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翌朝、乗合馬車に乗って、オリーとフレアはユースガリア王国の冒険者協会へと赴いた。
アウリスフレランスのそれとは、その規模も大きさも明らかに異なっていた。
白石で建てられた堅牢な造りの冒険者協会の入り口には、女神レイアを象ったユースガリア王国旗と、剣と杖を基調とした冒険者協会の紋章が掲げられていた。
それはアウリスフレランスと同じものではあったが、入り口の広さは倍以上に広かった。
開け広げられた入り口を通り、広いロビーに足を踏み入れる。
広いロビーは、日が登り始めたばかりだというのに、その広さを感じさせないほどに人で埋め尽くされていた。
二人は冒険者達の数に圧倒され、ロビーの入り口で立ち止まってしまった。
呆然とする二人の背後から、冷たい声がかかった。
「邪魔よ」
振り返るとそこには、二人よりも背の低い、水色の髪を頭の両側で縦巻きおさげにした女性が立っていた。
彼女は、きつい目付きで二人を睨みつけていた。
背の低さを感じさせない威圧感に、思わずたじろぎそうになる。
「低ランクは壁際を歩きなさい」
なんとも理不尽な口ぶりが、フレアの癇に触ったらしい。
ムッとした顔をして何かを言い返そうとした瞬間、フレアの肩に誰かが手を置いた。
腰までありそうな長い黒髪を揺らして、一瞬フレアに微笑みかける。その後で縦巻きおさげに向き直ると、優しい声色で彼女に話しかけた。
「連れが失礼したね」
そう言われて、縦巻きおさげは黒髪の女性を一瞥した後で、何も言わずに協会の奥へ歩いていった。
その後を、仲間らしき三人がついていく。
長槍を背負った縦巻きおさげがリーダーなのだろう。戦士、斥候、魔術士、詩人。
よく手入れされた武具や防具からは、彼女達の力量を測ることは難しかったが、あの口ぶりからすれば、おそらくは高ランク冒険者なのだろう。
そんなことを考えながら、ムッとしたままのフレアをなだめていると、先ほどの黒髪の女性が話しかけて来た。
「ランクが全てじゃないが、ランクで判断する奴もいる。
ランクが上がったところで、そいつの格が上がるわけでもないのにな」
そう言って、彼女は笑いながらその場を去っていった。
あれが大人の対応というものなのかと感心する。
黒髪の女性の言葉に何やら納得いったのか、フレアは「そうなのです」と言いながら何度も頷いていた。
とはいえ、やはりどこか腑に落ちていないのか、護衛任務完了の報告の間も、フレアは少しムッとした表情を見せることがあった。
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報告を終え、依頼完了の報酬を受け取ったところで、結構な額の報酬がアウギュリエスから支払われていることを考えて、少し気が引ける思いだった。
護衛されたのは明らかに自分達なのだ。
ともあれ、無事に報告を終えた二人は、窓口の職員から協会の施設について簡単に説明を受けた。
施設のほとんどはアウリスフレランスの冒険者協会と同じものではあったが、王都の冒険者協会にしかない、競売という施設に二人は大きく興味を惹かれた。
六王国の各王都の冒険者協会で行われる競売という仕組みは、その名の通り、冒険者が各地で手に入れた武具や防具、あらゆる道具を競りにかけるというものだった。
説明を聞いたフレアが、ヴォアスタッフを出品すれば良かったと嘆いていたが、あんな禍々しい物を世に出すわけにはいかない。
ネルヴの姉妹に託して良かったと、胸を撫で下ろした。
「奥の窓口にいるネルヴの男性は、職員の間で『競売の妖精』と呼んでいるんだ」
そう言われて奥の競売窓口を見ると、長い黒髪のネルヴが、じっとして品定めをしている様子が見えた。
彼はいつもあの場所にいるらしい。
他の冒険者も気を遣っているのか、あの窓口だけは常に空いているらしかった。
「依頼を受けているところを見たことがないんだよね」
職員はそういって笑っていた。
