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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
54/69

2-29

多層大橋、橋都、ヴェルドライン、様々な呼び方をされる大陸と王都島の架け橋は、アウリスフレランスの人口の半分近くを抱えており、その日も大勢の人で溢れかえっていた。

三層からなる巨大な建造物は、はるか昔、転移の塔と同じ時代に巨人によって架橋されたと言われている。

現在の姿が当時の姿だったかどうかは知られていないが、そうだとしたところで、土台部分だけでも恐ろしく広大なものだった。


一行が選んだのは、このヴェルドラインの上層に住む貴族から依頼された、落とし物の回収作業だった。

昇降台から屋敷に運ぶ際、風に煽られた荷物が上層と中層の間にある、小さな足場に落ちたらしい。

足場まで降りようにもその手段がなく、どうにか足場まで辿り着いたとしても、人が立てるほどの広さもないという話であった。

体力自慢が橋柱を登るか降りるかするか、あるいは魔法によって、再度荷物を吹き飛ばすかするしかない。回収は困難を極める依頼だと判断した。


「さて、どうしたものかね」


上層から荷物を見下ろしながらモルゲンが独り言を呟いた。

幸い荷物はさほど大きくなく、手にすることさえできれば、回収自体は容易であると思われた。


「どうやってあそこまで行くか、ですね」


フレアが顎に手を当てて神妙な表情をして呟く。その表情が少しニヤけて見えるのは、何か策があるのを隠しているからだろう。

オリーはフレアの背中をちょんと突いて耳打ちした。


「何か考えがあるの?」


その問いに、神妙な表情が一瞬で崩れたかと思うと、オーナスを見ながら声高に答えた。


「おナスに吊ってもらうのです!」


言っている意味がわからず、フレアの顔を覗き込む。

モルゲンも頭を傾げてフレアを見返していたが、当のオーナスは「はぁん」と言って、フレアの考えを察知したらしかった。


「長いロープでオリーを吊るして欲しいのです。

 おナスが荷物のところまでオリーを下ろして、荷物を回収したら引っ張り上げる」


自慢げに腰に手を当てて踏ん反り返る。

突拍子もない提案にモルゲンが吹き出した。

半ば吊るされることが確定しそうなオリーが、即座に吊るされるのはフレアだと訂正する。


「オリビアでもフレイアでも、オーナスなら余裕だろうね」


口に手を当てて笑いを堪えながら、モルゲンもフレアの提案に賛成のようだった。

とはいえ、吊るすにしたところで、大人の背丈の何倍もある高さに届くロープなど持ち合わせていない。

他に代案はないかと考え始めたところで、フレアがまたも突拍子も無いことを言い出した。


「足止め魔法の蔓ならたくさん伸びるのです」


どうしても吊るされたいらしい。

オリーは呆れながらも、確かに蔓なら丈夫であることと、魔力次第でいくらでも伸ばせるということに気が付いてしまった。


「それなら、やっぱり吊るされるのはフレアだね」


オリーの一言に、ハッとした表情でフレアが固まる。

この手の魔法はオリーの得意分野だ、そのことにフレアも気が付いたのだった。



蔓に絡め取られ、オーナスに支えられながらゆっくりと降ろされるフレアは、直前までは不満そうな顔をしていた。

しかしいざ吊るされると、満面の笑顔でキャッキャとして自ら揺れるように動いていた。


「危ないから大人しくしなさい」


しばらくはモルゲンの注意などお構いなしだったが、頭に血が登ってきて気分が悪くなったのか、荷物に手が届く頃には遠目から見てもぐったりしているように見えた。

引き上げられたフレアは、「ぐぇえ」と青ざめた顔をしていたが、すぐにモルゲンの回復魔法によって元気を取り戻していた。


「二人ともよく頑張ったね」


笑みを浮かべながら、モルゲンがオリーとフレアの頭を撫でる。

居心地良さそうに目を細めるオリーとフレアを、オーナスはもじもじとしながら眺めた。


「二人のおかげであっさり終わったし、少し早いけど下で何か食べて行こうか」


モルゲンの提案に元気よく返事をして、遠くに見える小庭園や展望テラスを眺めながら、下層へ降りる昇降台へ向かった。


上層は貴族や富裕層の住居が連なる層であり、今回のような依頼でもない限り、冒険者がおいそれと立ち入ることができる場所ではなかった。

ここへ立ち入るには、本来は特権階級の証書がなければ立ち入れない。

さらに、立ち並ぶ高級商店街も宿も、レストランも、一介の冒険者には縁のない金額ばかりなのだった。



下層へ降りたところで、上層とは異なる雰囲気に飲み込まれる。

行き交う馬車の波、馬車道を挟むように建ち並ぶ商店や市場や露天と、そこから掛けられる呼び込みの声。

この場所が橋の上だということを一瞬忘れてしまいそうになる。

人の往来が最も激しい通行帯を横目に、香ばしい匂いを漂わせる露天に引き寄せられる。

山の幸と銘打った大きな肉と香味野菜を通した串と、海の幸と銘打った魚介を通した串が売られていた。

一本でも食事として十分なほどの串を購入し、橋の南端へ移動して海を眺めながらそれを口にした。


「炭焼きとは、店主はわかっているね」


モルゲンが串焼きを宙に翳しながら呟く。

炭で焼かれた少し焦げた肉の匂いと、香味野菜の匂いが食欲をそそる。

