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王都は朝から騒がしかった。
それが、昨夜の警鐘騒ぎが原因であることはすぐに理解できた。
その日は休日ということもあり、オリーとフレアは少し遅めに食堂へと降りた。
すでに客が入っている店内は、満席ではなかったが、騒々しさは相変わらずの状態だった。
「お嬢さん、オリビアさん」
二人の姿を見付けたヨウが、いつもの場所を空けていると言って、中二階の席へ通してくれた。
「アルメアの冒険者らしいな」
席に着くや否や、聞こえてくるのは昨夜の騒ぎの話だった。
「偽英雄の暗殺に失敗したらしいぞ」
朝から物騒な話だと思いながらも、その言葉だけで事件の全容を理解することができた。
「まったく余計なことをしでかしてくれたもんだ」
おそらく声の主もアルメア出身なのだろう。語気が荒く感じられるのは、もはや体面を取り繕っている余裕もないのだと察せられた。
失墜した英雄だけでなく、他国の監獄に押し入ろうとしたとなれば、その影響は冒険者だけに留まる話ではない。
詰まるところ、そういうことだ。
二人は運ばれてきた朝食を早めに片付けて、冒険者協会へ向かうことにした。
・
騒々しい街の様子とは異なり、冒険者協会の中は整然としていた。
冒険者達は、アルメアの冒険者を避けるように距離を取っていた。
アルメアの冒険者が依頼掲示板に近付けば、まるで小石を投げ込んだ湖の波紋のように人が捌けていく。
腫れ物に触るような態度は、アルメアの冒険者達の気持ちを逆撫でするのに十分だった。
あからさまな態度に業を煮やした者が、「俺たちは関係ねぇ!」と叫ぶ気持ちもわからなくはなかった。
それが余計に壁を作っていたとしても、やり場のない鬱憤を晴らすには、今この場所しかなかったのだ。
「まあまあ、一旦落ち着きなよ」
その中にあっても、モルゲンだけは彼等に寄り添うように、距離を取るでもなく、今まで通りに接していた。
モルゲンに諌められて少しは落ち着いたのか、「悪い」とだけ言い残して、大声の主は冒険者協会を後にした。
「あんたらも、アルメアの冒険者だからって一緒くたにするんじゃないよ」
そう告げるモルゲンの表情は、今まで見たこともない厳しいものだった。それでも、周りの冒険者には響くところがなかったのか、反応はまるで良くなかった。
「……ダナグの冒険者が言ってもな」
ボソリと聞こえてくる言葉は、諦観とも悪態とも取れる言葉だった。
オーナスが傍にいなければ、標的はモルゲンに変わっていたかもしれない。
事態は、ユースガリアとアルメアの間に深い溝を刻んでいた。
たった一つの事件が招いた最悪の状況に、オリーもフレアもどうにもしようがなかった。
原因はキエロス一味にあって、同郷だからといって彼等を責め立てる理由は一つもない。
しかし、状況は原因から波及して広がり、それに染まるのは人の感情だった。
真に恐ろしいのは、人の心なのだと胸が締め付けられる。
「えへへ、ぼくたち嫌われてるね。リーダー、どうしよっか?」
モルゲンの叱責によって、落ち着きを取り戻したように見えた協会内で、アルメアの冒険者が話し合う声が聞こえた。
水色の縦巻きおさげ、ネーヴァリの一行だった。
「とりあえずここを出ましょう。パルティア、行くわよ」
彼女らも居心地の悪さを感じているのだ。
振り返ることもなく、冒険者協会から早々に出ていった。
・
しばらくして、いつもの喧騒が戻った協会で、オリーとフレアはモルゲンと話をしていた。
「あたしが言っても仕方がないことなのは承知しているさ」
乾いた笑いを見せるモルゲンが居た堪れなかった。
自分の言葉が届かないとわかっていても、言わずにはいられなかったのだろう。普段からは想像ができないほどに、明らかに弱っているように見えるモルゲンに、かける言葉が出てこなかった。
