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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
52/69

2-27

馬車は大通りを東へ進んでいた。

六台が並走してもなお余裕がありそうな大通りの両脇には、まだ日が昇り始めたばかりだというのに、大勢の人達が今日という一日の用意を始めていた。

行き交う馬車とすれ違う商人や旅人、街の人。冒険者の姿も見える。

アウリスフレランスと似ているようで、やはり王都はその大きさから、まるで規模が異なる場所なのだと気圧される。


光明の女神レイアを祀る神殿を横切り、悠揚たる中央広場を手綱を引いて右折し、南へ馬首を巡らす。

露天から漂ってくる香ばしい匂いに、腹の虫が目を覚ましそうなのを感じつつ、車窓から南端にそびえ立つ白亜の塔を眺めた。

太古の昔に、巨人族によって建てられたと言われている塔は、悠然として眼下の街の景色を望んでいるのだろう。

最上階の青白い光は、茜色の街の上空を不可思議に染め上げていた。


「転移の塔は、偉い人しか入れないんですよ」


フレアが腕を組み、得意げな顔で話す。

六王国を一瞬で行き来することができると言われる転移の塔は、フレアが言う通り、王族か限られた者しか利用することができない。

王族はわかるとして、限られた者とは一体どのような人物なのか、漠然と気になりはした。


馬車は水路沿いの市場を横目に南へ進み、オリーとフレアの王都の拠点がある、商人と職人の地区へ入っていた。

少しして、大通りの脇で馬車が停車した。

御者台からアウギュリエスが降りる音がして、その後すぐに馬車の扉が開いた。

にこやかな笑顔を見せながら、「到着です」と一言声をかけながらアウギュリエスが手を差し出してきた。

その手を取って馬車を降りる。

首が疲れそうになるほど近付いた転移の塔を見上げる。それでも、塔はまだ遥か先に建っていた。


いつの間にか馬車から二人の荷物を下ろしたアウギュリエスが、改まった顔をして立っていた。


「二人とも護衛ご苦労様でした。

 この書状を持って、後日冒険者協会で報告してください」


微笑むアウギュリエスからそれを受け取る。護衛依頼の完了報告書だ。

この旅を顧みると、護衛されていたのは明らかに自分達であり、少しばかり気不味い思いもある。

受け取った報告書を眺めながらも、尻込みしそうになるのを感じていた。

その気持ちを察したのか、アウギュリエスは二人の肩に手を置いて、「自信を持って大丈夫」と声をかけた。


「「先生、ありがとうございました!」」


二人揃って頭を下げて礼を言う。

旅の同行と、実質の護衛と、道中の指導と、あらゆる感謝を言葉に乗せた。

きっと、その言葉だけでは足りないだろうと思いつつも、今の二人にはそれが精一杯の感謝だった。


「二人とも、これから頑張ってくださいね」


アウギュリエスはそう言って御者台に乗り込んだ。


「私はこのまま王城へ向かいます」


その言葉を聞いて、フレアがくるりと向きを変えて馬の方へ走り寄る。

馬の首を撫でながら、「お疲れ様です」と笑顔で労う姿に、オリーも同じように馬に駆け寄って声をかけた。

およそ15日間の長旅を終えて、それでもなお馬は、アウギュリエスを乗せて王城まで向かうのだ。しばらくは、ゆっくり休んでもらいたいものだと思わずにはいられなかった。


その姿を見届けた後、アウギュリエスは軽く手を上げて馬に鞭を走らせた。

馬車が走り出すのを見送り、王城へと向かう馬車が見えなくなるまで、二人はしばらくその場に立っていた。

それから、オリーとフレアは荷物を抱え上げ、王都の拠点となる食堂へ一歩を踏み出した。


・・・


『蒼い海月亭』と書かれた看板に視線を向けた後で、両開きの木製の扉を開いた。

カランカランと軽快なドアベルの音が響くと、店の奥から店主と思しき若壮年の男が、「いらっしゃい!」と張りのある声をかけてきた。

見た目に若々しく、小綺麗な厨衣の袖をまくった男は、無造作にはねた髪の前髪の奥から、こちらを覗き込むように視線を送ってきた。

視線の先に雇い主の娘の姿を確認すると、男は驚きと喜びを合わせた表情を見せながら、厨房から慌てたように出てきた。


「フレイアお嬢さん!随分と早くに着いたんですね」


仕込みの途中だったのだろう、帆布の前掛けで手を拭いながら二人を出迎える。


「ヨウさん!よろしくお願いするのです!」


フレアが手を振って元気に挨拶をする。

その姿を見てオリーも、「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。

フレアの両親の倉庫番であり、王都に店を構えるヨウと呼ばれた男は、「こちらこそ、よろしくお願いします」と言いながら、オリーとフレアの荷物を軽々と持ち上げて店の奥へと運んだ。

