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私と彼女の物語 -Travelers of the Far Green Road-  作者: ORSBN.shu
第二部・青陽
47/69

2-22

第二部後半スタートです!

ぜひ読んでください!

評価・リアクション・感想・ブックマークもお願いします!

レイフォルスを出て二日程過ぎた昼過ぎ、左手に見える翠緑の森が、その広大さを誇るように徐々に緑を濃くしていく。

森の境界がすぐシルエリン・アルールとの国境というわけではなかったが、人を寄せ付けまいとでもするような、妙な威圧感を感じた。


幽冥の森とも称される森。

かつてとある村の少年が迷い込み、好奇心に駆られ深く立ち入った挙句、森の狐に騙されて帰ってこなかったという言い伝えがある。

今になって思えば、それが子供を森に近付けまいとして、大人達が作り上げた迷信なのだろうとは思える。

しかし、狐は迷信であったとしても、ひしひしと感じる威圧感は、狐以上に危険なモノへの警鐘なのではないだろうかとも感じられた。


「今夜はもう少し行ったところで野営します」


アウギュリエスが御者台から話しかけてきた。

ベアトリクスを旧友に預けるため、アウギュリエスは翠緑の森へ立ち入る必要があった。その間オリーとフレアは、国境付近で留守番をすることになる。

ネルヴ以外の他種族が森へ入るには、翠緑の深閑の王による立ち入り許可が必要であり、たとえそれがベアトリクスのためとはいえ、王の許可を得る材料には成り得なかった。

つまるところ、ベアトリクスを森へ入れること自体が国に背く行為であり、アウギュリエスは自身の身を危険に晒してもなお、旧友へ預けることを決心していたのだった。


当のベアトリクスといえば、時折寝言のように言葉を発することはあったが、食事もミルクを口に含むだけで、未だに目を覚ましてはいなかった。

司祭には身体に問題は無いと言われてはいたものの、やはりどこか不安を感じずにはいられなかった。


「……おかあさん。……おねえちゃん」


その寝言を聞いてオリーがベアトリクスをあやす。

フレアも同じようにして、ベアトリクスの顔を覗き込んで笑顔を見せる。

目は閉じているものの、オリーとフレアの反応がわかっているのか、口角を上げてニコリとした表情を返してきた。


そこから一時ほど馬車を走らせた後、森と街道と川が綺麗に並んだ少し開けた場所で、車輪がゆっくりとその回転を止めた。

御者台からアウギュリエスが降りるのと同じように、オリーとフレアも馬車の扉を開けて外に出た。

夕暮れにはまだ時間が早く、森からは鳥の声と、川を流れる水の跳ねる音が心地よく響いている。

街道沿いにある、村と村の中間地点なのか、人が暮らしている気配はなく、川沿いに焚き火の跡が見えることから、野営によく使われる場所なのだろうと思われた。


「野営の準備が済んだら森へ入ります。

 翌朝には戻りますので、馬の世話をお願いします」


二人はアウギュリエスの言葉に頷いて答えた。

野営の用意と言っても寝床は馬車の中であり、やることといえば夕食の準備と、せいぜい獣避けの火を熾すだけではあった。


調理道具を馬車から下ろし、オリーとフレアがそそくさと夕食の用意を始める。アウギュリエスは馬から馬具を外した後、すぐに森の側で熾火用の木を拾い集めていた。

この旅をはじめて、いつの間にか定着した役割分担であった。


食材はレイフォルスで仕入れたものがあり、いつぞやの黒パンと質素なスープに比べればかなり豪勢なものになる。

とはいえ王都まではまだ先が長く、途中の町や村で仕入れられる保証がない以上は、節制するに越したことはなかった。

そうは思いながらも、ついつい羊肉の腸詰を取り出して、乳脂を引いて火に炙った煎り鍋にそれを放り込んだ。

ジュウっという音と共に、羊肉の香ばしさと乳脂の甘い芳香が広がり、食欲を刺激する匂いが辺りを包んだ。

朝食みたいだと思いながらも、腸詰の隣に卵を割り入れて蓋を閉める。


食器を並べ終えたフレアが、アウギュリエスと共に獣避けの熾火の準備を始めていた。

薪がパチンと爆ぜる音が聞こえ、生木をくべているせいか、煙が上がっているのも見える。

今晩はフレアと交代で火の番をする必要があるだろう。そのことを考えると、少しばかり不安が押し寄せてくる気がしないでもなかった。


「火はこれで大丈夫ですね」


アウギュリエスが笑顔でフレアに声をかける。

赤く揺らめく橙色に照らされたフレアは、じっと炭の火を見つめながら「はい」と返事をしているが、おそらくアウギュリエスの声は耳に入っていないだろう。


煎り鍋の蓋を開けて中の様子を窺う。

閉じ込められていた香りと共に、こんがりと焼き目のついた腸詰と、乳脂によってふちがカリカリに焼き上がった目玉焼きが目に飛び込んでくる。

