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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
49/69

2-24

これ以上の緊張は身が持たない。そう思った矢先に、森の茂みから、ガサガサと草を掻き分け、こちらに向かってくる人影が見えた。

相手は二人。やはり人のようだ。

閃光魔法の残光のおかげで、それがネルヴの女性であることがわかる。

前を歩く一人が、今まで潜伏していたとは思えない、堂々とした振る舞いでこちらへ近づいてくる。

銀糸のように輝く長い髪を揺らし、両手で杖を掲げながら、顔には笑みを湛えていた。

後ろのもう一人は、何やら申し訳なさそうにしながら、ひたすら頭をペコペコと下げながら近付いてくる。

何が起きているのか全く理解できないオリーに向かって、前を歩くネルヴが声を上げる。


「降参だ!」


……言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間を要した。


降参という言葉の意味は知っている。

両手を上げているのは、戦う意志がないことの表現だろう。後ろのネルヴがひたすらに頭を下げているのは、こちらに対して謝罪の意味を示しているのだろう。


全く意味がわからない。

とにかく、警戒を解くのは早計だろうと判断したオリーは、魔法書のページを開き、いかなる事態にも対応できるように身構えた。


「ごめんごめん、待って、ごめんて」


初対面にして距離感のおかしな言葉遣いに、オリーが顔をしかめる。

その表情を見て取ったのだろう、後ろのネルヴが頭を下げながら声高に謝罪してきた。


「すみません!姉が余計なことしました!」


姉と呼ばれたネルヴがガハハと声をあげて笑う。

瞬時に、『自分とは肌合いの合わない相手だ』とオリーは感じた。


「ひとまずそれを下げてくれ」


姉がオリーの魔法書を見ながら声をかける。

下げてくれと言われて素直に下げる義理もなく、訝しげに姉を見やると、その後ろであたふたとしながら馬にかけた睡眠魔法を解く妹の姿が見えた。


「馬はすぐに起こしますので、ご安心ください」


この二人の意図がまるで見えない。警戒を解いて話を聞くべきなのか、このまま一気に掃討してしまうべきなのか、混乱した頭では何一つ思考がまとまりそうになかった。


「私らはアウギュリエス様に頼まれてここに来たんだ」


不意に姉の口からアウギュリエスの名が出たことで、無意識に魔法書を持つ手が緩んだ。

ネルヴならば誰もが知る有名人なのだろうか。その名を口にすれば、こちらの態度が変わることを知っているというのだろうか。

思えば、アウギュリエスについて知っていることといえば、元冒険者で、恩師で、今現在は依頼主であるということだけである。

それ以外の素性、翠緑の森における彼の立場についてなど、何一つ知り得ていないことを思い出した。


「あんた、オリビアだろう?

 そんで、そっちで寝てるのはフレイアだ」


笑みを浮かべたまま姉が続ける。

二人の名前さえも知っているということは、本当にアウギュリエスに頼まれてこの場所に来たのだろう、そう思わざるを得なかった。

そして姉は、彼女らがアウギュリエスに出会ったのだという決定的な証拠を告げた。


「あんたらはアウギュリエス様の帰りを待ってここで野宿している。そうだろ?」


後を付けていれば知れた情報かもしれないが、付けられていた自覚はない。

蘇生術の一件があった以上、警戒を怠ってはいなかったし、そもそもそのためにアウギュリエスは同行してくれているのだ。

アウギュリエスが不審者を見逃すとは思えなかった。


姉の話を聞いて、構えていた魔法書を下ろしかけたが、今一つ信用できないのは、きっとこの姉の表情のせいだろう。

長い銀髪を風に揺らし、整った顔立ちで身形は清楚そのものといった風貌なのに、顔に張り付けたような作り笑いがなんとも嘘くさい。

同じように整った顔立ちと身形であるにも関わらず、短く切り揃えた銀髪の隙間から覗いて見える、終始困ったような表情をしている妹の方が、どちらかといえば信用できるとさえ思えた。


「簡単にいうと、森でバッタリして、心配だけど急ぐらしいから、しっかり者の私らが引き受けたってわけ」


自慢げな顔をしているが、彼女の言っていることは全く頭に入ってこなかった。

間違いなく共通の言葉を話しているはずなのだが、耳に入ってきたそれは、まるでネルヴの言葉なのではないかと思えるほど難解で、単語を並べ替えても重要な箇所が抜け落ちているようで、意味を理解することができなかった。


「もう、オリビアさんが混乱するから姉さんは黙ってて」


オリーの表情から心情を読み取ったのか、妹が姉を制して口を挟んできた。

姉はそう言われて少し膨れた表情を見せた後に、すぐに元の笑みに戻って、「辺りを見回ってくる」と言って森の中へ去っていってしまった。

なんとも自由な人物だと、オリーは半ば呆れてしまいながら、残された妹ネルヴにどう対処するべきかと思考を切り替えた。



妹の話によって状況が全て理解できた。

ベアトリクスを連れて森へ入ったアウギュリエスは、道中このネルヴの姉妹に出会ったらしく、その際にオリーとフレアの警護を依頼したということらしい。

本来は、森の境界から二人に接触することなく遂行するはずだったのだが、姉が「腕試しがしたい」と言い出した結果、フレアの閃光魔法の洗礼を浴びて、途端に降参を申し出たということらしい。

つまるところ、あの姉が招いた結果である。

話している最中に何度も頭を下げて謝罪してくる妹を見て、なんとも気の毒だなと思わなくもなかった。


姉妹はアウギュリエスがベアトリクスを預ける旧友の弟子のようで、ちょっとした対抗心と好奇心が顔をもたげただけなのだと、苦笑いしながら妹は付け加えた。

そういう意味で言えば、腕試しをしたくなる気持ちもわからなくもなかったが、それにしたところで、まるで夜襲のような現れ方はどうなのだろうと、首を傾げたくもなるオリーだった。