「冒険者はランクが全てじゃないが、周りはランクで判断する。
ランク10はその国の英雄だ。
英雄の行動は、その国の意思と取られても仕方がない」
静かに言葉を繋げるモルゲンは、もじもじとしているオーナスを見つめていた。
「故郷を失うところなど、見せたくはないものだな」
思うところがあってダナグを出たという彼女に、その言葉から何か深い理由があるのだと、勘繰ってしまいそうになる。
モルゲンは少しぎこちない笑顔を見せながら、静かに席を立った。
「悪いが、今日は二人で行動してくれ」
残されたオリーとフレアは、喧騒の中にありながらも、深い静寂の中にいるような感覚を味わった。
・・・
監獄襲撃未遂事件から数日が過ぎた。
「他国のかつての英雄といえど、罪人を擁護する法は我が王国には無い。
罰を受けるのはかつての英雄であり、アルメアの民は、我が王国下で庇護に値する」
ユースガリア王のその言葉によって、事態は沈静化が図られた。
街は事件の余韻から冷め、普段と変わらない落ち着きを取り戻したかのように見えた。
王の勅命によって、アルメア王国出身者には被保護資格が認められ、保護を申請したものには腕章が与えられた。
それ自体は聞こえの良いものではあったが、腕章はその目的とは裏腹に、自らを標的であると示す目印となってしまっていた。
無論、アルメア王国出身者を迫害した者は、その者がどの国の出身者であったとしても、王国内で行われた蛮事として、ユースガリア王国の法によって裁かれた。
しかし、ただの『見せしめ』と受け取られ、期待されたほどの効果もなく、時を待たずして、アルメア保護腕章は路傍の石となっていた。
治安維持のために増波された神殿騎士団による巡回警備も、見る者によっては無言の圧力による抑制に捉えられ、街が落ち着いたように見えるのは建前であり、実際のところは黙らされているという見方の方が強かった。
無益な衝突を避けるために摂られた政策は、完全に裏目に出ることとなった。
・・・
夕陽が差し込む王立図書館の窓際で、オリーは古書を眺めていた。
読み解く手がかりも無いまま、無意識にページをめくる。
「街が静かになりましたね」
オリーに話しかけてきたのは、王立図書館の司書だった。
長く明るい茶髪を、後ろで編み込んで括っている。
きっちりと着こなした制服から、生真面目な性格なのだろうと察することができた。
眼鏡越しに覗き込んでくる司書の視線は、オリーが手に取っている古書に注がれていた。
「通りは騎士が多くて物々しいですけどね」
古書から視線を外し、司書と目を合わせて返事をする。
オリーの言葉に手を口に当てて、「まぁ」と大袈裟に驚いてみせる司書は、ロウエルという名だった。
イリーナは相変わらずオリーの傍から離れず、本を読むでもなく、時折り辺りに鋭い視線を走らせていた。
「オリビア様、こちらの本は今朝入ったばかりですけれど、お読みになられますか?」
そう言いながら、ロウエルは古びた本を手渡してきた。
侯爵令嬢という身分を隠しているわけではなかったが、自分から言い降らすようなこともしていなかった。
どこからか聞きつけたのだろう、ロウエルは来館した当初から、一貫して口調が変わることはなかった。
気さくに話して欲しいという願いは聞き入れられず、イリーナよりも頑固なのか、直す気は全くないらしい。
「ありがとうございます」
本を受け取り、さっと目を通す。
古い文字で書かれた本は、何一つ読むことが出来なかった。
是非とも読み込んでみたいものだったが、それには文字を覚える必要がある。
「まだ検閲もしておりませんので、お読みになるのであれば今の内でございます」
チラリと覗いたロウエルには、邪気のない笑顔が浮かんでいた。
小声で言ってくるということは、おそらく本当に検閲前の書物なのだろう。
「文字を覚えるまで、検閲に出さないでおいてください」
オリーは軽い冗談を言って、ロウエルに笑って見せた。