その匂いに引き寄せられたのか、フレアがトコトコと近付いてきて、同じように煎り鍋の中を覗き込んで、大袈裟に深呼吸してニコリと微笑んだ。


「運ぶのを手伝って」


声をかけると、「はい!」と元気よく答えて人数分の木皿を持ってきた。


火が翳り始めたのを確認して、小振りの魔光灯に明かりを点ける。小さな陽のような暖かな光が三人を照らしだした。

翌朝まで十分に持つほどの魔力は注入してある。たとえ魔力が切れそうになったとしても、オリーもフレアも、魔光灯の扱いには慣れたものであった。


あつらえたように横たわる倒木に腰をかけ、三人はその明かりの元で食事を始めた。

熾火の爆ぜる音と、川のせせらぎに耳を預けながら、熱々の腸詰に齧り付く。

口の中を火傷しそうになって、慌てて口から離した。


「そういえば」


息を吹きかけて腸詰を冷ます二人に、不意にアウギュリエスが話しかけてきた。


「耳飾りに線が入りましたね」


二人とも何のことかと戸惑った表情を見せていると、アウギュリエスが自身の耳に装着していた耳飾りを、ちょんと弾いて見せた。

その仕草を見て、オリーとフレアは互いに着けていた耳飾りを覗き込んだ。

冒険者協会への著しい貢献の褒賞として受け取った耳飾り。その真の役目について、まだ教えてもらっていなかったことを思い出した。


「それは『共生の耳飾り』といいます。受け取った時点ではただの耳飾りですが……」


きょとんとする二人を横目に、アウギュリエスは話を続けた。


「色々と曰く付きの品物で、人によっては贅沢な迷子札などと呼ぶ人もいますが、装着した者同士が同じ苦境を乗り越えた時に、真の姿を現すといわれています」


その真の姿というのが、宝石の中央に走る一筋の線だという。


「『綴り糸の耳飾り』。

 線が入った耳飾りは、そう呼ばれるようになります」


笑みを浮かべたまま二人を見つめるアウギュリエスの話を聞いて、オリーとフレアは互いの耳飾りをまじまじと見つめた。

透明だった見たこともない宝石の中央に、赤い一筋の線が魔光灯に照らされて煌めいて見えた。


「つまり、お話しができるようになったのですか?」


フレアがオリーの耳飾りからアウギュリエスに視線を移して問いかけた。

アウギュリエスは静かに頷くと、自身の耳飾りに触れるような仕草をしながら使い方を教えてくれた。


「その耳飾りを軽く摘むようにして、声をかけてみてください」


説明を聞くや否や、フレアは自分の耳飾りを摘んでオリーに話しかけた。


「オリーですか?フレアです!」


話しかけられたオリーにしてみれば、目の前で話しかけられたのと何も変わらないようにも思えた。

しかし、確かにそれは、頭の中に直接語りかけられたような感覚があった。

オリーが驚いた顔をしてアウギュリエスに振り返る。それを頷いて返すと、同じようにしてみるように促してきた。


「フレア聞こえる?」


話しかけられたフレアもまた、驚いた顔をしながらアウギュリエスを見つめた。


「どれだけ離れていても、一度綴られた相手であれば話をすることができます。

 綴られた運命は、死ですら解くことはできない。どこかの錬金術師がそんなことを言っていましたね」


微かに笑いながらそう言うアウギュリエスだったが、その錬金術師が誰であるかは語られなかった。


「先生とはお話しできないですか?」


フレアが問いかける。

オリーも同じことを考えていたのか、アウギュリエスの方を向いて彼の答えを待ったが、アウギュリエスはそれに頭を振って答え、その理由を端的に説明した。


「綴り糸の耳飾りは、共に苦境を超えた相手と繋がると言われています。

 おそらく、ヴォアとの対峙によって二人を繋いだのでしょう」


繋ぐと言う言葉が、妙にしっくりと納まる気がした。

共に苦境を乗り越える。今となっては確かめようもないことだったが、ニックが共生の耳飾りを身に付けていたら、ニックとも話が出来るようになっていたのかもしれない。

そう考え付いたところで、ニックが共生の耳飾りを付けていなかったことを思い出した。


食事を終えた頃には陽はすっかりと稜線に消えていた。

魔光灯の明かりを頼りに食事の後片付けを始めると、アウギュリエスが二人に声をかけた。


「片付けを終えたら出ます。

 何もないとは思いますが……、何かあっても無理はしないでくださいね」


アウギュリエスのいない野営は初めてのことであり、不安が無いと言えば嘘になる。

とはいえ、ベアトリクスを翠緑の森へ入れることができるのは、アウギュリエスを置いて他にはいない。

何事もなく朝が来たら良い。そう願うことしかできなかった。


「任せてください」


とりあえず笑顔で返事をして、余計な心配をかけないように取り繕った。

それを察したのか、フレアも笑顔で首を縦に振っていた。

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