説明を聞き終えたあたりで、ちょうど姉が見回りから戻り、「なっ?」と言いながら、さも自分の言い分が正しかっただろうと言いたげな表情で、オリーに笑顔を向けてきた。

「なっ?」じゃないよと思いながらも、ひとまず危機に瀕しているわけではないことに安堵し、とびっきり深いため息を姉に返してやった。


その姉といえば、どこからか摘んできた小さな果実を、鞄から取り出した液体の入った小瓶に絞り入れていた。

小瓶からふわりと香る葡萄の香りに、葡萄酒のようなものかとも思ったが、それはネルヴ秘伝の魔力回復薬らしく、一般的には知られていない、材料も調理法も謎のものであった。


「フレイアに飲ませてあげな」


そう言いながら姉が小瓶を差し出してくる。

しかしながら、得体の知れないものをフレアに飲ませるわけにもいかず、オリーは訝しげにその小瓶を見つめた。

とはいえ、おそらくフレアの魔力切れを察して、わざわざ「見回ってくる」と嘘を吐いて魔力回復薬の材料を採りに行ったのだろうと考えると、この姉も悪い人ではないのだろうと考えさせられた。

照れ隠しなのだろうが、人当たりが雑なのは如何ともし難い。


「毒ではないので、大丈夫ですよ。微量ですが魔力が回復します」


妹がすかさず取り成した。

その一言に納得したのか、姉は小瓶の中身を一口飲んで見せ、オリーに笑顔をみせてきた。

今まで見せていた張り付けたような笑顔ではない、心の底から溢れ出たような笑顔に、評価を改める必要があると思った。

何かしら理由があっての表情なのだろう。そう思いつつも、深入りするものではないだろうと考えながら、姉から小瓶を受け取った。



フレアの体を起こして、魔力回復薬を飲ませる。

何も効果が無いように見えたが、少しして、「んあ」と言いながら目を開けたフレアを見て、ホッとしてオリーはその場にへたり込んでしまった。

奇襲じみた姉妹の登場に、極限に近い緊張を強いられたのだから致し方ない。

その様子を見て、妹はまた「すみません」と言いながら頭を下げていた。姉も、居心地が悪そうに頭を掻きながら「ごめんよ」と言っている。

まったくもって迷惑な姉妹だと思いながら、ヴォアやキエロスの一味などではなかったことに心底安堵する。


「オリー、このネルヴのお姉さん達はだれですか?」


目を覚ましたフレアは、まだ本調子とはいえないように見えたが、ある程度の魔力が回復したのだろう、倒れる前よりは明らかに顔色も良くなっていた。


「おまえ、あの閃光魔法すごいな!」


オリーが説明を始めるより先に、姉がフレアに話しかける。

なるほど理解した。この姉は、空気が読めないだけなのだ。

あの笑顔は、その空気の読めなさを表情で誤魔化すためのものなのだろう。そう考えると、オリーは急に可笑しくなって一人で笑い声を上げた。

それを不思議そうに眺めるフレアと姉をよそに、妹はオリーの心情を理解したのか、ようやく困り顔を解いてにこやかに笑ってみせた。


「やっかいなお姉さんと、しっかり者の妹さんよ」


オリーの一言に、フレアはまだ不思議そうな顔をしていたが、「音の正体ですね」と言って一人で納得したようだった。

「やっかい」と紹介されても全く意に返していないのか、姉はフレアの手を取って話の続きをしようとしていた。


「魔力を出し尽くして放つ魔法なんて初めて見たぞ!」


興奮の度合いから、なるほど魔法狂なのだとわかる食いつき方であった。

そのフレアと姉をよそに、オリーは妹と話を始めた。

大方のあらましは先程の説明通りであり、姉妹はこれからオリーとフレアの警護に戻るという。アウギュリエスの依頼は、師の指示にも等しいとのことだった。

陽が昇るまではまだまだ時間があった。夜はこれからまだ冷え込んでいくだろう。

警護の礼になるかはわからなかったが、火のそばに居るように提案すると、それを快諾してくれた。

こちらとしては少しでも眠っておきたいというのが本音であり、姉妹には悪い気もしたが、火と馬の世話をお願いしつつ、できればフレアと共に馬車の中で休ませてもらいたいと思っていたのだった。

特にフレアの魔力回復には、しっかりとした睡眠が必要だろう。

そのことを正直に告げると、妹は詫びも兼ねて是非そうして欲しいと言ってくれた。

朝までの話がついたところで、フレアと姉の様子を窺った。


「……つまり、そのヴォアスタッフがやばいんだな」


妙な名前がつけられたヴォアの杖を指差しながら、姉が真剣な表情でフレアと話し込んでいるのが見えた。

確かにあの杖はまともな一品ではないだろう。フレアの閃光魔法を見る限りでは、所持者の魔力を根こそぎ奪って魔法を放ったように見える。

やはり、呪われていると言っても間違いではないだろう。アウギュリエスに任せたほうが良さそうだと一考した。


「禍々しいな……」


姉がボソリと呟く傍で、オリーは姉に捕まっているフレアの手を取り、馬車で休む準備を始めた。


「申し訳ないけれど、後をお願いしますね」


オリーの言葉に妹が小さく頷いて返した。

おそらくオリーの言葉の意味を理解していない姉も、「まかせろ!」と返事をしてきたが、この姉はこういう人物なのだと思うと、少しも苛立つことはなかった。


足取り軽くとはいえないフレアを支えながら馬車に乗り込む。焚き火を振り返ると、姉妹が火に当たりながらこちらを見て手を振っていた。

悪い人達では無いのだ。

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