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川の水が跳ねる音と、鳥の鳴き声と、人の話し声で目を覚ました。
昨夜馬車に入った後、二人ともすぐに眠りに落ちてしまったようだった。馬車の窓についた曇りを裾で拭き取り、外の様子を窺う。
いつ戻ってきたのかわからないが、例の姉妹と共に焚き火を囲んでいる、アウギュリエスの姿が見えた。
その姿にホッとしながらも、姉妹が畏っているところを見ると、どうやらアウギュリエスからお小言を貰っているようであった。
姉に助け舟を出してやれないこともなかったが、寝起きで頭も回っておらず、フレアが目を覚ましたら後で取り成してやろうかと考えた。
無理にフレアを起こすこともないだろうと、オリーは一人馬車の扉を開けて外に出た。
新鮮な空気が身体に入ってくるのがわかる。清々しい朝というのはこういうものなのだろうと感慨に耽りながら、アウギュリエスと姉妹に朝の挨拶をした。
「おはようございます、オリビア」
アウギュリエスがにこやかに挨拶を返してくる。
先程まで畏っていた姉妹も、笑顔で挨拶を返してくれた。その表情から、そこまできつく叱られていたわけではないのだなと思えた。
「昨夜何があったかは二人に聞きました。
私の頼み方も悪かったようです。苦労をかけましたね」
アウギュリエスが軽く頭を下げて謝罪する。アウギュリエスは全く悪くないのだが、おそらくは、姉妹を庇ってのことだろう。
この思慮深さが姉にもあれば良いのだが……、そうは思ったが口にはしなかった。
「驚きはしましたが、二人の、いえ、お姉さんの気持ちもわからなくはないです」
ちらりと姉を見ながら内心舌を出す。
オリーにしたところで、機会があればこの姉妹とは腕試しをしてみたいと思うところがあった。
その言葉に、「オリビアァァ」と泣き真似をしながらこちらを見る姉に笑って返し、アウギュリエスに、「おかえりなさい」と改めて言葉をかけ、無事に帰ってきたとへの安堵を伝えた。
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姉妹を交えて朝食の準備を始めた頃、フレアが馬車から元気よく降りてくる姿が見えた。
無事魔力が回復したのだろう、昨夜のフラフラな様子からは想像もできないほど、顔色も良くなっていた。
その証拠に、寝起きすぐにアウギュリエスの元に走り寄って、朝の挨拶をしていた。
残念なことに、アウギュリエスはフレアが持参していたヴォアの杖について、フレアを叱らなければならず、挨拶を終えたすぐ後に、お説教が始まってしまった。
ヴォアの杖については、オリーも少なからず一物を抱えるところがあり、この機会にしっかりと叱ってもらおうと、その様子を遠目に眺めていた。
当のフレアは、アウギュリエスのお小言をしっかりと聞きながら、神妙な顔をしたかと思うと次の瞬間には笑顔になったりと、忙しく表情を変えながら元気よく「はい!」と返事をしていた。
戦利品を持ち帰ることは冒険者として当然の権利、しかし、それを良く調べもせずに使用するのは、自分の命を削るようなものだ。
アウギュリエスが言っているのはそういうことで、フレアを想ってのことだった。フレアもそのことを理解した上での返事だろう。
この後しばらくの間、何かにつけてフレアから「それは鑑定済みですか?」と言われることになった。
軽い朝食を囲んだ後、アウギュリエスの指示により、ヴォアの杖は姉妹に託された。
彼女らの師に調査を依頼するためで、厳重に封印魔法をかけられたそれは、姉ではなく妹に手渡された。
フレアが簡単に手放すとは思えなかったが、案外あっさりとそれをアウギュリエスに渡していた。
「ヴォアスタッフは先生にあげるのです」
昨夜の一件で懲りたのだろう。まるで興味がないような口ぶりに、受け取ったアウギュリエスは苦笑いを浮かべていた。
ベアトリクスは無事旧友に預けられ、しばらくの間この森で暮らすことになった。
アウギュリエスが旧友の元を去る際も目を覚ましてはいなかったようだが、寝言でオリーとフレアの名を口にしていたと聞き、胸に微熱と隙間風が同居したような感覚に囚われた。
腕に残るベアトリクスの重さが、余計にそれを助長しているようでもあった。
いずれ遠くない日に、ベアトリクスを迎えに来る日を信じて、今は、二人ともやるべきことに目を向ける覚悟を決めた。
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森へ入る直前に、姉妹はこちらを振り返って大きく手を振った。
オリーとフレアはそれに大きく手を振り返し、彼女達が森に入っていくのを見届けた。
姉妹に名を尋ねることをすっかり忘れてしまっていたが、いつかまたどこかで、あの姉妹とは会える気がした。
それがいつで、どこかは全く見当もつかなかったが、何か不可思議な縁を感じたのは間違いではないと思えた。
名前を聞くのはその時の楽しみにしておこう。二人はそう話しながら笑い合った。
「さあ、私たちも出発しましょう」
アウギュリエスの声に軽快に馬車に乗り込む。
レイフォルス領主から託された書状もある。急足で進む馬車は、目指す王都まで後五日ほどだろう。
馬車はその車輪から軋む音を響かせて、東へと前進を始めた。