二人がその様子をポカンとして眺めていると、「中に入ってください」と言いながら、手早く綺麗なグラスに果実茶を注いで、テーブルの上に二つ並べて笑顔を見せた。


「到着がわかっていたら、お迎えに向かいましたのに」


そう言いながら厨房に戻ると、数種類の食材を取り出してそそくさと調理を始めた。


「お腹空いてますよね?簡単に何かお作りしますね」


手際の良さに視線を奪われながら、グラスが置かれたテーブル席に腰掛けた。

ぐるりと見回した店内は、メインホールに10卓ほどの使い込まれた頑丈で厚い長テーブルがあり、ホールの奥から登った中二階には、商談用だろうか、手すり越しに下を見下ろせる三卓ほどのテーブルが見えた。

清掃の行き届いた小綺麗な店内は、おそらくフレアの両親が手に入れたと思われる、様々な装飾品が飾られていた。

それらが何に使うものか、用途は全く見当もつかなかったが、煩雑にならずに整然と置かれているところを見ると、店主のヨウは几帳面な性格なのだろうと伺えた。


「お店の名前は、私がつけたんです」


フレアがいつも以上にニコニコとして自慢げに話す。

元々は倉庫の名前だったものを、倉庫番として雇ったヨウが調理人だったことで、そのまま食堂の名前としたらしい。

蒼い海月……、クラゲ……、アンニャおばあちゃんなら何かの素材にしそうだなと、取り留めもないことを考えた。


程なくして、ヨウが皿に盛り付けた料理を持ってテーブルにやってきた。


「アルバスローン風平焼きパンです」


香ばしい匂いが食欲を掻き立てる。

その名の通り平たく焼いたパンの上に、瑞々しく輝く千切った葉野菜が敷き詰められ、その上には、軽く炙ったばかりの白身魚の切り身が盛り付けられていた。

仕上げにふんだんにかけられた、練り卵の油のソースが、熱を帯びた魚の上でとろけ、見た目にも美味しいと感じる一品だった。


「いただきます!」


そう言ってフレアがパンを手に取り、器用に具を包み込むと、頬を膨らませるほどに大きな一口で齧りついた。

フレアがあまりにも美味しそうな顔を見せるので、オリーも同じように、「いただきます」と言った後でパンに齧り付いた。

モチモチとしたパンの食感と、シャキシャキとした野菜、淡白な白身魚の身に濃厚な練り卵のソースが絡みつく。

何がアルバスローン風なのかは置いておいて、店主の人柄だけでなく、提供される料理の味においても、この店が王都で評判の良い店だということがわかった。


「もうすぐ店を開けますので、お疲れでしょうから部屋で休んでください」


店のある場所柄、朝の早い時間から店は混雑するらしい。

これから仕事へ向かう商人や職人の朝食と、一晩の漁を終えた漁師達の慰労が渾然一体となる時間帯。

その喧騒は夜間になると立場が逆転し、仕事を終えた者達と、漁へ向かう者達とで、再び同じように熱気を帯びて現れる。

静かに休めるのは深夜帯だけだと、ヨウが笑いながら話すのを見て、この人はいつ休むのかと不思議に思えた。



食事を終え、二人はヨウの言う通りに上階の部屋に移動することにした。

店内を通らなくとも建物の外に出られるという出入り口を確認し、その後すぐにそれぞれの部屋に入った。

南向きの部屋の窓から朝の陽が差し込んでいる。海を望む景観の先に、転移の塔がその姿を誇示するように立っているのが見えた。

食堂の空き部屋とは思えないほど広い部屋には、柔らかそうな寝具と重厚なワードローブ、ちょっとした書類整理ができそうな仕切り棚と、頑丈そうに見える文机が揃えられていた。

後に聞いた話では、それらはフレアの母親のお手製らしく、冒険者家業の傍ら、木工職人にも負けない腕前を誇っているらしかった。


オリーが父に託した大量の魔法書は、整理の仕方がわからなかったか、あるいは手をつけるのが憚られたのか、送った時と同じ形で書棚の前に積まれていた。

ひとまずは、この魔法書の整理が仕事になるだろう。そんなことを考えながら、ついベッドの上に腰を下ろした。

ふぅっと息を吐き出し、寝転がって天井を見上げると同時に瞬きをした。


次に目を開いた時には、夕刻を知らせる晩鐘が響いていた。

馬車に揺られていただけだというのに、身体は疲れを蓄積していたのだと思い知る。

一晩中馬車を走らせていたアウギュリエスは、きっと自分以上に疲れていたはずだ。それなのに、レイフォルスの書状を届けに王城へ向かった。報告を済ませて、ゆっくりと休んでいてほしいと思わずにはいられなかった。


ベッドから身を起こして、窓の向こうに建つ転移の塔を見上げた。

これほど間近に塔を見たことはなかったが、夕焼けに染まった外壁が陽を反射し、光を散らして輝いているように見えた。

ここに建つ理由も、建てられた理由も、何もかもが解明されていない遺物ではあったが、王都を象徴する物であることは理解していた。

そんな、取り留めもないことに思い耽っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。「起きてますか?」という声に、フレアだとすぐにわかった。


