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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
51/69

2-26

王都までの距離が記された里程標を見るたびに、王都が少しずつ近付いていると実感した。実際に近寄っているのは自分達なのだが、馬車という小さな存在は、ここ数日の世界の全てだった。

丘陵地帯を下り切り、林道を抜けた先に見えてきたのは、視界を覆い尽くすほどの広大な農地だった。

馬車の窓を開けて、前方を見るために身を乗り出す。心地良い暖かな風が頬を撫でていく。

東へ進むほど街道は道幅を広げ、すれ違う馬車や商人、旅人の姿が目立つようになる。

20日は掛かるはずの旅程であったが、実際には五日ほど早く里程標の最後を数えることになりそうだった。

明日か明後日には王都に着く。


街道を挟むように広がる農地は、王直轄の領地に住まう全ての人を賄う規模があった。『アウリスフレランスの食糧庫』と呼ばれる、ベルトン牧場のある農業地帯を、遥かに超える広さを誇っている。

そこはまるで飴色の海のようで、西日に輝く小麦を撫でるように走り去る風が波打ち、まるで海を割って進んでいくような錯覚を抱かせた。


「王都はあとどのくらいですか?」


窓から顔を出したフレアが、御者台のアウギュリエスに声をかけた。

翠緑の森へ立ち寄って以降、オリーとフレアは馬車の中で待機するように言われていた。街道を往来する人が多くなることへの警戒の意味があった。

ベルトン邸事件が、どこでどのように伝聞しているか知れない今は、安全が確認されるまで人目を避けるのが良いだろうという、アウギュリエスの考えの元であった。

悪い事をしたわけではなく、結果から見れば善行を成した行動であったはずだが、相手から見ればその意見は逆転する。

どこか腑に落ちないところはあったが、それでもオリーとフレアは納得の上で馬車での待機を良しとした。


「王都手前の宿場を抜けて、このまま馬車を走らせます。

 明日の朝には着くでしょう」


前方を見たままの姿勢でアウギュリエスが返事をする。

長いようで短い旅がもうすぐ終わる。不意に後ろ髪が引かれるような気分になった。


「お馬さん頑張れ!」


無邪気なフレアの声が響いた。

前方には、霞んではいたがしっかりとそれが見えた。

『転移の塔』だ。


・・・


夜明け前、海霧がまだその島全体を包み込み、遠くには波の砕ける音が響いている。

島の名はレイアス・アイル。

それはユースガリア王国の首都であり、六王国の盟主の座でもある。

大陸から分たれつつも、政治と外交、文化と宗教の中心であり、アディリアの中心と言っても間違いではない。


王都アルバスローンに繋がる唯一の陸路、海霧に包まれた多層大橋の上空を、転移の塔から放たれた青白い灯りがぼんやりと照らし出している。

橋守塔の見張り台から、最後の見回りを終えた夜勤の兵が、油の切れかけたランタンを片手に階段を下りてくる。

中央門には、日勤の兵が姿勢を正して整列し、彼の報告を待っていた。


「異常なし」

「了解、これより交代に入る」


王都の玄関となる要塞門の方から、跳ね橋の鎖が軋む低い音が風に運ばれてきた。それに重なるように、外門の方からも同じ音が遅れて届いた。


日勤の兵が、鎧の重なる鉄の音をさせながら持ち場に急ぐ。


遠くにアルバスローンの鐘楼が朝鐘を打つ音が聞こえてきた。

鉄と海風と、鐘の音が重なり合い、橋都全体が静かに動き始めた。



外門のそばに建つ王直轄騎士団の屋敷から、重厚な鎧に身を包んだ騎士が隊を成して出てくるのが見えた。

大陸と島を結ぶ要衝である、巨大な橋の玄関を守る精鋭達である。

整然として乱れることのない騎士の行進を横目に、関所に並ぶ検問待ちの人の列を眺める。