きっと、掘り出し物が出品されるのを、虎視眈々と狙っているに違いない。
一通り説明を聞いた後で、二人は依頼掲示板へと足を運んだ。
王都に持ち込まれる依頼を把握することと、可能であれば、簡単な依頼を一つ受けるつもりでいた。
ざっと目を通しただけでも、アウリスフレランスに持ち込まれる依頼の数とは、大きな差があった。
種類も豊富であり、対象のランクも低ランクから高ランクまで揃っていて、依頼に溢れることはないだろうと思えた。
「何か簡単なものはないですかね。近場で御使いでもいいです」
フレアは早速張り出されている依頼書を吟味しだした。
オリーもフレアを横目に、簡単で割りの良い依頼がないか確認を始めた。
そんな折り、ふと受付窓口から外に向かう縦巻きおさげの一行が目に入った。
何かしら依頼を受けて出発するのか、先ほどと変わらず無愛想な顔つきで、三人の仲間を引き連れて歩いていく。
「相変わらずネーヴァリは怖い顔してるな」
あの縦巻きおさげのことを言っているのだろう、近くの冒険者の話す声が聞こえてきた。
「華奢で見た目は良いのに、無愛想な上にぶっきらぼうだからな」
「力押しで口説きにいくと漏れなく玉砕するらしい。あの見た目で力が強いとか反則かよ」
笑いながら話す内容から、ネーヴァリという女戦士の為人が見えてくる。他者から見れば、彼女は普段からそういう感じの人なのだろう。
「ネーヴァリよりも、一緒にいるパルティアちゃんのが断然良いだろ。タレ目だし」
「いつもニコニコしてて癒されるよな、長身で身体付きも文句無い」
いつの間にか長身の斥候に話題が変わっている。その上、下世話な内容に辟易してきて、それ以上聞くのはよした。
気を取り直して、改めて依頼掲示板に集中しようとしたところで、不意に背後から話しかける声が聞こえた。
「さっきは余計なことをしたかな?」
その声に振り返る。
縦巻きおさげの不躾な言葉に、フレアが応戦しようとしたところを、さらりと収めてくれた黒髪の女性だった。
黒い僧侶服に、薄茶色のターンケープを羽織っている。
落ち着いた雰囲気と、その肢体が描く柔らかな曲線から察するに、ニック達よりも年齢は上だと感じた。
……ニック達の歳は知らないが……。
背に担いだ小さな円盾と、腰にぶら下げた棘付きの戦棍のチグハグさに、彼女が何者なのか一瞬戸惑う。
さらには、彼女の後ろに佇む、長身で色白の男の姿に気圧される。
屈強な身体を隠すこともなく、上半身裸で薄らと笑みを浮かべている。頭髪は無く、その唇は少しだけ紫がかっていて、何故かもじもじしながらこちらを見ている。
オリーもフレアも、一目見て『怖い』と感じた。
その視線に気が付いたのだろう、黒髪の女性は笑いながら話を続けた。
「大丈夫、あたしが指示を出さない限り取って食ったりしないよ。
あたしはモルゲン。こいつはオーナス。ダナグの冒険者だ」
サバサバとした話ぶりのせいか、モルゲンと名乗る彼女に警戒心を抱くことはなかった。
モルゲンに紹介されたことが恥ずかしかったのか、オーナスと呼ばれた男は、「んふ」と言ってさらにもじもじとしだした。
オリーとフレアは、とりあえず先程の縦巻きおさげとの一件に感謝を伝え、モルゲンの要件が何かを聞いた。
「実はユースガリアに来て間もなくてね、良かったら一緒に依頼を受けないかと思って」
予期していなかった言葉に、二人とも顔を見合わせる。
オリーもフレアも王都周辺について詳しいわけでもなく、モルゲンの申し出に乗るのが得策だと考えて、それを承諾することにした。
「私たちはランク3ですけど、それでも良いですか?」
オリーの返答にモルゲンは笑顔で頷いて、「問題ないよ」と答えた。
「えぇと、私はオリビアです」
「フレイアです!」
名を告げるだけの短いやり取りだったが、ニックとのやり取りを思い出して、なんとはなしに冒険者然とした感じがして誇らしい気持ちだった。
「了解。それじゃあ依頼を探そうか」
モルゲンのその言葉で、一行は改めて依頼掲示板を眺め始めた。