「どうぞ」


一言だけ返すと、そろりとドアが開いてフレアが顔を出してきた。

オリーと同じように今の今まで寝ていたのか、寝癖がついた髪を必死に抑えようと撫でているのが見えた。


「晩御飯はどうかって、ヨウさんが言ってきたのです」


そう告げるフレアの目はまだ半分閉じたままだった。

寝起きにすぐ食事が喉を通るか不安はあったが、考えてみれば、寝ていただけとはいえ朝食をとってから何も食べていないのだった。

どことなく空腹を感じたのは、そのせいだろうと腑に落ちた。

フレアも空腹を感じているようで、ぐぅっと鳴ったお腹を摩りながら、半分寝たままの顔に照れ笑いが浮かんでいた。


「用意して向かうね」


その返事を聞いて、フレアは自分の部屋に戻って行った。

手付かずの魔法書の整理は後日に回して、今はとにかく晩御飯をご馳走になろう。

そそくさと身支度を済ませて、階下から聞こえてくる賑やかな声に期待を寄せつつ、フレアと一緒に食堂へと降りた。



今朝の開店前の様子とは打って変わって、ヨウから聞いていた通りに、仕事を終えた人達とこれから漁に出る人達とで、店内はほぼ満席となっていた。

あちこちから聞こえてくる笑い声や、吟遊詩人と一緒に歌う歌声、絶え間ない話し声で、そこはまるで混沌の様相を呈していた。


厨房から二人の姿を見つけたヨウが給仕に声をかけ、中二階の席へと案内してくれた。

喧騒から逃れられたわけではないが、それでも下の階よりかは幾分落ち着くことができそうだった。

階下の喧騒を眺めながら、アウリスフレランスからの旅の思い出を話し合う。たった15日前に旅立った故郷に、郷愁を感じるのは不思議なものだと感慨に耽っていると、ヨウが両手に料理を持って現れた。


「お待たせしました。賄いですけど召し上がってください」


笑顔でテーブルに置かれた料理は、賄いと言いながらも十分に豪華なものだった。


「お嬢さんは好き嫌いはないですよね?」


そう言いながら強引に話を進める。

それを、ぐぬぬといった表情をしながら静かに頷くフレアだった。


「オリビア様は、苦手なものはありませんか?」


おそらく気を利かせているのだろう。ここで苦手なものを提示してしまっては、余計に気を利かせてしまいそうな気がした。

とはいえ、せっかく用意してもらうものを残すのは失礼に値する。ならば先んじて告げておくのが正解だろう。


「辛いものは苦手です」


少し照れながら告げると、ヨウは「了解しました」と言って小さく頷いた。

その様子を見た後で、どうしても気になることを話しておくことにした。


「お世話になる身なので、様はよしてください」


きょとんとするヨウを他所に、フレアは皿に盛り付けられていた香草をこっそりオリーの皿に移していた。

ヨウは一瞬考え込むような顔をしてから、ポンと手を打つと笑みを浮かべながらオリーに答えた。


「では、オリビアさん、でよろしいですか?」


もっと気さくでも良いとは思ったが、フレアにも同じような接し方をしているところを見ると、ヨウという男は普段からこういう人物なのだと理解した。

そう思いつつ、オリーは笑みを浮かべて頷いた。

それを見たヨウも笑顔で頷くと、「ごゆっくり」と言って、騒がしくも暖かな階下へ降りていった。


豪華な夕食を頂戴しながら、二人は旅の思い出話を再開した。

気がかりはやはり、ベアトリクスが今どうしているかということだったが、ふと隣の席から聞こえてくる会話に意識が囚われた。


「アルメア王国がそろそろ不味いらしい」

「英雄の失墜だな。うちの商会はアルメアとの取引が八割超えるからな……」


英雄の失墜。

キエロス一味が起こした『ベルトン邸事件』が、商会の命運を分けようとしている。そればかりか、アルメア王国に大きな影響を与えようとしている。

石像と化したキエロスは、近く王都に運ばれてくる。


「アルメアの冒険者が、何か良からぬことを企てているって話も聞くな」


なんともきな臭い話に、思わず眉をひそめる。

キエロスという男は、石化されただけに留まらず、あらゆるものを不幸にする素質があるようだ。

そんなことを考えている最中、不意に吟遊詩人の歌が耳に入ってきた。


ー農場を襲う偽英雄

 立ち上がった真の英雄ー


ベルトン邸事件がもう唄になっていることを知る。

真の英雄と歌われた者の名は出てこなかったが、六人の英雄として讃えられる唄を聞いて、なんとも言えない居心地の悪さを感じた。

自分達がその六人の英雄のうちの二人だとは、口が裂けても公言はできない。

幸い蘇生については一切触れられておらず、その話は今のところまだ広まっていないのだと安堵した。


「部屋に戻ろうか」


オリーの問いかけに、フレアも同じように居心地の悪さを感じていたのか、小さく頷いて席を立った。

とりあえず、部屋に戻って魔法書の整理をしよう。

その他のことは、追々やっていくことにした。

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