアを見つめるモルゲンに、フレアはニコニコとして笑顔を返した。
昔、同じような質問をアウギュリエスにしていたなと思いつつ、モルゲンが何と答えるのか興味を惹かれた。
しばらく質問の意味を考えていたようだったが、その意図に気が付いたのか、「ぷっ」と吹き出して笑いながら答えた。
「あたしも、オーナスが魔法を使っているところは見たことがないね」
頭髪が無いからといって、女神が見捨てたことにはならない。アウギュリエスはそんなようなことを言っていた気がする。
フレアの質問が余程面白かったのか、声を上げて笑うモルゲンに気付いたオーナスが、こちらに振り返って、「んふ」と言いながらもじもじとしている。
「オーナスは攻撃を喰らうたびに強くなる。回復職にとってこれほど心強い相棒はいない。
……実はオーナスは、巨人の末裔なんだ……なんてな」
そう言ってから、「なぁ」とオーナスに呼びかけると、オーナスはそれに答えるかのように、「はぁん」と声を上げた。
会話が成立しているのか甚だ疑問ではあったが、やはりこの二人は、強い信頼で結ばれているのだと感じた。