無言で串焼きに齧り付くフレアとオーナスは、あっという間に一本を平らげると、まだ足りなかったのか、もう一本購入しに露天へと引き返していた。

何とも微笑ましい後ろ姿だった。

その姿を見送った後で、モルゲンがふと話を始めた。


「色々思うところがあって、オーナスを連れてユースガリアまで来てみたけど、ここは思っていた以上に良い所だね」


遠くに見える転移の塔を眺め、そこから視線を外すことなく呟く。

冒険者は皆自由だ。

所属する国はあれど、その活動拠点は自分で選ぶことができる。

モルゲンの言う『思うところ』というのが何であるか、気にならないと言えば嘘になるが、深追いするものではないだろうと思い、黙ってモルゲンの話に耳を傾けた。


「しばらくはここに留まるつもりなんだが、良ければその間、一緒に行動しないか?」


そう言ってオリーに振り返り、優しい笑みを浮かべた。

突然の誘いに目を丸くするオリーだったが、オーナスはともかく、モルゲンは信用に値する人物だと思えた。

しかしそれは、オリー一人で決めることではなく、フレアの意見も聞く必要がある。


「私は学園があるので毎日とはいきませんけど、フレアが良いというなら」


その答えに、モルゲンは「そうだね」と言って、露天のある方に振り返った。

そこには、フレアとオーナスが串焼きを持って戻ってくる姿が見えた。なんとも間の良い二人だと思えた。


戻ってきたフレアにモルゲンの提案の話をすると、二つ返事で誘いに乗ることを承諾した。

勝手のわからない街で冒険者を務めるには、人数が多いに越したことはないのだろう。わからないもの同士でも、互いに支え合えば何とかなることも多いかもしれない。


「改めて、あたしはモルゲンで、こっちはオーナス。

 ダナグ出身のランク6冒険者だ。よろしくな!オリビア、フレイア」


一時的とは言え新しく仲間が増えたことで、王都での冒険者活動に明るい兆しが差したような気がした。


「ちなみに、モルゲンはこの武器『モルゲンシュテルン』からきている通称だ。

 呼び捨てにしてもらって構わないよ」


そう言って笑いながら、棘付きの戦棍を軽く振って見せるモルゲンは、やはり僧侶なのか戦士なのか戸惑ってしまう。

それを横目に二本目の串焼きも食べ終えたフレアとオーナスと一緒に、依頼完了の報告をするべく、王都島へ向けて歩き出した。


・・・


ヴェルドラインの中央門からゆっくり歩き、丁度喉が渇き始めた頃に、王都島の入り口である要塞門に辿り着いた。

振り返って見て、今一度この巨大な多層大橋の異物感に感心させられる。ただ眺めただけでは、この場所が橋の上だとは想像できないだろう。

一直線に敷かれた道を基軸とした、一つの街でしかない。


門衛に冒険者証を見せ、要塞門を潜る。

しばらく石畳の道を歩き、冒険者協会が見えるところまで来て、その手前の武具店の前に佇む縦巻きおさげこと、ネーヴァリの姿を見付けた。

武具店で飼っている子犬を遠くから眺めている様子が、他の冒険者が言うような「無愛想でぶっきらぼう」な感じには見えなかった。

子犬をじっと見つめ、ジリジリと間合いを詰めていく。まるで決闘でもしているような様子に、こちらも思わず息を呑んでしまう。

半瞬して、子犬はネーヴァリに向かって激しく吠え出した。

傍で一人と一匹のやりとりを見ていた長身の斥候が、口と腹を抑えて笑い出すのが見えた。

心なしか肩を落としているようにも見えるネーヴァリを、斥候が慰めるような仕草をしている。

遠目から見ると、それは仲の良い姉妹のようにも見えた。


「ネーヴァリは、存外悪い子じゃないんだ。感情が抜けているんだよな」


彼女らの様子を一緒に眺めていたモルゲンが呟く。

感情が抜けていると言う言葉が、どこかしっくりとくるような気がした。


歩を進めて、ネーヴァリがいる場所まで辿り着く。

相変わらずきつい目付きで、子犬を睨みつけるように見ているネーヴァリに、フレアが突然声をかけた。


「ん〜、どりる!」


声を掛けられた方は勿論のこと、掛けた側も、困惑した表情でフレアを見つめる。

フレアは笑みを浮かべたままネーヴァリを見ていた。


「どりる……って何?」


思わずオリーがフレアに問いかける。


「なんとなく、縦巻きおさげって『どりる』って語感です」


言いながら、ネーヴァリの頭の両側に揺れる縦巻きのおさげを見つめる。

その様子を見ていたネーヴァリが、自分のおさげを手に取って何かしら考え込んだ。

まるで、フレアとネーヴァリしかいない世界に迷い込んだような、しんと静まり返った空気が流れる。

しばらくして、ネーヴァリの中で何か答えが出たのか、腑に落ちたような表情で、フレアを見つめながらゆっくりと口を開いた。


「どりる……、どりるね」


つい朝方、不躾な言葉を投げかけてきた相手だとわかっているのか、フレアは終始ニコニコと笑顔を絶やさない。


「あなた達は今朝の冒険者ね。好きに呼んだら良いわ」


そう言うと、ネーヴァリはヴェルドラインの方へ歩いて行った。

一瞬笑ったように見えたのは、気のせいかもしれない。


それから、冒険者協会で依頼完了の報告を行い、モルゲン達と別れて、蒼い海月亭に着いたのは日が傾き始めた頃だった。

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