日が昇る前だと言うのに、すでに長蛇の列が完成しつつあった。おそらくこれが、この関所の毎朝の光景なのだろう、騎士に促されながら人々が黙って列に並んでいく。


「すごいですね」


いつの間にか目を覚まし、オリーの横から一緒に馬車の窓を覗き込むフレアが、ぽそりと独り言をこぼす。

後方を振り返れば、すでに馬車の後ろにも列ができ上がっていた。

この列は一体どこまで伸びるのだろうか……。ふと他愛もない考えが頭を過った。


馬車の横を通り過ぎようとする鎧の音が近付いてきたところで、御者台のアウギュリエスが騎士に話しかける声が聞こえてきた。

短いやり取りの後で、馬車が列を外れて外門に向かうのがわかった。


「書状を届けるために、機動路を通ります」


アウギュリエスは一言そう告げて馬車を進めた。

機動路に向かう一般馬車を見る機会などそうそうないのだろう、列に並ぶ人々が好奇の視線を向けてくるのがわかった。

これが軍用馬車や王族の馬車であれば、何かしら一大事ではないかと、騒ぎが起きた可能性もあったかも知れない。とはいえ、仮に騒ぎが起きたとしても、この騎士団がいれば早々に沈静化するのだろうなと考え至った。


その巨構の中央に穿たれた、懸架式の広壮な外門の前に着いたところで馬車が停車した。

アウギュリエスと門衛が話す声が聞こえる。機動路を通過する前に、馬車の中を確認する必要があるらしい。

特段構える必要もないのだが、オリーとフレアは畏まったように身を固くして、馬車の扉が開かれるのを黙って待った。

扉が静かに開かれる。

粗暴な兵によって乱暴に扉が開かれるのを想像をしていただけに、その丁寧な所作に意表を突かれた。

騎士道とはこういった些細な所に現れるのだと感心する。


「これはお嬢様方、失礼致します」


騎士はオリーとフレアに軽く頭を下げてから、アウギュリエスに二人の身元を確認した。


「二人は私の護衛の冒険者です」


聞こえてきた声に慌てて冒険者章を取り出し、騎士に見えるようにかざした。

それを見た騎士はニコリと笑みを浮かべ、「ようこそアルバスローンへ」と言って静かに扉を閉めた。


機動路は橋の地下を通っていた。

多層大橋の橋上を眺めることができないのは残念ではあったが、滅多なことでは入ることさえ許されない橋の地下の風景に、オリーもフレアも興奮が抑えきれなかった。


「この上に、お店やお家がたくさんあるんですね!」


フレアが目を輝かせて地下の天井を眺める。蜂の巣状の構造をした柱しか見えないそれを、つい釣られて眺めるオリーからも独り言がこぼれる。


「並んでるお店は変わったかな」


橋上都市に想像を巡らせながら、後日の散策へ期待を寄せる。

少なくとも、これから五年は王都で暮らすことになる。時間はたっぷりあるのだ。


橋の中間地点にある中央門の関所で、外門と同じように一度馬車が止まる。同じやり取りがなされた後に、馬車はまた静かに進み始めた。

いよいよ、王都に入る最後の関所となる、要塞門を残すだけとなった。

車輪が石畳を叩く規則正しい乾いた音が響く。

橋上に上がる坂道を軽快に走る馬車は、島の、王都の入り口である、要塞門に辿り着いた。

旅の終わりと同時に、新しい生活が始まる。


王都島の騎士が検閲を終えて馬車の発車許可を出す。


「発車許可!門を開け!」


下ろされた吊り橋の上を進み、一歩を踏み出した。

アルバスローン=白亜の王座が、視界に広がる。

石畳の通路。たくさんの花が飾られた通路沿い。石造りの建物。

アディリアで最も美しいと言われている都市が、今目の前にある。

北に見えるのは白亜の王城。南に見えるのは白亜の塔。

ついに、オリーとフレアは到着した。

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